ロフト付きはおもしろい

ロフト大好きの68歳の老人の日記です

私は御信心しております。

私の母は
母のお父さん
私は会ったことはありませんが
私のおじいさんのおかげで
浄土真宗に深く帰依していました。

おじいさんは
三〇才近くまで
私塾に通っていました。

浄土真宗の教えを
母に教えたそうです。

母の
浄土真宗門徒としての
行動や信心は
すべて
おじいさんからの教えなので
親鸞聖人の御教えに
忠実かどうか
私のような者には
到底わかりません。

浄土真宗の
最大のものは
他力本願の御教えと
私に
母は教えてくれました。


死ぬまでに
一回でも
どこでも良いから
南無阿弥陀仏を
唱えれば
からならず
極楽浄土に成仏すると
教えられました。

この教えが
合っているかどうか
私は
詮索しません。





今日
浄土真宗の
住職さんからの講話で
信心は
仏様から与えられるもので
そう言う意味で
信心ではなく
御信心と
言うのだそうです。

自分が信心するので
丁寧語の御をつけるのは
ふさわしくないですが
信心が与えられたものだから
とくに
仏様から与えられたものだから
御信心というのが適切だそうです。

私の御信心は
直接には母から
そして
間接的には
おじいさんから
頂いたものです。

そして
そのような信心を
与えていただいたのは
御仏のお導きだと思います。

御信心を与えていただき
本当にありがとうございます。


ありがとうございます。




皆様は
何か宗教を信じておられますでしょうか。

____________________________
私が
母の教えを
無条件に
信じたわけではございません。

私は
凄く理屈っぽい人間です。

不合理なことには
イライラします。

そんなことで
女房と
諍いになることも
多いです。

もし
御信心の中に
不合理なことがあると
決して信じなかったと思います。

私が
御信心を
無条件に
信じている理由を
あえて列挙すれば
次のようです。


1.この世の出来事・今までの私の経験と
御信心とは矛盾しない

2.御信心には経費が不要である。

3.御信心には時間を要しない。

の三点です。

最大の理由の
「この世の出来事・今までの経験と
御信心は矛盾しない」です。

皆様は
神仏がおいでになると
信じておられるでしょうか。

そして
その神仏が
この世に
影響を
もたらしているとお考えでしょうか。

私が
母から聞いた
御信心は
「死ぬまでに
一回でも
どこでも良いから
南無阿弥陀仏を
唱えれば
からならず
極楽浄土に成仏する」というものに
尽きます。

即ち
神仏の「効用」は
「極楽浄土に成仏する」
と言うことで
それ以外の何物でもないと
教えていただきました。

言い換えれば
この世の
幸不幸には
一切関知しないと言うことです。

世の中には
神仏がいないのかと
考えるような
出来事が
繰り返し
起こっているのが
現実です。

先の
阪神淡路大震災をはじめ
東北の大津波
先般のフィリピンの台風もそうだと思います。

まさか
お亡くなりになったすべての人たちが
神仏のご加護がなかった人たちだと
合理的に
考えられません。

何千人もお亡くなりになった
人たちの中には
宗教心が
私より
数段上回っている方も
多いと考えます。

そんな人たちが
犠牲になるなんて
神仏のご加護が
なぜないのでしょうか。



私は
神仏が
この世に
関与していると考えると
「不幸な出来事」を
説明できないと
思います。

私は
神仏は
この世に
不幸な出来事を
決して起こさないと思います。

もしそのようなことを起こす神仏が
おいでになると考えると
その神仏は
神仏ではなく
悪魔と呼ぶべきではないでしょうか。

私たちに
惨事を与える
超自然的な力がもしあるとすれば
それは
悪魔の仕業です。

悪魔を信奉することは
できません。

即ち
神仏は
この世に
力を
発揮していないと思います。

私は
その理由を
誠に残念ですが
知るよしもありません。


神仏の超自然的な力は
この世に
及んでいないとする
私の考えは
私の経験と
全く矛盾しないので
私には
本心から
御信心しております。

即ち
私の信じる宗教は
他力本願で
来生の祈念です。

そして
この
御信心は
申し添えれば、
経費と
時間を全く要しません。

もちろんお葬式や
法事に
来ていただいたら
謝礼が必要です。

住職さんも
霞を食べて生きているわけではありませんので
それなりのお礼は
必要でしょう。

「いくらぐらいでしょうか」と
真宗の住職さんに聞いた人がいて
そのお答えは
「いくらでも良いですが
最低賃金以上でお願いします」と
言われたそうです。

何しろ
「志」ですので
「こころざし」でいいみたいです。

だから私は
浄土真宗を
信奉しています。

御信心を与えていただき
ありがとうございます。

最後ですが
私が
親鸞聖人が
おはじめになった
浄土真宗を
御信心させていただく理由は
再掲しますが
____________________________

1.この世の出来事・今までの私の経験と
御信心とは矛盾しない

2.御信心には経費が不要である。

3.御信心には時間を要しない。

____________________________

ですが
母が
そのように
導いたということと思います。

ながく読んで頂きありがとうございました。

皆様も
御信心をと思いますが
私のような者に言われても
納得されないと思います。

是非
皆様方ご自身でお調べになり
御信心をされることを
心底より
お願いします。

差し出がましく
申し訳ありませんでした。