ロフト付きはおもしろい

ロフト大好きの71歳の老人の日記です

長編小説「昭和」

長編小説「昭和」その81

そんな臭いも 何のその 蚊に刺されるより ましです。 蚊帳の中に入るのには ある流儀があります。 蚊は 人間の 臭いや 二酸化炭素によってきます。 江戸時代の 末期の頃 小作人は よく働きます。 蚊のでる時には 汗の出る時です。 蚊が 人間を見付けるのに …

長編小説「昭和」その80

蚊帳は 寒冷紗と呼ばれる 麻や綿で 目を大きく平織りした生地で 作ります。 何分 水飲み百姓の身分では お高いものです。 夏の貴重品と いった方が良いでしょう。 亀太郎は 小さい時から 蚊帳の取扱には 大事にするように 父母から 厳命されていました。 蚊…

長編小説「昭和」その79

79 連子窓というのは 縦格子になっています。 外側と内側の格子があって 内側の格子は 動きます。 内の格子を動かすと 窓が開いたり 閉じたりします。 開いたら 光も入りますが 風は入ってきます。 ガラスはありませんので 冬の寒さを 防ぐことは 相当困難で…

長編小説「昭和」その78

荒壁だけの 家は 隙間だらけです。 天井もなく かやぶきの屋根が 下から見えるのです。 寝ていると 上から 虫や ヤモリ 蛇なんかが 落ちてきたりすることも あります。 雨露が しのげるだけで 幸せと 思っていたのです。 しかし 大雨の時には 雨は漏るのが普…

長編小説「昭和」その77

秋のお月見の時に 飾るあのススキを 刈り取ります。 1軒の家の屋根を 葺くのに要する ススキの量は 半端ではありません。 人手も要りますので 村の助け合いで 葺きます。 一年に 何軒も吹き替えできませんので 前もって決まっていました。 宮水運びをしたく…

長編小説「昭和」その76

清左衛門の家は 里道と同じくらいの高さです。 道の北側に 敷地があって 形ばかりの 木の門があります。 まわりは これまた 形ばかりの 木の塀があって 腐ったところが 所々 修理してあります。 門を入ると 右側に便所 まっすぐ進むと 母屋 左が倉庫です。 …

長編小説「昭和」その75

水飲み百姓の 小作人なら 泥棒とは 全く無縁のものです。 しかし 曲がりなりにも 銭を 蓄えた 清左衛門の家は 心配でした。 皆には お金がない風を 装っていました。 別に 装わなくても 誰が見ても 貧乏所帯であるように見えたのですが 清左衛門は そうだっ…

長編小説「昭和」その74

亀太郎が 宮水を 運んでいる 酒蔵は 相当景気が良さそうです。 年明けには 新しい 酒蔵を 作ると 言っていました。 京都や江戸への 清酒の販売だけでなく 地方への 販売も好調でした。 灘の清酒の 名声は 幕末の頃 全国に知れ渡っていました。 宮水を運ぶ 亀…

長編小説「昭和」その73

清左衛門は 亀太郎は やはり 家督をゆずるのに 充分なものだと 思いました。 そして 嫁のおますの信頼も 上がりました。 清左衛門は 倉の 一番奥の床の下に 新し 秘密の金倉を作って 銭を蓄えました。 銭は 相当かさがありますので 大きなものを 作りました…

長編小説「昭和」その72

口には出しませんが 小作人なら 誰しも 地主になることを 願うのは 当然です。 しかしそれは 実現が 絶対できない 夢です。 現金収入が ほとんどない 小作人が 田んぼを 手に入れることなど 全く不可能です。 しかし 状況は 少しずつ 変わり始めていたのです…

長編小説「昭和」その71

亀太郎と おますは ふたりだけで 仕事をしていました。 現代では 夫婦が同じ仕事をしている方は 少ないかも知れません。 江戸時代なら 夫婦が 同じ仕事をすることは 当たり前のことでした。 人口の 9割が 農業従事者であった 江戸時代では 夫婦が 揃って 農…

長編小説「昭和」その70

体が温まってくると 傷みも 和らいで その日も 5回運びました。 次の日も 5回 宮水運びをしました。 1週間くらい 経つと 体が出来上がってきて 相当の早さで 運ぶことができるようになりました。 しかし 5回が限度のようでした。 もう少し 日が長くないと 6…

長編小説「昭和」その69

後ろの おますに 亀太郎は 「ゆっくり」と 言いました。 おますは 言われたとおり ゆっくり押しました。 さかも スピードが出ないように 大八車を 引っ張りました。 ゆっくり 月明かりの中を進んで 酒蔵に着きました。 酒蔵の門は 仕舞っていましたが 言って…

長編小説「昭和」その68

その時 亀太郎とおますは 始めて心が 通じたように感じました。 言葉には出しませんが 笑顔がそれを意味していることを お互いに思いました。 昼食を 食べて 大八車を 引っ張りました。 4回目に 酒蔵に着いた時は まだ 西の空の太陽は 高かった。 亀太郎は …

長編小説「昭和」その67

坂を下りて しばらく 草の生えた 地道を 進むと 酒蔵に着きます。 酒蔵で 水を下ろして 大福帳に記入してもらって 新しい手形をもらって もう一度 西宮の井戸に向かいます。 亀太郎は おますを見ました。 肩で 息をしていて 少し疲れているように 見えました…

長編小説「昭和」その66

おますが手伝った最初に日 前掛けに いつもの野良着 わらじのいでたちです。 結婚するまで 男たちと同じように 田んぼを耕していたので 体力には 自信がありました。 亀太郎と おますは 声を掛け合うこともなしに 大八車を 西宮に 向かって進み始めました。 …

長編小説「昭和」その65

結婚できたのは 将来は 家督を継いで 清左衛門になると言うことになります。 亀太郎は それを 自覚していました。 そこで 頑張っていました。 宮水運びも 頑張ることにしました。 そのことを おますに言うと 「手伝う」と 答えてくれました。 頑強な 男でも …

長編小説「昭和」その64

草の生えた 穴ぼこの 地道を 鉄の輪の 車輪が行きます。 重い荷物を積んだ 大八車は 右に揺れ 左に揺れ よろよろと 進んでいきます。 しかし 亀太郎は 諦めません。 おますが 後ろを 押してくれているのです。 最初の一回は とても大変でした。 橋から 落ち…

長編小説「昭和」その63

宮水は 夙川の伏流水です。 夙川は 西宮村の 向こう側にあって 今津郷では 井戸を掘っても 宮水が出ません。 軟水がでてしまうのです。 お酒を造るためには 適度な 硬水が必要です。 と言うわけで 宮水を 今津郷の造り酒屋さんは 運んでくることになります。…

長編小説「昭和」その62

結婚式に 身分をわきまえない 贅沢をした分 働かなければなりません。 亀太郎は 宮水運びをはじめたのです。 幕末それから 明治維新 時代が大きく変革していき 新しい 富裕層が 出来上がってきます。 酒も 一般的になってきて 飲むのが当たり前のような 時代…

長編小説「昭和」その61

結婚するとなると 貧乏な小作人でも 一応 結納と言うことになります。 形ばかりの のしアワビなど 縁起物を 少々です。 結婚式は 夜です。 今津の隣村 津門村の出身で 長女です。 嫁入り道具とともに はじめて 清左衛門の家に入ってきます。 1Kmほどの道を …

長編小説「昭和」その60

おますは 背が高い 大柄の女性です。 代々 清左衛門の家では 大柄の女性を 結婚相手に選んでいます。 非常に 過酷な 仕事をこなすためには 頑丈な 体が必要です。 華奢な 女性より 精悍な女性の方が 家を安泰にする力は 大きいと考えるのは 普通の考えです。…

長編小説「昭和」その59

結婚が 遅くなる理由には もうひとつあります。 当時は 兄弟の中で 男子が結婚できるのは ひとりだけです。 ふたり結婚させると 家の数が増えてます。 家の数が増えても 生産手段の田んぼの広さは 増えませんので お互いに 共倒れとなってしまいます。 家の…

長編小説「昭和」その58

読者の中には 漆黒の闇など 経験したことが ない方は 電灯のない時代の 夜を 想像できないと思います。 ろうそくや 灯明が 明るく感じるのは その暗闇のおかげです。 真っ暗なところを 夜ウロウロするのは 怖いです。 どこかにぶつけないかという 怖さと 物…

長編小説「昭和」その57

休息は 寝る時だけですので 家長に 就寝の挨拶 「お父様 おやすみなさい。」と言って 亀太郎は 床につきます。 冬なら 布団の中が 暖まるまで しばらく 手足をコシコシしていますが 疲れのため寝てしまいます。 夏なら 蚊帳の中に 団扇(うちわ)を使って 入…

長編小説「昭和」その56

一品は 魚である場合が 多いです。 今津の浜で 取れた 雑魚の煮物である場合が 多かったようです。 家族全員 魚が付く時は 一番大きなものが 家長になります。 今では 考えられないことでしょうが 封建時代の ことなので 別に 当たり前のことです。 何度も書…

長編小説「昭和」その55

家に着く頃には とっぷり暮れています。 同じように外で 手足をゆすいで 中に入ります。 夏なら 3日に1回くらいで お風呂が たてられるのです。 清左衛門は 家長ですので 一番に入ることになっていて 食事前に 入ります。 次に 叔父さんが入って 食事になり…

長編小説「昭和」その54

昼からは時間が長い 特に夏場は 時間が長い 時計がなくても それはわかります。 しんどい仕事が多い 夏場は 時間が長く感じられます。 お天道様(おてんとさま)は 容易に 六甲の山並みに沈んでくれません。 西日は この上なく暑く 照り返しが 過ぎます。 西…

長編小説「昭和」その53

朝食と 同じように 食事は進みます。 食事のメニューも 変わりません。 静かに 食事を摂ったあと 夏以外なら ほんの一瞬の休憩のあと 「作業」の声です。 夏なら 昼寝です。 家族揃って 昼寝です。 亀太郎は 仕事をしていない子供の時は 昼寝の時間が 嫌いで…

長編小説「昭和」その52

歯ブラシは ヤナギの枝なら 歯磨き粉は 目の細かい 砂というか 粘土と言ったらいいか そんなものを使います。 その砂は 六甲山の麓で取れて 売りに子供が 売りに来ていました。 砂だけでは さっぱりした感覚が出ないので ハッカとか 唐辛子・丁字などを加え…