ロフト付きはおもしろい

ロフト大好きの71歳の老人の日記です

小説『冴子』震災部分その2


お店の前まで
来た時
「勇治さん」と
できる限りの
大声で
叫びました。

かすかに
勇治の声が
帰ってきたように
倫子には
聞こえました。

お店は
二階建てでしたが
その形はもうありません。

屋根の形も残っていません。

お店は
がれきの山です。

隣の
3階建ての
ビルが
お店に倒れてしまっているのです。


「勇治さん
勇治さん
勇治さん
勇治さん」と
何度も叫んだのですが
ヘリコプターが
上空に飛んできて
パタパタという
ヘリコプターの音で
勇治の声は
全く聞こえませんでした。

倫子は
お店があったところくらいの
がれきを
手で
のけようとしました。

倫子は
45才
女性で
主婦をしているので
力があるわけでもありません。

しかし
倫子は
瓦を
遠くに放り出し
木片や
ベニヤ板を
手でのけました。

がれきの中にあった
鉄の棒で
何とか
ちょっとずつ
掘っていきました。

最初に聞こえた
勇治の声がした方へ
掘っていたのです。

近くの人にも
「助けて
ここに
主人がいるのです。

助けて
助けて下さい。」と
誰彼なしに
頼みました。

でも
誰も助けてくれませんでした。

何しろ
パン屋のあったところは
うずたかく
がれきがあったので
無理だと
思われたのかもしれません。

倫子が
必死になって作業している時に
筋向かいの
元八百屋の方から
歓声が
聞こえました。

建物から
その家の
子供が
助けられたからです。

もうひとりの子供がいるので
なおも
父親が
必死に作業をしていました。

子供は
近所の人に連れられて
どこかに消えました。

 

 


助けられた
子供を
横に見て
孤立無援で
掘り続けました。

端から見ると
倫子は
正気のように見えません。

女の手で
もう倫子が
かがみながら
掘っていると
見えなくなるところまで
進んでいました。

一月の寒風が吹いても
倫子は当たりません。

冬の服で
背中には
リュックサックを背負っていたので
全身汗ばんでいました。

頭の
毛糸の帽子も
少し汗で濡れているのですが
そんなこと
気にしていませんでした。

太陽が
真上に来ていることも
感じませんでした。

空には
ズーッと
ヘリコプターが
やかましく
飛んでいました。

そんな中
倫子を
呼ぶ声がしました。