ロフト付きはおもしろい

ロフト大好きの68歳の老人の日記です

昭和30年頃の我が家の餅つき

餅つき

昔は、よく餅をついたと言われる方が多いと思いますが、
わたしの家では、正反対です。
昭和30年代の初めの頃は、
我が家で餅をつくのは、
年末の30日のみです。
皆様もよくご存知のように
29日は、9餅→苦餅→苦持ちと言ってつかないのが普通です。
年末の30日になると、
兄は、木の台と石臼を出してきて
洗います。
これがなかなかの重さで、
大変です。
お湯で最後に温めた後
お湯を捨てると、
母が蒸し上がったもち米を石臼に入れます。
兄は、まず捏ね母が形をなおして
つき始めます。
一気につきあがったお餅は、
「餅箱」と呼ばれる木の薄い箱に入れられ
小麦粉をまぶされ
小さく丸められます。
餅箱は、幅60cm奥行25cm深さ10cm
ぐらいの蓋のある粗末な箱です。
味噌作りに欠かせない米麹を作るための箱にもなります。
いわゆる鏡餅とお正月の雑煮用の丸餅を、
作るのです。
その場で食べるは、少しですが
大根おろし醤油で食べたような気がします。
とても美味しかったです。

大きくなってから気付いたのですが
石臼は、安価な臼で
お金持ちは、木臼を使っていたそうです。
軽くて持ち運びが便利な上
餅がさめずにいいそうです。
でも、私はお餅が食べられて幸せでした。
そんな記憶皆様ありますか。