ロフト付きはおもしろい

ロフト大好きの71歳の老人の日記です

長編小説「昭和」その216

鶴松は
村はずれの
いずれの小作人とも同じ
あばら屋の当主となったのです。

と言っても
奉公の女中と
その母親しか居ませんでした。

小作地も
清左衛門が
受け継いでいて
家の前に
畑がある程度でした。

鶴松は
農業ができる才覚もないので
都合だと思っていました。

食事は
野田の家で食べたり
倉野の母親に作ってもらったり
していました。

もちろん
そのまかない費は
清左衛門が
出していたのです。

20才になった頃には
儒学の西宮の塾を
卒業して
大阪まで
出かけていました。


そんな
勉強三昧を
鶴松がやっていた頃
清左衛門は
55才を超えても
まだ田んぼで働いていました。

当時としては
充分に定年退職していても
かまわない年になっていましたが
昔取った杵柄で
働いていました。

もちろん
おますも
清左衛門について
働いていました。