ロフト付きはおもしろい

ロフト大好きの68歳の老人の日記です

小説『冴子』震災部分その16

もう暗くなっていました。

大阪まで行って
ホテルに泊まることになりました。

地震以来
いや
勇治と駆け落ちしてから
初めて
大阪に来て
大阪の変わりように
びっくりするばかりです。

その立派さはともかくとして
全く地震とは関係なく
生活が
行われていることに
驚いてしまいました。

すこし
腹立たしさも感じます。

 

大阪が被害を受けずに
いつものように
時間が経過していることに
不満を感じても
それが
八つ当たりであると
心では思っても
止めることができません。

その日は
暖かい
ベッドに寝て
英気を養うことにしました。

翌日は、
朝食バイキングでした。

豊富な食べ物が
並んでいました。

もう食べきれないくらいです。

美味しくて
さんざん食べて
満腹になりました。

避難所とは
全く違うメニューです。

満腹まで食べながら
何か
満ち足りないものを
感じました。

姪の車で
避難所まで帰り
荷物を
まとめました。

尻池の
潰れたアパートから
取り出した
ほんの少しの家財道具を
運送屋さんに
運んでもらうことを頼みました。

運送屋さんが混んでいて
次の
火曜日でないと
運べないそうで
避難所暮らしを
少しだけ続けて待つことにしました。

出るとわかると
何か
分かれがたいような
気がしました。

避難所のみんなや
ボランティアの人たちと
すっかり友達になっていました。


歳をとると
月日が経つのが
早くなったと
感じていました。

一週間は
すぐに過ぎ
運送屋さんに
荷物を運んでもらいました。

避難所のみんなと
別れを惜しんで
握手して
別れを告げました。

でも
翌る日には
また避難所に
今度はボランティアとして
来るのですが
その時は
一生の別れというかんじでした。

倫子は
電車で
園田アパート
行きました。

車は
なかなか来ませんでした。

小さなお部屋ですので
掃除も済んで
待ったいました。

いつものように
渋滞していて
車は
園田のアパートには
到着しませんでした。

夕方になって
車がやってきて
荷物を運び込んでもらいました。