ロフト付きはおもしろい

ロフト大好きの68歳の老人の日記です

長編小説「昭和」その36

中学の歴史の授業で
江戸時代の初めは
四公六民でしたが
暴れん坊将軍で有名な
徳川吉宗公が
五公五民に
引き上げられたと
講義を受けたことを
記憶しております。

江戸時代の末期ですので
基本は
五公五民だったと思います。

清左衛門が
農業を営んでいた
今津は
江戸時代初めは
尼崎藩領でしたが
幕末の頃は
天領となっていて
武庫之荘にある
代官所が支配していました。

幕府に
生産高の
五割を納めます。

残りの内おおかたを
地主に納めなければなりません。

小作人の取り分は
冬作の麦と
種籾の分と
頑張って作った収穫の増収分
でした。

ほとんどを
納めるのですが
それをしないと
取り上げられてしまいます。

田んぼを
散る上げられると
生活ができません。

今なら
別のところに
就職して
仕事もできますが
長年
農業を営んでいた
清左衛門には
際だった
技術があるわけでもなく
商才があるわけでもなく
資本があるわけでもありません。

田んぼがない
小作人は
飢え死にするしかないのです。

年貢が
どれほど多くても
納めるしかありません。