緩和医療は どうなっているのかと 湖子たちは思いました。 もちろん 医師や看護師は 24時間体制で 対処していましたが 限界だったのでしょう。 もうこれ以上 苦しまなくても 思いつつも 見守っていました。 入院から おおよそ 四十日が過ぎた頃 家族のみんなが見守っていた 午後 息は 段々弱くなって ついに なくなってしまいました。 心臓はしばらく 動いているのが 取り付けられた 器械から わかりました。 その ピ ピという音が 段々ゆっくりになって 聞こえなくなりました。 ナースコールで 来た医師が 死亡を宣告しました。 悟が亡くなると 何だか慌ただしくなりました。 今までの 重いどうしようもない 空気が 一変しました。 数人の看護師さんが エンジェルセットを持って やって来ました。 手際よく 清拭していきました。 それから 霊安室に移動し 業者がやって来て ご遺体の移動とか 告別式の打ち合わせとか 忙しくなりました。