このブログ小説をながらく読んで頂きありがとうございます。
あらすじ この物語は 主人公が ふたりいます。 京都の北丹波美山町に生まれた 薫子と 阪神間に生まれた登です。 ふたりは相前後して昭和50年1975年に生まれました。 平成23年(2011年)に 出会いますが その出会いまでは 姿を見ることはあっても 相手を 認識することはありません。 薫子は 子供の時から 活発な子供でした。 小学生の時に 笑顔のアイコンタクトで 人と交わる方法に出会って 実践してきました。 中学校の時は 笑顔のアイコンタクトで クラスをまとめた 実績もありました。 高校生になると 作法クラブに入って 活動します。 同じクラブには 薫子に憧れて入った 陽一と 学校一の才色兼備の 美奈子がいました。 薫子の家は 大学に行ける余裕がなかったので 証券会社に就職します。 登の方は 小学校中学校高校と 理由もなく いじめられます。 そのため 登は 自分の殻に閉じこもって 勉強をしていました。 大学に入ると いじめはなくなりましたが その性格は 変わるわけもなく 意固地な生活を 送っていました。 阪神淡路大震災で ボランティア活動を通じて 知り合った 美奈子とつきあいますが 理由もわからず 別れてしまいます。 余計に 人間不信になってしまいます。 一方 薫子は 証券会社でも 人気者で 阪神淡路大震災の ボランティア活動を通じて 再会した陽一と 婚約します。 盛大な結婚の後 和歌山広島と転勤します。 登の方は 農業改良員として 丹後に勤務します。 何もすることがないので 勉強をしていました。 就職して 6年経って 慣れた頃 登の父親が 急逝して 父の仕事を継ぐことになります。 社長の 仕事を うまく進めるため 笑顔のアイコンタクトを勉強することになります。 薫子は なかなか 子供ができませんでした。 次の赴任地になった 阪神支店に行った時 死産になってしまいました。 2010年になった時に 待望の赤ちゃん夏子が生まれました。 登は 美奈子さんに 偶然であいました。 美奈子さんは 突然別れた時のことを わびますが 何もなく 登は別れてしまいます。 陽一君は 仙台支店に 転勤を命じられ 家探しのために 仙台に出張しました。 お部屋を探して回っている時に 津波が来て 陽一君は 行方不明になります。 家族が 探しに行きますが 見つかりません。 薫子も 最後の場所を訪れ その状況をよくみて 陽一が 死んだことを 確信しました。 ひとりで生きることを 決心して 安い家賃のお部屋に 移ることになりました。 みんなの助けを得て 薫子は スーパーマーケットで働き続けることになります。 登は 偶然 自転車に乗った 薫子と出会い 笑顔のアイコンタクトを受けます。 自立のために始めた 料理の買い出しで スーパーマーケットで働く 薫子と再会して 片思いが始まります。 でも 薫子の指に 結婚指輪を見付けて愕然とします。 しかし登は 諦めきれません。 薫子に 可愛い子供がいることや 因縁の美奈子さんが 薫子の友達だとわかっても なおも諦めきれませんでした。 薫子は 夏子が 「私にもお父さんが欲しい」と 言われて 悩んでしまいます。 あらすじはここまで _______________________________
皆様は 運転はされますでしょうか。 私は 車の運転は 苦手ですが 仕方がないので 運転しております。 先日 あまり 車の通らない 大きな交差点で 右折しようとしたときのことです。 横断歩道に 自転車が通るゾーンがある 交差点です。 右折するときは 前方からの歩行者や自転車に注意すると同時に 右側手前から自転車や歩行者にも 注意しなければなりません。 前方を見て 対向車が来ないのを 確認してから 右手前を 目視するために 首を 右側に回しました。 午後4時頃でしたでしょうか。 たぶん 40才くらいの 女性が 自転車に乗って 横断歩道の 自転車ゾーンを 走ってきました。 彼女は 私に アイコンタクトで 「渡ります」と言って 走っていきました。 皆様 交通安全のためには アイコンタクトは 大切ですよね。 アイコンタクトによって 優先を確認するのですよね。 人間のアイコンタクトですから 笑顔が基本だとは思いますが 彼女の笑顔は 今までにない 笑顔だったんです。 その笑顔を見て その日は 満足で楽しい一日でした。 会ったのはその日だけでしたが もっと別の人が 会ったらと考えていました。 構想1分 ブログ小説を書くことになりました。 次回から 期待せずに お読み下さい。 もちろん どんでん返しや 感動の結末など ありません。 拙文を覚悟の上 読んでいただけたら 嬉しいなと思います。 ここから本文 _______________
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この物語には 主人公は ふたりいます。 車を運転していた 登と 自転車に乗っていた 薫子 です。 物語は 登の話と 薫子の話の ふたつで 行ったり来たりします。 混乱せず お読み下さい。 薫子から 始まります。 薫子は 昭和50年に 京都の片田舎で生まれました。 茅葺きの 家で生まれました。 もちろん 出産は 近所の産科で出産でしたが 夏の初め 家に帰ってきた 母子は 涼しい座敷で 緑一杯の 景色を見ていました。 父親は 風薫る日に生まれたので 薫と 名付けたかったのですが 男性と間違われたら 困るので 薫子としました。 薫子は 緑の中を 走り回り大きくなっていきました。 薫子が 生まれた頃 登は 公害で 問題になっていた 街で 学年は同じでが 既に生まれていました。 窓からは 煙突の煙が 見える家でした。
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登の家の 道路を隔てた 工場は 平炉メーカーで 平炉を開けたとき 煙が建物全体から 出てくるのです。 もう 殆ど見えなくなるくらいです。 一日に 何度かあるのです。 平日は 洗濯物を 外に干すことができないと 登の母親が 言っていました。 薫子と登の両親は 戦後のベビーブームの時に生まれ 子供を出産していました。 薫子と登とは 第二次ベビーブームの 子供達です。 幼稚園小学校中学校と 登は たくさんの同級生がいました。 登の住む街では 新しい 小学校が新設され その初めての 新入生となりました。 登は 小学校では 成績は パッとしません。 両親は 共働きで 帰ったとき家にいなのを 良いことに あまり勉強をしなかったためだと 登は思っていました。 学校では 目だ立たない子供でした。 友達もなく 存在感が薄いという感じでした。 薫子は 田舎の学校にしては たくさんの同級生がいて 先生の指導がよかったのか クラス一丸で 勉強やスポーツ・学級活動していました。 その中で 薫子は 中心的な役割でした。
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小学校の5年生の時 交通安全のための 活動がありました。 薫子の小学校の周りは 田んぼばかりで 車も殆ど通っていなかったのですが 都会に出たとき 困らないようにと 管轄の警察署が 企画したものでした。 小学校の前に 唯一 横断歩道があるのですが 横断歩道の渡り方を 警察官が 「にぎにぎしく」教えるのです。 素直な 薫子ですので 超関心を持って 見ていました。 「横断歩道では 手を挙げて 車が停まるのを 待ってから渡りましょう」と 言って 渡って見せます。 その中で 運転手さんの目を 見る事が 重要だと 大柄の警察官が言いました。 自動車が止まったからと言って 歩行者に気付いているかどうか わからないというのです。 単に止まっただけかもしれないので 注意が必要だと言いました。 運転手さんが 自分を見ていたら 気が付いていると言うことで 「これをアイコンタクトと言います」と 説明しました。 小学校5年生の 薫子には 「アイコンタクト」という言葉の意味が よくわかりませんでした。 そこで 質問の時間に アイコンタクトについて 警察官に尋ねました。
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薫子は 大きな声で 「アイコンタクトって何ですか」と尋ねました。 先生役の警察官は 「アイコンタクトとは 目と目を合わせて 相手を確認することです。 目は口ほどにものを言うと言って 目は心の窓です。 では 私が あなたに 目で言葉を話すので 聞いて下さい」と言って 目を薫子の 目を見て 目配せしました。 「わかりましたか」と 聞いてきて 薫子は 「わかりました」と 答えました。 周りは ドッと笑いが 起こりました。 実際のところ わかりませんでしたが そう答えたのです。 そんな事があってから 薫子の クラスでは アイコンタクトが 話題になりました。 先生が 生徒を見ると アイコンタクトをしているとか 薫子のアイコンタクトは 分かり易いとか そんな話です。 登の方は もちろん 交通安全の学習を 習ったと思いますが アイコンタクトについて 知るのは 自動車教習所で 先生に教わる 10年後です。 登は 殆ど目立たない 小学生を経て 中学生になりました。 中学校では 三つの 小学校から 生徒が 集まってきました。 その中に 粗野な 中学生がいました。
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中学生になった 登は 小学生の時のように 目立たぬように 中学生生活を 送りたいと思っていました。 しかし その願いは 粗野な中学生によって 実現できなくなります。 登は 理由もなしに 叩かれ いじめられます。 叩かれたあとに 「バカだから たたいてやった」と 言うのが 口癖です。 跡が残らないくらいに 叩くので 家族や 先生が気が付くことがないのです。 登には 歳の離れた 姉がいます。 姉が 心配して 登に 忠告しました。 「やはり 成績が悪いのは これから 生きていくのには 都合が悪いよね。 登は 小学校の時は 成績がもうひとつだったけど 中学校になったら 気張って 頑張らないといけないよ。 小学校と 中学校は 勉強の仕方が違うから 小学校で 成績が悪くても 頑張れば 成績が上がるよ。 算数が 数学にかわるように 他の科目も そうなんだよ 中学からやり直せるんだから 悪い成績だったら 彼女もできませんよ」と 言われてしまいました。 成績が トップクラスの 姉の言うことは 正しいのだろうと 思いました。 あの いじめた 中学生に 「バカ」と 言わせないためにも 頑張ることにしました。 遊ぶ友達にいないので 勉強するしか なかったのも 事実です。
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登は 大方のことは 懐疑的です。 何でも疑ってかかります。 先生が 「蟻はのすべては 勤勉な蟻ですか」と クラスのみんなに尋ねたことがあります。 蟻とキリギリスの話にもあるように 蟻は勤勉と決まっています。 みんなが 勤勉の方に 手を挙げるのは 当然です。 しかし登は 違いました。 先生が 勤勉とわかっている蟻を 勤勉かどうか 尋ねるのだから きっと 勤勉でない蟻も いるのだろうと 類推したのです。 ひとりだけ 勤勉でない方に 手を挙げた 登に その理由を 尋ねました。 登は 「先生が 当たり前のことを 聞くのだから 答えは きっと逆だろうと 思います」と 答えたかったのですが 前に この様に 答えて 怒られたことを思い出し 「何となくです」と 答えました。 先生は 「蟻の中には ずるをしている 蟻もいることが 観察されているそうです。」と 答えを言いました。 こんな風に 登は思考します。 勉強も 殆どこのやり方と同じです。 試験は 山を掛けます。 先生のクセを見抜くのです。 先生が試験を出す所を 何となく 登にはわかるのです。
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登の予想のすべてが 当たるわけでもなく 登の成績は 上がり下がりしましたが 次第に 「バカ」と言われないほどの 成績になっていきました。 薫子も 中学生になって 少しだけ悩んでいました。 薫子の中学校は みっつの小学校が集まって来ます。 薫子は 天気の時は自転車で 雨の時は バスで通っていました。 小学校の 実績を買われて クラス委員になっていました。 世話好きの 薫子ですから 適任と 考えられます。 同じ小学校から来た クラスメートは クラス委員に 協力的です。 しかし 他の小学校から来た 生徒の中に 掃除を サボって いる者がいたのです。 薫子は 注意する役ですので 注意すると 「お前には関係ない お節介なんだから」と 言って 帰ってしまうのです。 薫子は 悩みました。 どうすれば 聞いてくれるのか 悩んでいました。 それで 小学校の時の 先生に教えてもらうために 学校に行きました。 先生は 話を聞いて 「させようとしたら してくれないよ。 笑顔のアイコンタクトを使うのよ 小学校の時は よく使っていたでしょう 笑顔で ありがとうと 言うのよ 焦ったらダメ きっと聞いてくれるから ゆっくり笑顔で待つことよ」と アドバイスしてくれました。 薫子は 小学校の時に 自然に 笑顔のアイコンタクトを 使っていたと 先生に言われて 気が付きました。 「ありがとうございます。」と 笑顔で答えて 学校をあとにしました。
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早速 笑顔のアイコンタクトを をすることに しました。 朝の挨拶の時 クラス会の時 連絡事項を 説明する時 帰る時 笑顔のアイコンタクトを クラスのみんなに してしまいました。 同じ小学校の出身者は 薫子らしいと 思いました。 他の クラスメートは 薫子に 何か良いことがあったのかと 思いました。 掃除当番を果たさない クラスメートも 変だとしか思いませんでした。 そんなことが 二三日続くと 笑顔のアイコンタクトを 知らないクラスメートも 薫子は 何か凄いものを 持っていると 考え始めたのです。 数日後 例の 掃除をさぼるクラスメートの 掃除当番が回ってきました。 薫子は そのクラスメートに 笑顔で 「今日の掃除ありがとうございます。」 と 前もって 言いました。 いつもは 「関係ない」と 言うのですが 掃除をする 薫子を見ていると 帰られず 掃除をすることになりました。 薫子は 笑顔で 手伝い クラスメートも 笑顔で 掃除していました。
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クラスのみんなは 薫子の やり方に 驚いていました。 同じ小学校出身者は、 あの クラスメートを 言うことを聞かせるという 手際の良さに いつもながら感心しました。 このために 笑顔のアイコンタクトをしていたのかと 思いました。 でも ズーと 笑顔のアイコンタクトは続きます。 登は 笑顔とは 無縁の 中学生生活です。 勉強というか 先生のクセを 見抜くのに 勤しんでいました。 中学三年生になって 高校進学が話題になりました。 登の父親は 課長代理に出世して 年功序列制で お給料も増え 余裕もあって 経済的には 登には問題ありませんでした。 登は 同じ中学校の生徒が 行くであろう 近くの公立高校は 行きたくありませんでした。 少し離れた 私立の 高校に 行きたいと思っていました。 そのためには すこし 成績が足りません。 「頑張って 勉強しない」と 三者面談で 先生に言われてしまいました。 頑張ろうと 登は思っていましたが 何しろ 根が 怠惰な性格ですので それほど 成績は 上がりませんでした。 「バカ」とは 言われませんでしたが そんな間にも 登は 言われなき 暴力を受けていました。 身なりが 少し貧しい 登は お金をゆすり取られるというような ことまではありませんでしたが 殴られたり 足を掛けられたり 突然 突き飛ばされたり していました。 その暴力を受けるたびに 少しずつ 頑張る 力が 増えてきたように 思いました。
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暴力を受けるたびに 勉強をする力が 増していきます。 多くの暴力を受ける 登は 相当勉強しました。 山を掛ける勉強ももちろんしましたが 正当な勉強もしました。 高校の 試験の クセを読むことは 少し無理なので 正当な勉強も する必要があったのです。 その成果も 徐々に上がってきていました。 薫子の家は 少し貧しくて 高校は行けても 大学は 無理だと 親に言われていました。 高校も 公立でないと 行けないことになっていました。 薫子は もともと 賢い聡明な 生徒でしたから 今まで通りのやり方でよいと 先生に言われていました。 今まで通りと言うことで 薫子は 笑顔のアイコンタクトは なくなることはありませんでした。 学校のみんなも いつも笑顔の 薫子を 羨望の目で 見ていました。 薫子には 好きな人がいました。 同じクラスの 少しおとなしい男の子です。 薫子は 特に その男の子には 笑顔のアイコンタクトを 数倍 投げかけました。 でも その男の子とは 相思相愛には成れませんでした。 薫子は 「縁がなかった」と 思うようにしました。 男の子は 薫子が好きだったんですが あまりにも 薫子が まぶしくて 近づきがたかったからです。 薫子は 高嶺の花と 思われていたのです。 そんな所が 薫子にはありました。
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別に 難なく 公立高校に 行くことができました。 薫子の行った 高校は 地域では 名高い 進学校で 誰もが 大学に行く学校でした。 勉強に 明け暮れる クラスメートの面々は 友達付き合いが 苦手でした。 薫子は いつものように 笑顔のアイコンタクトで 友達の輪を 作ろうとしていました。 しかし結果だけを言うと 失敗でした。 「笑顔のアイコンタクトが 功を奏しないことも あるんだ」と 薫子は 初めて思いました。 「そんなことも あるかもしれない。 私の力が 足りなかったのかもしれない」と 反省もしました。 薫子は 作法クラブに入っていました。 お茶・お花・作法の ことを 高校の先生の中で 上手な人に 習う クラブでした。 薫子は 面白いと思っていましたが クラブの部員は 3人しかいませんでした。 学校で 一番賢い美奈子さんと 少し変わった男の子の陽一君と 薫子です。 美奈子さんには 笑顔のアイコンタクトを 必ず返す 女学生でした。 でも それだけです。 陽一君は 笑顔のアイコンタクトには 反応しません。 目を合わせませんので アイコンタクトは できませんでした。 この2人が 進学校での 友達でした。 おとなになっても 続きます。
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薫子は 一年生の時から 担任の先生に 進学しないことを 告げていました。 高校は 進学のカリキュラム一色でしたので 薫子が 就職するためのものは ありませんでした。 就職するなら 例えば 商業簿記とかが 必要です。 作法クラブの 顧問の先生が 商業簿記を教えられる 先生を捜してきてくれました。 薫子は 正規の勉強も もちろんできましたし 就職のための教科も 難なくこなしていました。 登の高校受験は 登に言わせると ラッキーでした。 試験の時だけ よかったような気がします。 高校生になった 登は 暴力から 遠ざかれたかというと 同じような 人間が 徐々に 出てくる恐れがあります。 登は 目立たぬように していました。 当時はやっていた 忍者ブームの 忍者のように 「気配を消して」いました。 叩かれて 痛い思いや 屈辱的な 経験をするよりも 目立たぬように おくるほうが 登は まだいいと思っていました。
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登の 学校生活は 学校では 目立たぬような 陰気な時間を 送っていたのと 裏腹に 家では やりたい放題でした。 乱暴な生活をしていたというのではなく 勉強をしていたのです。 勉強と言っても 高校の勉強ではなく 自由勉強です。 図学や 数学です。 ひと筆書きの 勉強もしていました。 そのようなものが ひと筆書きができるかという 研究していました。 親や 姉は よくわかりませんでした。 していることがわからないのではなく 役に立ちそうもない そのようなことを するのかが わからなかったのです。 だから やりたい放題でした。 高校の勉強は 例の山掛けで よかったり 普通だったりです。 何になりたいという 夢も特になかったのですが 大学へ 何となく行くことが 決まっていたので そこそこの 勉強をしていました。 やはり 登に言わせると 怠惰な毎日でした。
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登の姉は 将来先生になる夢があって 頑張っていました。 その 夢に向かって進んでいる 姉を見ながら うらやましく思っていました。 何になりたいというわけでもなく 登の高校生活は 過ぎていきます。 薫子の 将来の夢は 単純です。 仲のよい両親に 憧れて お嫁さんになることでした。 そのために 作法クラブに 入っていたのです。 顧問の先生は 何でもできる先生で いろんなことを 教えてくれました。 時には 料理も 教えてもらいました。 同じクラブの 美奈子さんに 将来の夢を 聞きましたが はぐらかして 答えてくれませんでした。 陽一君は 「僕も結婚」と 答えて 先生を含めて 爆笑です。 しかし これは 本当の夢だったのですが 薫子には その時は 冗談だと 思っていました。 薫子が 高校三年生になった時 就職が 課題となりました。 世話好きの 顧問の先生は 地元の 会社を あたりましたが なかなか見つかりませんでした。
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バブル景気が 終わって 不景気になっていく その年だったので 到底 京都の山奥では 仕事などは見つかりませんでした。 そこで 何とか通える 京都で 就職先を 探しました。 進学校で 求人票など 来ない学校だったので 顧問の先生の 紹介で 何とか 面接まで こぎ着けました。 証券会社で 全国展開していたのですが 京都だけの 地域職に 応募していました。 面接の 前日 「笑顔で 全力を出してきてね」と 助言してくれました。 高校では 笑顔のアイコンタクトについて 話していませんでした。 しかし みんなは 私の 笑顔を 知っていたのだと 薫子は思いました。 電車に乗って京都の 証券会社の 支店に行きました。 数十人が 応募していました。 高校の制服を着た 人達は 「私より優秀のように見える」と 思いました。 すこし 寒気がしました。 心の中で 笑顔のアイコンタクトと 言い続けて 順番を待ちました。
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薫子が呼ばれました。 五人同時に 面接です。 試験官は 鋭く突いてくる 質問もありました。 薫子への 質問も 同じものですが 薫子は 試験官と 笑顔のアイコンタクトをしてから 答え始めます。 薫子自身 他の4人の方が 的を射た答えだと 思いました。 「ダメかな」と 思いましたが 最後まで 笑顔のアイコンタクトで 行くことにしました。 午後は 筆記テストです。 特に難しいものでは ありませんでした。 この日は 職場見学をして 解散となりました。 数日後 手紙が来て 2次面接の 知らせです。 「あれだったのに 良かったんだ」と 薫子は 少し驚きました。 先生に言うと 「笑顔が良いのよ」と 言われました。 呼び出しの日に 同じ支社に行くと すぐに呼び出されて 面接です。 面接というか 口頭試問でした。 国語や 社会の問題を 口頭で 聞いてくるのです。 薫子ひとりに 5人の面接官です。 薫子は まだ18才で おとな連中が よってたかって 聞いてくるのです。 萎縮してしまうのが 当たりまですが 薫子は 笑顔のアイコンタクトを 忘れずに 行っていました。 終わったあと 薫子は 疲れましたが 笑顔を忘れませんでした。
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笑顔で 会社をあとにはしましたが 心の中は 半泣きの状態です。 口頭試問には 的確に答えられなかったし 笑顔のアイコンタクトも そのため 顔が引きつっていたように 薫子には 思えたからです。 しかし 結果は 内定です。 12月に 内定をもらいました。 「良かった」と 薫子は 心の中から 思いました。 高校出たら OLになって それから 結婚という 薫子の 夢に 近づいたと 思ったのです。 薫子の 通っている 高校には 3学期の 始業式は 作法クラブの 琴の演奏会が 恒例としてありました。 3年生になると 作法クラブは 一応退部と言うことになるのですが この年の 作法クラブの面々は 退部しません。 薫子は 内定をもらって 進路はもう決まっています。 陽一君も 12月に 大学に合格していました。 美奈子さんは 大学受験を控えていて そんな事ができない立場ですが お琴を 弾きたいと言うことで 参加していたのです。 薫子は 「さすが 学年一の 秀才だから 余裕の 美奈子さん」と 思っていました。 でも それは 違っていたのです。
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作法室での お琴の練習は 夕方近くで 終わります。 薫子は 家が遠いので あまり遅くまで できません。 そこで 日曜日も出てきて 練習です。 練習する曲は 正月の琴の曲としての 定番 「春の海」と アンコール曲として 「愛は勝つ」を です。 家には お琴がないので 学校でしか 練習できませんでした。 噂によると 美奈子さんの家には お琴があるそうで 子供の時から 弾いていたそうです。 陽一君については 何もわかりませんが かなりうまい方でした。 正月も 3日から 練習に励んで 高校生活 いや学生生活 有終の美を 飾ろうとしていたのです。 音楽が 苦手な 薫子には 相当のハードルです。 薫子にとっては 最後の晴れ舞台となる 始業式の日が やって来ました。 校長先生の 訓辞が終わって 舞台の 幕が開き 作法クラブの 面々が お琴を弾き始めます。 その中で 一人だけ あでやかな 振り袖姿の 美奈子がいました。 薫子をはじめ 学校の全員は 驚いていました。
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春の海は 定番曲ですが 歌詞がありませんので 聴衆は 静かに聞いていました。 そして 恒例の アンコールです。 拍手して 作法クラブの 面々の 名前を 大声で 呼ぶものも出てきました。 一番大きく たくさんの声がかかったのが 薫子です。 学校では 人気があったのです。 他の者の 名前を呼ぶ者も いましたが 少数です。 もちろん美奈子さんの 名前を 呼ぶ者も いました。 拍手が 続いて 薫子達が 目配せして アンコール曲を 弾き始めようとした その直前 美奈子さんが 弾き始めました。 事前に練習した曲とは 全く違う曲です。 「木綿のハンカチーフ」です。 正月で 始業式の日に 合うかどうかは よくわかりませんが 美奈子さんは 弾き始めました。 曲に合わせて 美奈子さんは 歌も歌いました。 美奈子さんの 近くに マイクがあったので 歌声は 会場中に 響き渡り 先生をはじめ 生徒も 薫子達の 作法クラブ員も リズムと取りながら 聞いていました。 3番まで 歌って 美奈子さんの歌は 終わりました。
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曲が終わって またアンコールです。 今度は 美奈子さんの 名前を 呼ぶ者も 多く出てきました。 学校で一番 優秀で 多芸の 美奈子さんが 人気がないことは ありません。 アンコールは 恒例では 一曲までと 決まっていましたから 薫子は 終わりにしようかと思った時 美奈子さんが 「アンコール曲を 弾きましょう」と みんなに声を掛けました。 目配せして 「はい」と 言って 「愛は勝つ」の 演奏が始まりました。 薫子は 楽譜を 見なくても 弾くことができたので できるだけ みんなの方を見て 演奏して 歌を歌いました。 学生達も 一緒に 歌いました。 「信じることだ 必ず最後に愛は勝つ」と 大合唱です。 予想通りの 大盛り上がりです。 アンコールの 拍手は止みませんでしたが 次の 軽音楽クラブが 待っていたので 幕は 下りてしまいました。 琴を持って 脇に下がりました。 軽音楽部の 演奏を 袖で 美奈子や薫子陽一達も 一緒に聞いていました。 演奏が終わって 作法室に帰ろうとした時 美奈子さんが 薫子に 近づいてきて 言葉を掛けました。
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美奈子さん: 薫子さん 私は 高校生活では あなたに負けたわ 小学校中学校とは いつも 一番の人気があったの でも 私は あなたに負けたわ でも これから 大学 そして 社会に出ると もっと もっと 多くの方に 負けるかもしれないわ 高校生活で あなたと会って そして 負けたことが きっと 将来役に立つと 思いました。 それに あなたに負けた理由も わかったし それを 糧に 今度は 絶対に負けないわ あなたに負けた理由は 「笑顔」よね これからも 良いライバルでいましょ 薫子: 美奈子さんを ライバルだなんて 思ったことありません。 美奈子さんは 私の目標です。 美奈子さん: そうなのよね そんな風に 言えるところが 偉いと思うの 薫子: 本当のことです。 美奈子さんは みんなに人気はあるし その上 成績は優秀 スポーツも 何でもできるでしょう 美奈子さん: 成績が優秀でも 大成はできないわ あなたは 私の持っていないものを 持っているわ 薫子: なにも 私は 持っておりません。 薫子は 美奈子さんにそんな風に言われて 驚いてしまいました。
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美奈子さんは 続けて 話します。 「薫子さんは 自分が どんなに すばらしいかわからないんだ 陽一さんが あなたのことを 好きだと言うことも 知らないんでしょう」と もっと驚くことを 言いました。 薫子は 陽一さんが 私のことが好きだなんて 信じられません。 それを 少し離れたところから 目立たないように 陽一君は 見ていました。 こんなことが あった始業式の日から 美奈子さんは 作法クラブには 来なくなりました。 猛勉強しているという 噂を聞きました。 陽一君は 来ていましたが 何となく よそよそしいような 雰囲気でした。 登は 目立たないように 高校生活を送っていました。 大学へ 行くために 勉強していました。 推薦入学で 手っ取り早く 早期に 入学したかったのです。 そこで 登の両親が 推薦入学を 登に勧めました。 勉強して 頑張って 推薦入学を 受けることにしました。
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怠惰な 登ですので 勉強をしているようにみえて 勉強をしていない方が 多いのですが とりあえず 勉強していました。 そして試験日 京都市内の 大学です。 11月の 月末で 寒い風が吹いていました。 試験場は 古いスチーム暖房で カッチンという 大きな音が していました。 試験は どういう訳か 登には 難しくありませんでした。 なぜなのか と思いながら 答案を書き上げました。 結果は 合格です。 偏差値では 登には 少し難しい程度なのに 合格してしまいました。 学部は 農学部です。 登の姉は 「あんた 何になりたくて 農学部なんかに 行くの」と 聞いてきました。 登は 「特に 農学部と言うわけでもなく 偏差値で 一番難しくて 一番と下り易そうな 大学を選んだだけ」と 答えました。 姉は 驚いていました。 そんなことで 早々と 大学が決まって 高校生活は 登にとって 有終の美になるはずだったんですが そんな風には 行きませんでした。
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登の高校の 卒業式は 生徒自身が 企画立案することが 慣例となっていました。 クラスから 1名選んだ 卒業式実行委員が 合議で 決めることになっていました。 過去には 対面式の卒業式や 吹奏楽を真ん中に 周りを囲うような卒業式 卒業生が演壇に階段状に並んでした卒業式など があります。 生徒会室の 壁には 過去の卒業式の写真が 飾ってありました。 登のクラスで 卒業式実行委員を 選ぶクラス会が 開かれました。 恒例なら クラスの委員長が 兼任するのですが 大学受験に忙しい面々は もう進路が決まっている 登を 委員にしよう提案に 一斉に拍手して 賛成します。 目立たぬよう やっていたのに 最後の 最後に こんな羽目になるとは 登は がっかりしました。 少なくとも クラスの総代として 卒業証書を 拝受するために 演壇に 上る役になってしまいました。 もう下を向いているしか 登にはできませんでした。
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委員なんか したことのない登は 初めての経験です。 委員会では 自分の意見を 述べることは できませんでした。 普通は 大きな権限を持っている 卒業式実行委員ですが 登の場合は あっちの意見を こっちに こっちの意見を あっちに告げるだけで 乗り切ろうと 思っていました。 しかし それだけでは すみませんでした。 卒業式自体は 正統な やり方で 行われるようになっていましたが 卒業式の リハーサルの時に そのハプニングは起きました。 本番と同じように行われたリハーサルで 卒業生の名前が 順番に呼ばれて 返事とともに 卒業生が 起立していきます。 登の名前も呼ばれて 最後に 「以上総代 ○○登」と 呼ばれました。 登は 緊張して うまく歩けませんでしたが 階段を上って 演壇に上がり 礼をして 卒業証書を 受け取ります。 深々と礼をして 振り返って 帰ります。 振り返った時 高い演壇から 卒業生全員の目が みえました。 がちがちに緊張して うまく足が運べません。 そして 階段を踏み外し 落ちてしまいます。 そこにいる全員の 笑い声が 登には聞こえました。 たいした高さでなかったのですが 足をくじいて 立つことさえできません。 そのまま 先生に 保健室に連れて行かれてしまいました。
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こうして 登の 高校生活は終わります。 卒業式には 欠席して 担任の先生が 卒業証書を 持ってきてくれました。 登の姉は 登に 「もう高校とは おさらばだから 落ちたことも これで終わりよ 大学では 新しいことを 目指しなさいね」と 助言してくれました。 登は もっともだと思いました。 薫子は 卒業式の日 みんなに 祝福されてました。 人気のあった 薫子でしたから 写真を 一緒に撮ってとか サイン調にサインしてとか もっと 第2ボタンをあげるとか言う輩まで いました。 涙で 別れました。 薫子自身 驚いていました。 「私って 人気があるんだ」と 初めて気が付きました。 でも 美奈子さんが 気になりました。 美奈子さんは なんかよそよそしく 卒業式で 答辞を読む重責を果たした後 学校から いなくなってしまいました。 薫子が 挨拶しても 笑顔のアイコンタクトをしても 少しだけ 黙礼して 別れてしまいました。
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薫子は 美奈子さんの 音楽会での言葉や 卒業式での 振る舞いが 気になっていました。 もうすぐ就職で 就職すれば 時間的余裕がないので しばらくの春休みの間に 小学校の先生に 相談することにしました。 先生に 美奈子さんのことを 詳しく話しました。 先生は 「太陽の日差しが 強い時 顔をしかめるように 人は 輝くものに 目をしかめるものです。 そんな習慣があるものだから 輝く人にも 顔をしかめます。 でも 太陽が 人間には 必要なように 輝く人も 必要とされます。 きっと あなたの 真価を 美奈子さんにも わかってもらえると思います。」 と答えました。 薫子は そんなものかと 思いました。 先生に 「私の 笑顔のアイコンタクトは 美奈子さんには 伝わらないんですか」と尋ねました。 先生は 「薫子さんは 暗いところで 明るいものを見る時と 明るいところで 同じくらいの明るいものを見る時は どちらが 目をしかめますか」 と 反対に聞いてきました。 薫子は 「それは 暗いところです。 明暗の差が 大きい程 目をしかめると 思います。」 と答えると 先生は 「そうですよね。 暗いところでは 瞳孔が開いて 明るさを 強く感じますよね。 それと同じように 暗い気持ちになっている人は 薫子さんの笑顔は まぶしすぎるのです。 反対に 明るい気持ちの人は 薫子さんの 笑顔を見ると 気持ちも高揚して 楽しくなるのです。 相手の気持ちを 知って 笑顔の程度を 決めることが 肝心です。 薫子さんは もうすぐ 社会の大海に こぎ出すのですから 相手の気持ちが どの程度か すぐに判断して 的確な 笑顔のアイコンタクトが できることが必要です。 薫子さんなら きっとできると思います。 薫子さんも わかっているんじゃないですか」 と 忠告してくれました。
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いつもながら 先生は 私のことを 知っていると 思いました。 笑顔のアイコンタクトは 奥が深いんだと 思いました。 単に笑顔だったらいいと言うものでは ないのだと あらためて思いました。 今度美奈子さんにあったら きっと きっと 笑顔にしてあげると 思いました。 その時がいつ来るか 薫子は わかりませんでしたが すぐだと 思っていました。 でも それは なかなかやってこなかったのです。 美奈子さんは 京都の国立大学の医学部に進学がしたそうです。 自宅から 就職する会社まで 3時間あまりかかるので 京都に住むことになりました。 少しでも 田舎に近いところと言うことで 「丹波橋」に アパートを借りました。 小さなお部屋ですが 薫子は 嬉しかったのです。 短い春休みは 終わって 4月の1日 入社式になります。 数年前は 東京の ホテルで盛大に 入社式を行っていましたが 今は 支店で 内輪で 行われました。 証券会社の 業績が 芳しくないことは 誰の目にもわかるようでした。 そんな会社で 働き始めました。
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薫子の 働く場所は 証券会社の お客様が来ない 2階の事務所です。 庶務のような それでいて総務のような 仕事をすることになっていました。 要は 分担の決まっていない仕事を やる係でした。 先輩や 係長に 仕事のやり方を聞いて こなしていきました。 最初の内は 仕事をするのが精一杯で 仕事以外のことに 気が回りませんでした。 仕事に慣れた頃 仕事には 何かしら 相手があることがわかりました。 蛍光灯の 交換にしても 頼んできた人がいるし 郵便物の配達も もちろん人が相手が いるのです。 笑顔のアイコンタクトの 出番だと 思いました。 小学校の先生が おっしゃっていた様に 相手を見て 笑顔のアイコンタクトの 程度を 加減する必要があるので 注意深く 笑顔のアイコンタクトをしていました。 小学校の時のように 誰彼なしに 笑顔のアイコンタクトを するのではなく 相手の状況や 仕事の内容を 考えて 笑顔のアイコンタクトを することにしていました。 急に 笑顔のアイコンタクトを すると 変に思われるので 徐々に することにしました。 ほんの少しずつ かわっていったように 係長はじめ 支店全員の目には 映りました。 入社して 6ヶ月の頃には 「笑顔が似合う新入社員」という 評判を得るまでになっていました。
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薫子は 出しゃばらないように 慎重でした。 「出る杭は打たれる」と 小学校の先生に 忠告されていたのを 思い出しました。 控えめが 良いと 薫子は思っていました。 薫子が 入社した頃には お茶汲みの仕事は なくなっていました。 お茶を 配って回ると みんなは 喜ぶでしょうが それを 批判する人間も いるかもしれません。 そこで お茶を入れやすいような そんな 急須や ポット ちょっと高級な 使い捨てのカップを 湯沸かし室から 係長の席の近くの 空いていた棚の上に 置くことを 係長に言いました。 その世話を 薫子がすると言うことで そんな風になりました。 朝出勤した時 みんなが お茶を入れるのを 手伝っていました。 お茶の一服で 仕事が はかどったように 係長は思いました。 一年も経つと 薫子は 支店では 人気者になっていました。 一方 登は 京都の大学へ 2時間弱かけて 通学していました。 同じ京都ですので ひょっとしたら 登と薫子は 出会っていたかもしれませんが 2人にその記憶はありません。 登の 大学生活は 今までの 学生生活と 全く違って 快適です。 まず 目立っても いじめられない 叩かれない ので 快適でした。 それが 普通かもしれませんが うれしくて 仕方がありませんでした。 勉強にも身が入って 講義は 最前列で 聞いていました。
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大学の 教室で 最前列に座った仲間と 友達になりました。 小学2年生以来 友達ができたのは 久しぶりです。 それも 4人も同時にです。 登たちは 大学では 有名で 最前列5人組と 呼ばれていました。 普通最前列に 座る者は 勉強熱心な人と 思われていましたが この 5人組は 全く違いました。 ある夏の暑い日 先生が 熱心に 講義している時 5人組の中の 一番お茶目なものが 心地よく 机に頭を伏せて 寝ていて 顔を上げた時に 「暑いな こんな時には 冷たいジュースを 扇風機の前で 飲んでみたいよね。 生協食堂へ 行こうか」と 先生に 聞こえるように 登に言うのです。 登は ハッとしました。 先生は 突然 チョークを置いて 教室を 出て行ってしまいました。 登たちは 顔を見合わせ 黙っていました。 しかし その 1分後 生協食堂へ 連れもっていきました。
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登は ちょっとかわった集団に入っていましたが 勉強は 高校の時より より先進的になっていました。 登の授業の受け方は 試験に必要なことだけ 聞くと言うことです。 登に言わせれば 試験に必要なことは まじめな先生でも 1割弱の時間だと 言うのです。 その他の時間は いわゆる 余談です。 余談を 真剣に聞いたり 覚えたるするのは 無意味だと 考えていました。 だから 授業中は 登は 先生の話を 聞かずに 他のことを 考えていました。 登の行っていた大学は クラス担任制で 前期が終わると 担任の先生が 成績を みんなに渡す会がありました。 渡された成績表を見て 登は 「大学は 厳しくないんだ。 就職のことを考えて 優ばかりつけるんだ」と 思いました。 それを 横から見ていた 5人組のひとりが 「登は 優ばっかし 俺なんて 名前のところだけ」と 言ったのです。 彼の名前は 優とかいて 「まさる」と読むのです。 登の成績が クラスでは一番だったのです。 担任の先生は 「今回は 登君が 一番でしたが 後期には 皆さん頑張って 一番になって下さい。」 と訓示して 終わりました。 でも それは 4年間 かわりませんでした。
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登は 京都の有名な大学に 阪神の自宅から通っています。 大学は 京都の北東にあって 四条河原町から バスに乗って通っていました。 薫子が勤めていた証券会社は 京都駅前にあって アパートは ひとつ駅のとなり 丹波口ですので 普通に通勤通学していると で会っていません。 しかし 同じ京都なので 出会っていたかもしれません。 薫子と同じ 作法クラブだった 陽一君と 美奈子さんも 同じ京都に通学していました。 陽一君は 伏見区の方の 大学の経営学科です。 ふたりは 自宅から 通っていました。 陽一君は 車で送ってもらえる 兄がいたので 駅まで送ってもらっていました。 美奈子さんは 父親の会社の人に 大学まで 車で 送ってもらっていたのです。 美奈子さんの 通っていた 京都大学の医学部は 登の行っていた 大学の隣で きっと 登と 美奈子さんは 出会っていたと 思います。 しかし ふたりの間には 何も 大学時代には 何もおきませんでした。 登が 19才になった 正月に 大きな出来事が 登の前に 起きてしまいます。 地震が起きて 登の家が 大きく潰れてしまいました。 幸い 家族には 何も ケガはありませんでした。 隣の家が 登の住んでいる 家に 倒れかかってきて 2階が潰れてしまったのです。 (私の ブログ小説に 何度も登場している 地震です。 今回は 詳細は 書きません。)
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登の家族全員は 1階で 寝ていたか 家事をしていたので ケガがなかったのです。 しかし 住むことは もうできなくなってしまいました。 停電になっていたので 最初は わからなかったのですが 明るくなって 大きなもの音がした 2階に上がると 2階がめちゃめちゃです。 隣の 家の家具が なぜか 散乱していました。 お空もみえました。 登の父親は 余震に おびえながらも なぜか 冷静です。 「まずは 会社に連絡して それから 保険会社に 連絡しよう。 登も 学校に連絡して 学校の授業があるかどうか確認しなさい」と 言われてしまいました。 潰れた家では 寝れないので その日は 会社の 宿直室に寝ることになりました。 会社の 部下が 自動車で 迎えに来てくれたので 乗せるだけの 生活必需品を積んで 会社に向かいました。 登や姉は車に乗れないので 自転車で 向かうことにしました。 子供の頃 自転車で 会社まで 行ったことがあるので 2時間かけて 姉と 向かいました。 会社に着いてみると 付近は 地震なんかなかったような様子で お店も 電車も 普通でした。
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登の父親の力で 体育館で避難生活も することなしに 他の被災者に比べれば 本当に快適でした。 家の中の 家財を 運び出す必要があったので 家族全員で 協力しました。 最初に日は 車で 何とか家まで行けたのですが 二日目からは 自動車での 立ち入りができず 自転車で 近くの駅まで 持って行くという リレーの やり方でした。 3日目になると 姉の大学の 友達が 折り畳みの リヤカーを持って 手伝いに来てくれました。 ずいぶんはかどりました。 登も 電話で 最前列5人組に 頼みました。 今では 災害に ボランティアは 当たり前になっていましたが この 地震が 始まりと言われています。 5日目の土曜日と 6日目の日曜日手伝いに来てくれました。 そのおかげで 大方の 家財道具を 運び出すことができたのです。 登の 家族も 会社の宿直室から 高槻の社宅に 引っ越ししました。 震災から 7日目 潰れた自宅付近は 大雨に遭いましたが 登の家族は 影響が殆どありませんでした。 薫子は 地震を 丹波口の アパートで 体験しました。 古いアパートでしたが 別に潰れるところもなく もちろんケガをすることもありませんでした。
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薫子は テレビで放送される 惨状に 目をおおいたくなりました。 そんな時 陽一君から 電話がありました。 高校の時は いつも黙っていて 何を考えているか わからない同級生だったのに 電話がかかることなど 初めてです。 普通に 話すのは この時が初めてです。 陽一君は 地震で 大変な目にあっている人達を 少しだけでも 助けに ボランティアに 行かないかという 誘いでした。 陽一君と違って 勤め人の 薫子には 時間的余裕は 少ないことを 告げると 土日は 行こうと言うことに なりました。 ひとりでは 何となく行きづらいので 誘いは 嬉しかったです。 京都駅で待ち合わせして 神戸に向かいました。 高校時代の 陽一君は 寡黙だったのに なぜか 今日は 話し上手です。 そのことを 陽一君に言うと 「薫子さんが 聞き上手だから」と うまく答えてくれました。 ボランティアに行った先は 登の住んでいる街の 小学校です。 小学校で 送られてきた 品々を 選別する係です。 重い荷物を 運んだりしました。 冬で 寒かったのに 少し汗ばんで 仕舞いました。 帰るのに 時間がかかるので 早めに 返り始めました。 陽一君に 丹波口まで 送ってくれました。 家に帰って 熱いお風呂に入りました。 「被災者の方々は お風呂は 入れないんだろうな」と 考えると なぜか 今の幸せに感謝してしまいました。
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お風呂に入りながら 薫子は 被災者の方々に どのように接するか それが難しいと思いました。 心に大きな 傷を負った人達が 私の笑顔が 癒しになるのか それとも 反感を買うか考えれば すぐにわかります。 相手に 合わして 笑顔の程度を 考えなければ いけないと思いました。 笑顔は 奥が深いと 思いました。 人の印象は 会った数秒の間に 決まると 小学校の恩師は いつも言っていました。 そして その基本は 笑顔だと言っていました。 だからといって 満面の笑みは 相手によっては 反感を買ってしまうと 思いました。 お風呂につかりながら 考えあぐねていました。 うなじを タオルで 洗いながら 考え込んでいると 涙が出てきました。 なんで 泣いているか 自分にも わかりませんでした。 しばらく 時間が過ぎて のぼせてきたので お風呂を上がりました。 お風呂上がりに 牛乳を 飲んで 急に 陽一君のことが 頭に浮かんできました。 「初めては 普通に話したよね。 話してみると なかなか面白い 人だったわ。 昔 美奈子さんが 陽一君は 私が好きだと 言ったことがあるけど そんな事ないよね。」と 考えながら 歯を磨いて 寝ました。
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薫子の ボランティア活動は 次の日曜日も そして次の日曜日も 行きました。 被災者に会うことも 多くなりました。 相手のことを 考えて 笑顔を コントロールしていました。 しかし 意図した 笑顔では 相手に 満足を与えないと 思うようになりました。 相手に寄り添って 自然な 笑顔が でるように しなければならないと 思いました。 この ボランティア活動が 結果的に 薫子を 成長させたように思います。 登の家族は 手狭な高槻の社宅で 暮らしていました。 六畳のお部屋を ふたつに分けて 姉と登で使っていました。 今までとは 違う不便ですが 姉も 登も 体育館の被災者の様子を つぶさに見ると そんなことは 言えません。 登も ボランティアに 再々行っていました。 自分たち家族だけが サッサと 逃げ出したことに 少し罪の意識を 持っていたからかもしれません。 一ヶ月経つと 被災地では 倒壊家屋の 撤去が 入り口から始まります。 登の父親は 撤去が 始まる前から すでに 住宅の建築を 建設会社と 手際よく 契約していました。
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登の住んでいた家には 地震保険が入っていて 補助金や 義援金などなんやかやで 残りは 自己資金です。 用意の良い 父親だと 登は思いました。 前から 父親を尊敬していましたが テキパキと 物事をこなす 父親を うらやましく思いました。 登とは 違うのだと 思いました。 もちろん ボランティア活動にも行きました。 大学が 後期テストが終わると 避難所に 行きづめでした。 よく仕事を こなしたのですが 被災者の方々には 登は 影が薄かったようです。 印象が 登は 薄かったのです。 薫子は 仕事があるので 行くことができません。 特に 三月末になると 年度末の 仕事が 山程できて 日曜出勤もあって ほとんど ボランティア活動には いけませんでした。 しかし 被災者には 薫子は 印象深かった。 薫が 体育館で 味噌汁を配る係になると 味噌汁のところに 長い行列ができた程です。
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薫子の 笑顔のアイコンタクトは もう極意の域まで 達していたようです。 反感を買うようなことも なくなっていました。 しかし 例外は どのようなものにもあるように 薫子の 笑顔のアイコンタクトを 良く思わないものが いました。 それは 美奈子でした。 美奈子は 京都の 医学部の有志で ボランティア活動をしていました。 特に資格を持っていない 美奈子は 助手の助手の仕事をしていました。 避難所を回って 仮設診察室を 設営する係です。 手際よく 設営していました。 そんな時 薫子が 避難所で 味噌汁を 配っているところに 出くわしました。 誰の目にも 薫子は 群を抜いて 輝いていました。 美奈子は その様子を見て 大きくため息をついて 「薫子さんは ここでも 、、、、 薫子さんに いつか きっと 、 私だって こんなに頑張っているのに なぜ私は 薫子さんのように あんなに誰にでも 笑えないわ」 と つぶやきました。
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美奈子は そう考えながらも 設営が終わったので 薫子を 遠くから ズーッと 観察していました。 医学部の勉強で 患者を 大局的に 観察することを 教わったばかりだったので 実践していたのです。 見ていると 薫子の笑顔は 相手ごとに違うこと しっかり相手を見ていること 相手の反応によって適宜変えていること などがわかりました。 「薫子さんは 凄いテクニックだわ いや 小手先の テクニックでは あんな風には できないわ なんというか 心がこもっていないと できないかと思うわ。 やっぱり 薫子さんは 人を見る目は 私より 数段 いや 比べものに ならないくらい 上だわ。 もし 薫子が 医師だったら 会っただけで 診断ができるかもしれない。」と 思いました。 そして 今までの ライバルという認識をあらため 師と 仰ぐべきだと 思いました。 しかし 美奈子には プライドがあります。 そう簡単には できなかったのです。
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美奈子さんが そんな事を考えている ある日 また陽一君から 電話がありました。 ボランティア活動を 一緒にしようという 電話です。 陽一君が 薫子さんを誘うのに ひとりだけではという 考えであることは 美奈子さんにはわかっていたのですが 薫子さんと 会えるのなら 誘いに乗ることにしました。 もう暖かくなっていて ボランティアセンターに行くと 避難所から 仮設住宅への 引っ越しの手伝いです。 いつものように 薫子は 笑顔のアイコンタクトで 挨拶していました。 そばで見ていて 美奈子さんも 同じように まねをしてみました。 一回まねをすると 2回目 3回目は 難なくできるようになりました。 美奈子さんは 心の中で 「意外と簡単」と 思いましたが そうではないと すぐに気が付きました。 相手が 薫子ばかりに 話しかけて 頼んでくるのです。 美奈子さんを 別に 無視しているわけではないのですが 近づいてきません。 美奈子さんは 「やっぱり 薫子さんは すごい」と 思いました。
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思いっ切り仕事をして 少し汗ばみ その日は終わりました。 京都へ 一緒に 電車で帰って 駅で別れるところで 美奈子さんは 薫子に 「あなたには 負けたわ。 でも 気持ちよい 敗北よ 高校の時は ライバルと思っていたけど 薫子は 私のライバルではないわ 私の先生 先生に負けて当たり前 また会ってね。 いつまでも 友達でいたいわ」と 言いました. 薫子は 少し驚いて 「はじめから 美奈子さんは 私の友達です。 これからも 友達です。 いつでも なんかあったら 言って下さい。 こちらこそ また教えて下さい。 美奈子さんが 音楽会の時に 私に 教えて下さったことが 本当に役に立っています。 美奈子さんの助言がなかったら 私は きっと 道を誤ったと思います。 今後も 何かと教えて下さい。」 と答えました。 美奈子さんとは そんな話をしながら 笑顔で別れました。 その後 陽一君が お茶に誘ってくれました。
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陽一君は この日のために ちょっと変わった 喫茶店を 探していました。 抹茶を出す 喫茶店です。 抹茶茶碗に 薄茶と干菓子が付いて でてきました。 作法クラブでは よくいただいていました。 薫子: 久しぶりです。 抹茶を頂くのは 陽一: 僕も 薫子: 美味しいわ 陽一: でも もう夕方だから 眠られなかったら どうしよう 薫子: 私は平気よ 陽一君は 僕は 眠られなくなる 薫子: そうなの 高校の時は そんな事言ってなかったじゃないの 陽一: 高校の時も そうだったけど 薫子: 陽一君は 寡黙な人だと 思っていたわ 陽一: あの頃は こんなには話せなかった 恥ずかしかった 薫子: 恥ずかしくて 話さなかったんですか 知らなかったー 陽一: 席の順番を決める時に なるべく 薫子さんの近くになるように していたんだ 薫子: それは知ってた。 となりに来ても 何も話さないし なぜそんな風にするのかわからなかったけど 陽一: 薫子さんは 作法クラブでは 一番の人気者だから 近くにいたかった 薫子: そんな事ないでしょう。 一番は 美奈子さんでしょう。 二番は、、 陽一: いいえ 薫子さんは 一番です。 笑顔が一番ですもの 薫子さんは 一番です。 薫子: 私のようなものを ありがとうございます。 陽一は 少し黙った後 顔を赤くして 次の言葉を 言いました。
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陽一: 結婚を前提に おつきあい下さい。 、、、、、 、、、、、 薫子は驚きました。 その言葉に驚きもしました。 言葉に驚いたのですが その 上気した 顔で まじめな様子に 驚いてしまったのです。 どう答えて良いか わからなかったので 沈黙が続きました。 陽一: 困らしてしまったかな。 ごめんなさい。 薫子さんは 人気があるから 僕なんか ダメだよね。 薫子: そうじゃなくて 私に そんな事言ってくれた人 あなたが初めてです。 陽一: 困るようだったら 今まで通りの 友達でいたい 薫子: いや 陽一君の 気持ちよくわかったわ 私を大切に思ってくれて ありがとう おつきあいしましょう。 と言いながら 最高の 笑顔のアイコンタクトを 陽一にしました。 陽一は 思わず立ち上がって 深々と 頭を下げました。 周りの人は ふたりを 見ました。 ふたりは恥ずかしくなって 下を向いて 笑ってしまいました。
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それから 2週間に一回くらいの割合で デートしました。 お互いの家も 相互に訪れて 家族公認の 仲になるのも すぐでした。 陽一君が まだ大学生なので 具体的なことは 決めていませんでした。 陽一君の家族は 薫子のことをえらく気に入っていて 大喜びでした。 薫子は 陽一君が 段々と 好きになっていました。 親切だし 話しも面白いし 何より 薫子のことを 愛していると 考えたからです。 二十歳になったばかりですので もう少し 仕事に頑張りたいと 思っていたので 陽一君なら 大学を卒業してからですので それも 良いと思っていました。 登は 夏になると ボランティア活動に行くところもなく いつものように 怠惰に過ごしていました。 そんなある日 登の行っていた大学の隣の大学の掲示板を見ました。 仮設住宅を回る 医療班の ボランティアを募集するという チラシを見たのです。 医療に経験のない 登でしたが 何でも 興味を持つ 登ですので 深い考えもなく 応募したのです。 電話をして 現地集合でした。 重い機材を運ぶのが 登の仕事でした。 登は 大学のメンバーと 挨拶しました。 その中に 美奈子さんが いました。 美奈子さんは 薫子さんに教わった 笑顔のアイコンタクトを 登にしてみました。 大学のメンバーには ネタがばれているので 効果の程が 計れないからです。 笑顔のアイコンタクトをされた 登は 同じように 笑顔で 返しました。 その後 作業をして 汗をかきました。 登は 美奈子さんではなく 一緒に行っていた 他のメンバーに 医療について いろんなことを 聞いていました。 それを見ていた 美奈子さんは 「やっぱり ダメだわ」と つぶやきました。
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活動が終わったのは 3時前でした。 駅で別れようとした時 美奈子さんは 登に またまた 笑顔のアイコンタクトをして 話を始めました。 美奈子; お時間よろしいでしょうか 登: 僕のことですか 美奈子; お話ししたいことがあって 登: えっ 僕に何か なんか間違ったかな 同じ大学でないのですが 美奈子; 別にそんな事じゃなくて 登: どんな話ですか 美奈子; そんな深い話ではないのですが こんなところで 立ち話も何ですから あそこに見える 喫茶店でも 私が お金出しますし 登: ありがとうございます。 女性に お茶など 誘われたのは 初めてですので 喫茶店に付いていくことにしました。 登は 何か 期待していました。 喫茶店に着くと また 笑顔のアイコンタクトをして 話し始めました。
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美奈子; 私の友達に 薫子さんという 女性がいます。 私と 同級ですが 働いています。 笑顔が 凄いんです。 みんなの人気者なんです。 その秘密は 笑顔にあると思うんです。 私の笑顔は どうでしょうか 登: どうでしょうかと言われても 良いと思いますよ 美奈子; お世辞は良いです。 本当のことを 言って下さい。 美奈子さんを見て しばらく考えてから 登: それじゃ 言わせてもらいます。 美奈子さんの笑顔は 作り笑いです。 私にした笑顔は きっと 嘘です。 ある人から聞いた話によれば 笑顔は 口と目で 表します。 自然にでた笑顔は まず口に表れ もっと 笑顔が 大きい時は 目に現れます。 でも あなたの笑顔は 口と目が同時です。 それに 人間は 本質的に 違和感を感じるのです。 あなたの笑顔は 同時だったので 作り笑いです。 美奈子; 登さんって 凄いこと 知っているんですね。 感心します。 それじゃ 本心からでる笑顔に見えるように 口の次に 目を 笑うんですね。 登: それは 単なる 手法で そんなものではいけません。 本心からの 笑顔でないと 手法ばかり 磨いても すぐに 信頼を失います。 相手を 大切に思い 信頼すること もっと言えば 尊敬するような心が なくてはなりません。 美奈子; そうなんですか。 博学の 登さんを尊敬します。 登: 私を 尊敬して下さって ありがとうございます。 美奈子さんの 笑顔 とても 自然になっていますよ。 美奈子; そうですか。 登: 私のことが よくわかって 信頼しているからと思います。 美奈子; わかりました。 本当によくわかりました。 やっぱり 笑顔の基本は 心なんですね。 と美奈子さんは言いながら おもいっきりの笑顔を 登に投げかけました。 登は 心の中が ぞくっとする 感じがしました。
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登は 何かを感じましたが それが何かは すぐにはわかりませんでした。 ふたりは 電話番号を 交換して 別れました。 当時ふたりは 携帯電話を まだ持っていませんでしたので もちろん固定電話です。 美奈子さんは 形式的だと 思っていました。 家に帰って 美奈子さんは 鏡の前で 笑顔を 作ってみました。 「登さんの言っているように 作り笑いは 目と口が同時に笑うわ。 心の中から 笑うと 目が後から付いてくるわ 納得 納得 薫子さんは こんな風に 教えてくれなかったわ きっと 薫子さんは そんなこと知らないのだわ もう 考えることなしに 笑顔ができるのだわ 誰彼なしに 笑顔を 薫子さんは しているけど 彼女は すべての人を 信頼しているのだわ 私は そんなことが できないわ 人を見て 信じられる人と 信じられない人は きっといるわ 登さんは 信じられるけど 大学のメンバーのなかには 信じられない人も いるわよねー」と 独り言を言いました。
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笑顔について 本当のことを 教えてもらった 登を 博学で 尊敬できると思いましたが だからといって つきあおうなどとは 思っていませんでした。 一方登も 変なことを 聞いてきた 美奈子を 最初は 変な人と 思っていましたが 最後の笑顔が 気になって仕方がありません。 だからといって 聞いた電話番号に 電話をかけようとは 思いませんでした。 登は 高校までの ことがありますので 人間不信ですので 電話など自分からするはずは ありませんでした。 夏になると 父親は 前の家の敷地に 家を建て始めました。 隣の家が 倒れてきても 大丈夫なような 丈夫な家です。 プレコンと言って 前もって作った コンクリートの壁や床を 現場で組み立てていくのです。 組み立て始めると 完成するのは 早いのです。 家が バーッと 出来上がっていくのを 見て 父親は 大した者だと 登や 姉は 尊敬していました。 そんな中 登の姉は 教員採用試験に 合格して 夢の実現させていました。 登にも 「夢を持たなきゃダメ」と 言ってくれました。 登もそうだと思うけど いくら考えても 夢は 思い浮かびませんでした。
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夢が思いつかない登でしたが 勉強だけはしました。 頑張っていました。 薫子が 就職した 年に 薫子が生まれた家がある 一帯が 重要伝統的建物建造群 指定されていました。 薫子の家は 代々農家で 指定されたからと言って 何もしていませんでしたが 美奈子さんのお父さんの会社や 陽一君のおじいさんの会社は 観光事業や 土産事業に進出していました。 陽一君も おじいさんに 卒業したら 会社を 手伝うように 言われていました。 陽一君は それには 反発していて 会社に就職を目指していました。 就職超氷河期の 時代でしたから 陽一は 頑張っていました。 仕事が決まらなければ 薫子さんと 結婚できないと 思っていたからです。 薫子は 陽一との 結婚が ほぼ間違いないと言うことで 花嫁修業のため お茶やお花 そして 料理教室に通い始めました。 高校の作法クラブで 相当練習していたので 上達は 早かったです。 秋になると 登の家族の家が 出来上がり 引っ越しすることになりました。 付近は 潰れて 解体撤去され 何もないところに 一軒だけ 建っていました。 地震以後 初めての 新築と言うことで テレビ取材もある 引っ越しになりました。 登の父親は 地震保険に入っていたことを 強調していました。 新居は 快適ですが 付近には 誰も住んでいないので 夜帰る時は 登は少し怖がっていました。 姉は 母親に 駅まで 迎えに来てもらっていました。
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薫子は 会社では 人気者で 大忙しでした。 仕事が 庶務総務のようなことをしていたので 特に決められていない仕事は すべて 薫子がしていました。 入社式や 送別会に至るまで 幹事のようなこともしていました。 そのため 会社の中では 知らないものはないくらいの 人気者でした。 支店長も その 笑顔に 気が付いていて 春の人事異動で 異例の 窓口の係に 配置換えのなりました。 春から 慣れない 窓口係が 始まりました。 証券会社の 窓口係は いろんなことを 知っていないと 勤まりません。 笑顔だけでは 果たせません。 そのための 勉強をしました。 花嫁修業に 証券会社の仕事の勉強と 忙しい日々を過ごしていました。 そんな中 陽一君との デートは 今まで通りにしていました。 結婚が夢なのに 他のことで 夢を壊したくなかったからです。 陽一君は 3年生になると 専門の 経営学の勉強のために 留学が カリキュラムのなかに ありました。 7月から 来年の4月まで オーストラリアに 留学することになりました。 陽一君は 薫子との 別れの日 涙ぐんでいました。 薫子は とびっきりの 笑顔のアイコンタクトをして 見送りました。
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美奈子さんは 登に言われた 笑顔の 本質を 達成すべく 励んでいました。 医学部では 有名で 先生も 応援するような 流れになっていました。 そんなことで 美奈子さんは この大学では 有名人でした。 しかし ひとつだけ 気がかりのことがありました。 登君が 電話してこないのです。 「私のことを 無視するなんて」 と思いました。 なぜ電話してこないか 考えました。 答えなど出ません。 別に 登君に 興味を持っているわけでもないと 考えても 気になって仕方がありませんでした。 それで 隣の 登君の大学に 行ってみることにしました。 会えるわけもないと 思っていましたが 何度も何度も 大学の中を ウロウロしていたら 登君に会ってしまいました。 もちろん 美奈子さんは 偶然会ったことを 装いました。 登は 美奈子さんに再会して 心の中が 動揺しました。 しかし それを 表に見せず 平然と 美奈子さんと 話をしました。 美奈子は 負けず嫌いです。 もう 美奈子の方から 誘惑しました。 喫茶店に 誘ったのです。 それも強引に 誘いました。 登は 何か変と思いながら ついていきました。 こんな風にして 登と 美奈子は つきあい始めました。
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才色兼備の美奈子さんと 何となくパッとしない ひ弱な登のカップルは 一緒に歩いていると みんなの目には 奇異に見えました。 登の方が 美奈子さんに付いて行く というデートを していました。 薫子は 陽一君が 留学に行ってしまって ひとりでした。 しかし 毎日 話をしていました。 国際電話ではなく 当時としては 珍しい 電子メールです。 会社では メールが 普通にあったのですが 個人で インターネットするのは 珍しかったのです。 陽一君と メールをするため パソコンを買ったのです。 お給料ひと月分より 高いパソコンを買って ファックスモデムで 繋ぎました。 当時のパソコンですので そう簡単に 使えるようにはなりません。 1週間かかって やっと繋いで 陽一君とメールのやりとりを 始めました。 薫子は メールは ちょっと苦手です。 お得意の 笑顔のアイコンタクトはメールでは 使えません。 電話なら 何とか なるのですが 文章は 苦手です。 でも せっせ せっせと 毎日送りました。 陽一君も バンバン送ってきてくれました。 そんなに使っていると 月末には 電話代が びっくりするくらいに なっていました。 それで ケーブルテレビの インターネットに かえて 少しだけ楽になりました。
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薫子の子供の時からの 夢が お嫁さんになることでしたが 薫子は 近頃何か自分でもわからない 不安がありました。 なんだかわかりません。 仕事している時とか 勉強している時 家事をしている時などは 感じないのですが ひとりでお風呂に入っている時には 感じてしまいます。 その 疑問が 解けるのは 何気なく パソコンを見ていた時です。 メールの 受信箱と 送信済箱を 見ていた時の事でした。 メールのやりとりは 陽一君としか しませんので 陽一君から来たメールと 陽一君に送ったメールが あるだけなんです。 陽一君から来たメールは 「薫子さんに会えなくて 淋しい」 「薫子さんに早く会いたい」 「薫子さんが好きだ」 「生まれた時から 薫子さんを愛しているような気がする」 のような 文章が入っているのです。 薫子が 赤面するもっと 過激な文章もありました。 高校の時は 無口だったし 再会した時から 陽気になったけど こんなことは 言わなかったのに と思いました。 それに対して 薫子の送ったメールは いつも 定型です。 まず 「お元気ですか」 で始まり 陽一のメールを受けて 陽一の身辺伺い それから 薫子が今していること そして 「お体お大事に」で 終わります。 陽一君が好きだとか 愛しているとか言うような 文章は 薫子は 書いたことがありません。 これに気が付いて 薫子は 「私は 陽一君と結婚することになっているけど 陽一君が好きでないのではないか」と 思いました。 好きでない人と 結婚するなんて 陽一君にも 悪いことだと 思いました。 このことに気が付いてから メールを 送ることを しばらく止めていました。 陽一君には 「風邪でメールができません」とだけ 送っておきました。 そして 小学校の恩師に 相談することにしました。
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「私は 男の人を 愛せないのでしょうか」 と 先生に尋ねました。 先生は 薫子の実家の小学校から 陽一君が住んでいる小学校に 転勤していました。 陽一君の おじいさんは 地域の名士ですので 先生も 陽一君の おじいさんのことは よく知っていました。 先生は 事情をよく聞いてから 「とにかく おめでとう 陽一君を 薫子さんは 本当は 好きだと 思っているんじゃないの 嫌いな人とは 食事もしないし メールなんてしないと 思いますよ。 きっと心の 奥では 好きなんじゃないの 薫子さん自身では 気が付いていないだけで 心の奥の中では 好きではないのですか。 それに 結婚で 一番大事なことは 好きで 結婚するより 好かれて 結婚する方が 絶対に 幸せに成れます 結婚すればきっと そう思うから だって 私が そうだったんですよ。 うちの 主人は 未だに 私のことが 好きだと 言ってくれます。」と 答えてくれました。 先生の 体験談を 聞いて 納得しました。 陽一君は 高校一年生の時から 私が好きで 同じクラブの 作法クラブに入ってきたくらいだし 本当に いい人だし 両方の家族は 大賛成で 応援してくれてるし 経済的にも 問題がないし そう考えると なんだか 気が楽になって 陽一君を 見直して なんだか 好きになってしまいました。 メールに そんなことを 書いてみようと 思いました。
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薫子は 実家にもよらずの 丹波口のアパートに 帰りました。 遠くから アパートを見ていると 誰かが アパートの前に立っています。 見たような 姿です。 相手も気が付いたのか こちらに向かって 走ってきました。 陽一君でした。 陽一: 薫子さん大丈夫ですか。 薫子: 大丈夫です。 陽一: 病院へ行っていたんですか 薫子: いいえそうではありませんが 陽一君は なぜここにいるの 陽一: 薫子さんが心配なので 帰って来たんだ 薫子: ありがとう そんなに私のことを 心配しているのですね。 ありがとうございます。 本当のことを言います そう言って 薫子は 陽一君を お部屋に 入れて コーヒーを出しました。 陽一: 薫子さんの お部屋って 綺麗に 整頓されているんですね。 そう言った 陽一君に メールのこと 病気は嘘であること 今日は 恩師に聞いて来たことを 話しました。 そして こう言いました。 薫子: 陽一君には どのように わびていいかわかりません。 ごめんなさい こんなに心配してくれている 陽一君を だますようなことをして 陽一: 良いんです。 病気でなかったら 良いですよ 全快祝いを しましょうよ 食べに行きましょう 薫子: お詫びに 私が 作ります。 お口に合うかどうかわかりませんが 料理学校で習った 料理を作ってみます。 少し待ってて下さい。 陽一: いつまでも 待ちます 薫子さんの お部屋で待つなら いつまででも 一生でも良いですよ。 ふたりは 仲良く 話しながら 料理を 作り始めました。
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料理出来栄えは 陽一君に言わせれば 最高です。 薫子は 普通だと思っていましたが 陽一君が そんなに評価するなら 「まあいいか」と 思っていました。 夜7時になったので 陽一君は 慌てたように 丹波の家に 帰って行きました。 「泊まったら」と 言いそうになったのですが 恥ずかしくて 薫子は 言えませんでした。 そんな事があってから メールに 力を入れるようになりました。 登と美奈子の仲は 相変わらずとでした。 美奈子に登が付いて行くという仲は 変わりません。 美奈子は 少し なんだかうんざり気味でした。 登が 良い人だと思っては今したが 「シャッキ」としていないのが 気に入らなかったのです。 登は デートの時は 前もってした見に行って 予定を組んで のぞむのです。 登が 美山の重要伝統的建物建造群を 散策に行く デートを 企画して 実行しました。 薫子さんの実家のある一帯です。 美奈子さんは 美山の近くですので いつも見ていますが 詳しく見たことが なかったので 興味深く ふたりで 回りました。 近くの レストランで 食事の計画になっていて 入りました。 そしたら 美奈子さんを 呼ぶ声がしました。 そのレストランは 美奈子の父親がオーナーで たまたま レストランに 見に来ていたのです。 登が紹介され 昼間ですが ビールを 進められました。 しかし 登は ビールをはじめ アルコールの類は 嫌いなので 飲みません。 「飲みません」と言ったら 父親は 急に 不機嫌になりました。
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登の親は アルコールを飲みませんので 飲まないのが当たり前だと 思っていました。 一方 美奈子さんの親は お酒が 代々好きな家系で 酒を飲まない男なんて ダメだと 決めつけていました。 美奈子さんも そんな風に思っていました。 その場は 収まったのですが 次の デートがやって来ました。 登は 前の失敗があるので 今度は 美奈子さんの家族が 来ないだろうと考える テーマパークに しました。 例によって 下見に行って 予約の仕方や 並び方 などを研究した後 デートを 始めました。 凄く暑い日でした。 並んで待っている時 暑いので 優は 研究したように ソフトクリームを 買いに行きました。 そして 美奈子さんに差し出した時 美奈子さんの 表情が 変わりました。 「なぜ 登君は そんなんですか」と言って その場から 帰ってしまいました。 登は その場に残されて なんだかわかりませんでした。 美奈子は 優しい登よりも もっと 自分を 引っ張っていってくれるような 強い男の人が 欲しかったのです。 登は その後 二度 電話と メールをしましたが 繋がりませんでした。 諦めました。 美奈子さんは 三度電話があったら 謝って 許してもらおうと 思っていたのですが 終わってしまいました。 美奈子さんは それで よかったと その時は 思いました。 登は 前にも増して 人間不信になりました。
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陽一君が 日本に帰って来ました。 薫子は 陽一君のお父さんと 車で 空港まで迎えに行きました。 懐かしくて 陽一君が帰ってきて 良かったと思いました。 陽一君は 帰ってくると すぐに就職活動を始めました。 何が何でも 就職するのだと 陽一君は 頑張っていました。 第一志望は 薫子の勤めている 証券会社でした。 薫子の その証券会社を 陽一君は調べていました。 陽一君が 先輩の話などで いろいろ調べると どうも その証券会社は 粉飾決算をしているらしいのです。 一任勘定といって 損失補填をしているらしいのです。 そんなことがながく続くわけもないので 陽一君は そちらへの就職を止め 最大手の 証券会社に 第一志望を 変更して 活動することにしました。 薫子には そのことは 言いませんでした。 あくまで 推測なので 言わなかったのです。 登は ただただ 結婚するまで その証券会社が 潰れないことだけを 願いました。 薫子は そんなことは わかりません。 お客様は多かったし 取引額も 薫子の支店では 伸びていたからです。 薫子には 全社的な 状況がわかりませんでした。 噂も 流れてきませんでした。 薫子は 相変わらず 笑顔のアイコンタクトで 頑張っていました。 支店では 前にも増して 人気者で この支店では 倒産するなど 全くその気配はありませんでした。 登は 3年生の終わりになると 進路が 悩み事になります。 将来何になりたいか 全く 考えていなかったのです。
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特に何もやりたいわけでもなく 憧れるようなものもなく 特技のようなものもない 登には 夢はありませんでした。 姉との対比で 父親には よく言われていました。 そのことで よけいに 「夢など持たない」と 考えていました。 でも 就職もせず 「プー太郎」を決め込めるわけでもなく どこかに就職することが 必要だとは 考えていました。 就職するために 会社まわりや 履歴書作り 会社訪問 面接など 苦手でした。 そこで そんなことを すこしは少なくなる 公務員に応募することにしました。 超氷河期の 就職ですので 公務員は 狭き門です。 それに 農学部出身ですので 採用するほうも 少ないのです。 調べると 京都府が 農業指導員を 採用する枠が あることがわかりました。 採用試験の 6月に向けて 勉強を 始めました。 人間には 苦手ですが 勉強は 得意だと 登自身は 考えていました。 成績は 学年一で 自信があったのです。 美奈子さんとも別れ 勉強しかない 登は 勉強に励みました。 あとになって 登自身が 気が付くのですが 登は 試験の運だけが きわめて良いのです。 試験になると わかる問題だけが 出てきて 良い点を 取れるし それ以上に 問題の答えが 全くわからなくても 問題の趣旨とか 背景とか 前後の兼ね合いとかで 正答を得る 動物のような勘を 登は持っていたのです。
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登は 正月も何処にも行かず 勉強をしていました。 もちろん 勉強していなくても 登には 行くところなど無かったのですから きっと 勉強くらいしか していなかったでしょう。 登が 正月に 勉強していた頃 薫子は ゆっくりと 実家で 過ごしていました。 年末の 繁忙期が 終わって くつろいでいたのです。 葺き替えたばかりの 茅葺きの 大きな家で ゆっくりと 癒されていました。 古い お風呂に入りながら これまでのことを 考えました。 小さな古い窓から 星が輝いているのが 見えました。 見かけは古いですが スイッチひとつで 追い焚きもできるので 誰も 湯加減を 聞きに来てくれません。 静かなお風呂で 笑顔のアイコンタクトと 初めてであった小学校のことが 昨日のように 思い出されました。 なぜか 涙が出てきました。 本当に 笑顔のアイコンタクトを あの時 教えてもらわなかったら きっと 今の自分はないと思いました。 陽一君にも出会っていないだろうし 証券会社にも勤めていないだろう もちろん 結婚なんて まだまだだろうと 思いました。 これからも 何があっても 笑顔のアイコンタクトで 突き進もうと 思いました。
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お風呂場の 窓を開けていたら 冷えてしまいました。 追い焚きをして 肩まで浸かって ぬくもりました。 「丹波口の アパートなら 窓を開けて お風呂に入ることなどできないし 窓を開けても 隣の アパートが見えるだけで 意味もないし やはり ここはいいな~ そうだわ 陽一君と結婚したら お風呂の窓を 開けて入れるような 家に住めたら いいなー 新しい夢にしようかな ちょっと 贅沢かな」 と考えながら うなじを 洗って お風呂を 上がりました。 薫子の おばあさんが いつも言っている 「1月は行く 2月は逃げる 3月は去る」のように すぐに 繁忙期の 3月が終わって 「死ぬ程長い4月」が 来ました。 4月のある日 陽一君から 電話がありました。 いつもなら 「薫子さん お元気ですか」から始まり 「次の日曜日 デートに」という 言葉が 続くのですが その日は 違いました。 いきなり 「内定をもらいました。 薫子さん 結婚して下さい」と 電話機で 言ってきたのです。 「そんなこと 電話で言うことじゃないわ」と 思いながら そんなに 結婚したいもんだから 電話で 言ってきたんだろうと 思い直して すぐに 「ありがとう 結婚できたら 幸せです」と 答えました。 こうして 陽一君と 正式に 薫子は 婚約しました。
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電話での 婚約は 問題だと 陽一君も 考えました。 それで 電話を終えたと同時に 薫子の アパートに向かいました。 午後8時頃に 花束を持って 薫子の前に 現れました。 花はバラです。 「もう一度 言わせて下さい。 私と結婚して下さい。」 と 陽一君は言いました。 薫子は 「喜んで おうけします。」と 答えました。 ふたりは 笑顔で 見つめ合い そして 抱き合いました。 その日は 薫子が 料理を作って ふたりで 楽しく食事をして そして 楽しくふたりで 朝まで 話していました。 翌朝 眠たそうな目で ふたりは食事をして 会社と学校に行きました。 登は 薫子の婚約が決まってから 1ヶ月後 公務員試験を 受けることになりました。 いつものように 朝 しっかりと 肉を食べてから 試験場に向かいました。 試験は 難しいと覚悟をしていましたが それが 凄く簡単だったのです。 なぜか変と 考えて 裏があるのかとも 思いました。 でも 登には 簡単に感じたのです。 2週間後 面接試験の通知が来ました。 筆記試験が 簡単だったので 面接試験が 難しいのではないかと 思いました。 面接と言いながら 口頭試問かもしれないと おもって のぞみました。 人と話すのが 最も 苦手な 登ですので 真っ赤に 上気して 面接官の前に 座りました。 面接は 一般的な 質問だけで 助かりました。 終わって 部屋を出た瞬間 転びそうになりました。
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部屋を出て ホッとしました。 簡単に 終わって良かったと 思いましたが こんなに簡単に終わって 問題ないのだろうかと 考えました。 筆記試験の 受験生は 多かったように思いました。 たぶん 何十人いたかと 思うのですが 面接の試験は 数人のようです。 それも 受験番号から見て 他の求人のようにも 思われます。 どうなんだろうと 考えつつ 1週間待ちました。 そして 茶封筒で 結果が 来ました。 「採用者名簿に記載した」という 知らせです。 説明書きが付いていて 11月頃 主務官庁から採用の 知らせがあると 書いてありました。 登は 親と 喜びました。 内定祝いを しました。 登の母親が 赤飯を炊いて 小さいですが 鯛を焼きました。 両親と 登が はしゃいでいると 姉が ひと言 「登は 本当にそれで良いの」と 聞いてきました。 登は 負け惜しみもあったのかもしれませんが 「夢を仕事にできる人は 限られた人だけで できない人の方が多い 仕事以外で 夢を持てば良いんだ」と 答えました。 姉は それ以上追求はしませんでしたが もっと言いたかったようでした。 登は 言葉にないその追求が 頭の中に残りました。 登の頭の中には 「夢夢夢夢夢夢」という 漢字が 列をんしていました。
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夢を持てと言われても 人間不信の 登にとっては 人と関わるような 夢は NGだし 体力やお金がない 登だから スポーツなども NGだと思いました。 根気強くない登だから ジグソーパズルなどのような 時間を要するものは NGです。 お金がかからない 体力がいらない 時間を要さないような 夢は ないものだろうかと 思いました。 登は 仕方がないので 卒論でも 力に入れようと思いました。 卒論の 担当教授は 農学史の先生なので 「北丹波における農家についての研究」という テーマです。 要は 美山町の 茅葺き農家が どのようにして 成立したかということを 研究することにあります。 勉強は好きではありませんが 暇つぶしには 充分になります。 勉強ではなく 推理というように考えると 楽しくなります。 研究のために 美山町へは 何度も行きました。 薫子が生まれた 家にも行きました。 家の中を 測ったりもしました。 薫子の部屋にも入って その寸法を測り 写真にも撮りました。 数十軒の 茅葺き農家を 調べて 図面にして 調書を作りました。 新しいことも わかったと 担当教授は 言ってくれました。 薫子が そんな登が訪れて 測ったことを知ったのは 正月の頃でした。
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薫子は 正月を いつものように 実家でゆっくりと過ごしました。 しかし 今年の正月が 独身最後の正月です。 父親や 母親に 直接 親孝行する機会は 今年限りと 思いました。 正月は あちらこちらに 一緒に行きました。 正月の3日には 陽一君が来て 中身のある宴になりました。 5日には 陽一君の家に 両親とよばれて こちらは 凄い宴になりました。 陽一君の 両親や おじいさんは 薫子を 大変気に入っていて 話をするのは 薫子ばかりです。 陽一君は ゆっくり 薫子さんと話せませんでした。 話したいことがあったのですが またの機会と言うことに なりました。 陽一君の 話したい内容は 薫子が聞かなくても 6日のに 会社に出社した時に わかりました。 薫子が勤めている 証券会社が 倒産したのです。 損失飛ばしが 表面化した どうしようもなくなり 破産いてしまったのです。 薫子は 押し寄せる お客様に 事情もわからないのに 説明する役になってしまいました。 「あなたがいるから お金を預けたのに」という お客様までいて いつもの笑顔は 封じて 対応しました。 2週間以上 晩遅くまで 会社に残って 残務整理をしました。 1月の 終わりになると 仕事は ほとんどなくなり お客様が来店することも ほとんどありません。 2月3日には 結婚式で 1月末で 退職する 退職願を年末に出していました。 予定通り 退社にはなりましたが お祝いなどもなく 残ったみんなも その後 全員退社となります。 陽一君は 慰めてくれましたが 何か 後味の悪い 会社勤めの 終わりでした。
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有終の美の 正反対の 退社とは 真逆の 結婚式です。 陽一君の おじいさんは 地域の名士ですの 盛大な 結婚式でした。 新郎の数に会わせるため 薫子の遠縁の親戚や 小学校中学校高校の友達も 大勢よびました。 美奈子さんもよびましたが 大学の試験があるというので 来られませんでした。 披露宴は 国会議員の挨拶で始まり 肩書きがご立派な人の オンパレードです。 薫子は お色直しを 全くせず みんなの 話を聞いていました。 宴も終わりになって 薫子の友達が 演壇に上がりました。 小学校中学校と一番の仲良しの 友達が5人出てきました。 マイクを持った 友達が インタビューしていくという 設定です。 新郎も 参加させられて 始まりました。 司会者: それでは始めます。 新婦薫子の一番の魅力は何ですか 友達A: 笑顔です 友達B: もちろん笑顔です 友達C: 私も笑顔だと思います。 友達D: 薫子さんの笑顔は最高です。 司会者: 皆さん 笑顔を上げておられますね それでは 新郎の方には 笑顔以外の 魅力を話して下さい。 陽一: えー 笑顔だと思いましたが 他にと言われたら 全部です。 司会者: 新郎は 新婦の全部が 魅力的だとおっしゃっているみたいです。 会場爆笑 薫子は下を向いてしまいました。 司会者: それでは 薫子さんの 笑顔の秘密を知っている方は 手を挙げて下さい。 陽一君以外は 全員手を挙げました。
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司会者: 新郎以外は ご存じですね。 新婦の薫子さんは 陽一君に 話さなかったのでしょうか。 さて話しても良いのでしょうか。 新婦の薫子さんに聞いてみましょう。 マイクを持って行って 薫子: 特に秘密というわけではなく 話さなかったと言うだけのことです。 話しても良いですよ。 司会者: 新郎にも聞いてみましょう 陽一: 笑顔に秘密があったのですか。 知りたいです。 司会者: 新郎も知りたいみたいですね。 それでは その美味しい役は 私が話しましょう。 それは 今から 11年前のことです。 田舎の小学校に 警察官が 横断歩道の渡り方を教える 交通指導に来ました。 その警察官が 車が停まっても 横断歩道を渡る時は 必ず 運転者とアイコンタクトを 撮ることが必要だと 教えました。 そのとき 笑顔なら もっと良いと 言ったんです。 そして その警察官は 見本として 薫子さんに 笑顔のアイコンタクトを 送ったんです。 警察官が 送ったアイコンタクトの 内容がわかりますかと言ったんですが 薫子さんは 「わかりました」と 答えたんです。 でも 薫子さんは 本当はわからなかったそうです。 そのあと 小学校では 笑顔のアイコンタクトがはやって 特に 薫子さんは その 笑顔のアイコンタクトが すばらしかったんです。 中学生になったら もっと極めたみたいです。 それから 2年前に 友達の家を 訪れた時 その家の 隣の人が その警察官の家で たまたまあってしまいました。 それで ズーッと知りたかった あの日の アイコンタクトを聞いてみました。
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その警察官は その時のことを 良く覚えていて 話してくれました。 そして アイコンタクトと一緒に 送ったメッセージは 「君はこの小学校の中で一番賢くて可愛い」だったそうです。 薫子さん そうだったんですが そんな風に思えましたか 薫子: そんなことわかりません。 だって アイコンタクトは 一瞬だったのに そんな長い言葉を 話していたなんて わかりません。 会場大爆笑です。 司会者: 新郎にも聞いてみましょう 薫子さんに いつも アイコンタクトで 言葉を贈っていらっしゃいますでしょうか。 陽一: 笑顔にそんな意味があったとは 知りませんでした。 いつも 心の中では 「好きだ」と 思っていますが アイコンタクトで それを送ったことなど ありません。 司会者: それでは送ってもらいましょう。 笑顔のアイコンタクトで 陽一: わかりました。 ふたりは立って見つめあって 陽一は 薫子さんに笑顔のアイコンタクトの アイコンタクトをしました。 薫子も 陽一君に とびっきりの 笑顔のアイコンタクトで 返しました。 会場は 笑顔と拍手に包まれて めでたくお開きとなりました。 薫子が 結婚式をしていた時 登は 論文の 発表をしていました。 美山町の 茅葺きの民家の 成立と農業との関係について それはそれは長い 卒論の発表です。 スライドで 作られていました。 大学の教官が ズーッと並び 難しい顔で こちらを見ていました。 人間嫌いで あがり症の 登には 酷でした。
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卒論の発表会は 登が心配していたのとは 裏腹に うまく終わりました。 今までの中で 一番大きな 舞台だったのに こんなにすんなりいくなんて ちょっとおかしいのではないか とまで思ってしまいました。 夢ではないかと 思いました。 ほんの少しだけ 自信が付きました。 やはり 用意が肝心と 思いました。 薫子の生家についても 詳しく発表して 茅葺き住宅では 一番原形をとどめていて 価値あるものだと 結論付けていました。 後日 この卒論は 担当教授が 学会で発表して 地域や 京都市・南丹市の知ることとなり 薫子の生家の前には その具体的にそれらのことを書いた 説明書きの 立派な 看板が掲げられました。 観光客は その看板の前で 写真を撮ったり 生家を遠くから見たりしていました。 中には 庭の中まで 入ってくる輩が出て 「関係者以外立ち入り厳禁」の 看板が 市役所によって 立てられました。 薫子は その看板が 登の卒論が 原因だと言うことを その時は 知るよしもなく 陽一君と 新婚生活をしていまい下。 陽一君が 大学を卒業するまでは 陽一君の 実家の離れで 暮らしていました。 証券会社に 入社すると 初任地の 和歌山に 暮らし始めました。
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新婚の薫子たちが 和歌山の街の中で 仲良く生活している時 登は 京都の丹後の 農業改良普及センターに 任官されました。 大学出たばかりの 登に 教えられるようなことがあるわけでもないので 資料整理とか 準備のような 仕事が 最初の仕事です。 とても 阪神からは 通えないので 官舎に住みました。 上司や 先輩たちからは 小中高のように いじめられることはなかったのですが 新人の登には 指導が熱心でした。 登は その指導に応えて よく勉強しました。 農業について 大学時代から 全く興味がなかったのですが 先輩や 上司にのせられて 勉強するしかありませんでした。 丹後で 他にすることもないので 仕事が閑な時や 休みの時も せっせせっせと 勉強しました。 勉強の成果が すぐに上がることもありませんので 数年間は それがつづきます。 薫子の和歌山での 新婚生活は 夢に描いたのと 全く同じでした。 朝 暗いうちから起きて 朝食の用意 お弁当の用意 かどはきを終えて 陽一君を起こして 一緒に食べてから 出勤を姿が見えなくなるまで 見送りました。
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ゴミの日は 陽一君が ゴミを持って出ようとしますが 薫子は それはさせません。 主婦として 薫子がしたいのです。 昼まで 掃除洗濯買い物をすませます。 昼ご飯を残り物ですませ 午後は 夕ご飯とお弁当の献立を考えから 始めます。 そして夕ご飯の準備です。 夕餉の支度を すますと 定時に帰ってきます。 証券会社は 忙しいので 残業もあるかと思いますが 陽一君は 定時に帰ってきます。 薫子も 証券会社に勤めていたことが あったので よくわかっているのですが 早く帰ってくる理由は わかりませんでした。 住むのは初めての 和歌山でも 薫子は いつものように 笑顔のアイコンタクトで まわりの人に 接していました。 ゴミ出しの時に 近所のご主人たちと 買い物で スーパーマーケットで 奥様方と 仲良くなりました。 特に奥様方とは 仲良くなりました。 お昼のランチの 誘われたりしましたが 薫子は 何かと理由を付けて 一緒には行きませんでした。 陽一君が 仕事をしている時に 遊びに行くことなど 良くないことだと 考えていたからです。 休みの日は 陽一君と 一緒にいたいので 他の奥様方の 誘いには のらなかったのです。 それで 近所の方からは 人気はあったけど 少し 変わった女性と 思われてしまいました。
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3年経っても 薫子と陽一君とは 新婚気分でした。 まだまだ 25才ですし 子供がなかったからかもしれません。 春になると 陽一君に 転勤の辞令が来ました。 今度は 広島です。 薫子は また新しいところに 陽一君と一緒に行けると 喜んでいました。 広島の新し家は 海の見えるマンションでした。 薫子が 以前 結婚の次の夢に 海の見える家と 言っていたのを 陽一君が 覚えていたのです。 瀬戸内海の 穏やかな海が見える 3階に 薫子は 大喜びでした。 それを見ていた 陽一君も 嬉しそうに見えます。 満面の笑みで ふたりは 見つめあいました。 登は 3年経って 農業改良員としての 知識もでき 充実した 仕事をしていました。 今までの 人間不信というのは ないようだと 家族のみんなは 見ていました。 そのころ 登の父親は 勤めていた 医療機器の会社を 辞めて 自分で会社を作りました。 医療機器を お医者さんに販売する会社です。 医療機関が こぞって 新しい医療機器を購入して 競争力を高めようとする時期だったので 相当の利益が 上がりました。 登にも 会社に来ないかと 父親は 言っていましたが 何となく 農業のことが好きになっていた時期だったので 断りました。
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登の 姉が 春に 結婚して 次は 登の番と 両親は 勧めてきました。 「良い人はいないのか」と 聞いてきました。 実際のところ 登は 好きな人はいません。 過去には 小学生の時と 中学生の時に 片思いした同級生と 大学生の時 ボランティア活動で知り合った 美奈子さんくらいです。 美奈子さんとは おつきあいしたけど 理由もなく 別れてしまいました。 なぜ別れたのか 今でも 分かりませんでした。 そんなこともあって 人間不信です。 結婚なんて 辟易していました。 私の良さを 理解できる人間なんて いないとまで 思っていました。 広島でも 薫子は 近所の方と すぐに仲良くなりました。 いろんな話をして 子供ができないという話になりました。 近所の人の話では 仲が良すぎると 子供ができないというのです。 薫子と陽一君が 仲がよいのは 知れ渡っていたので そんな風に 言われたのでしょう。 薫子は 少し赤くなりましたが そんなこともあるかと 考えてしまいました。 しかし 仲悪くするのは そんなことは できないので 当時はやっていた 「都市伝説」と 思うことにしました。
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それから また3年が経ちました。 2003年になって 薫子は 28才になってしまいました。 テレビで 女性の社会参加が 話題になっていました。 陽一と テレビを見ていた時 そのような番組をしていて 見終わったのち 陽一君は 「薫子さんは 主婦になったことを 後悔していませんか。 高校では 私より 優秀で 私の憧れの的でした。 薫子さんと 同じ大学に行くために 勉強していたようなものです。 でも 就職してしまったので 同じ 証券会社に入ろうと 頑張ったんですよ。 でも 会社が 期せずして 倒産してしまって 仕事を続けるとかどうか 聞けなかったのです。 やっぱり 仕事を 続けたかったんじゃないのですか」 と 尋ねてきました。 薫子は そのようなことを 考えたことがなかったので どのような応えようかと 考えたあげく 「私の夢は お嫁さんになること 陽一さんの お嫁さんになって 嬉しいです。 仕事を 続けたかったかどうか 考えたことがありません。」 と答えました。 薫子は このあと 仕事を続けるべきだったかどうか 専業主婦が良かったかどうか ズーッと 考えることになります。 専業主婦は 他人からは 簡単なようにうつるかもしれませんが これを まともにやったら 大変だと いつも思っていました。
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登は 28才になっても 丹後の 農業改良普及センターに 勤めていました。 官舎とセンターを 毎日往復する毎日です。 時々 研修で 東京や 京都市に行くことがありますが 休みの日は 海の見える高台で ゆっくり過ごしていました。 そんな時 父親の 訃報が やって来ました。 突然の死です。 何の前触れもなく 父親は 急逝してしまいました。 父親が 社長をしていた会社は 社員が 5人もいる 超優良企業に 成長していましたが 社長不在となってしまいました。 母親が とりあえず 社長になっていましたが 母親は 登に 社長を 継ぐように 言ってきたのです。 でも 登には そんな大役 勤まらないと思っていました。 医療機器など 門外漢です。 3月になると 所長からよばれて 移動を 命じられます。 農業改良員が 減員になるので 一番若い 登が 一般職に 移動するように言われたのです。 農業に 深く興味があったのに 唐突な その 辞令に 迷いました。 迷いに 迷ったあげく 公務員を辞めて 会社を継ぐことにしました。
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登は 心の中では 少しはできると 思っていましたが 全く社長業は できませんでした。 まず言葉が分かりません。 専門用語が目白押しで 相当の 知識が必要です。 知識なら 勉強で何とか フォローするのですか 他にも問題があります。 飛び込み営業を こなさなくては ならないのです。 人間不信の 登には 高いハードルです。 でも 選んでしまったからには 何とかしなくてはなりません。 創業時からの 従業員の後を着いていって 見よう見まねで 頑張ってみました。 全然できませんでしたが 熱意だけは 相手に伝わったようです。 そんな中 飛び込み営業のセミナーを 受けることにしました。 セミナーの講師は 「飛び込み営業の時 相手は 数秒でセールスマンが 信頼できる人間かどうか 判断する」と 言いました。 同じようなことを 登は 美奈子さんに 言ったことを 思い出しました。 ボランティア活動の時に 知り合った美奈子さんが 笑顔について 聞いてきた時 そのようなことを 言った覚えがあります。 講師の お話を聞くまでもなく やはり 笑顔が 大事だと 思いました。 登自身 相手に 笑顔を意識して 接したことがないことに 気が付きました。 これからは 笑顔で 接しようと思いました。
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理屈がわかったからと言って 人と うまく接することができることなど ありません。 薫子が 何年も かかって 体得したその笑顔のアイコンタクトを 一朝一夕に 登が 会得できるまでもありません。 登は 笑顔の本質を 知れば知る程 その奥深さに 驚くのでした。 登が社長になっていた頃 薫子は また転勤になりました。 今度は 阪神支店です。 薫子は 実家に近いので 喜びました。 転勤が決まった日 薫子は 少し気分が悪くなっていました。 陽一は 大変心配して 翌日 病院に行ったところ ふたりを 驚かせる結果を 聞くことになります。 薫子が 妊娠していることが わかったのです。 ふたりは 大喜びです。 家族のみんなから 祝福されました。 薫子が 妊娠したことがわかったので 今度の 新しい家は 坂のない 一階で 近所に 産婦人科があるハイツが 選ばれました。 薫子は 陽一君の 気持ちがわかって 嬉しくなりました。
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引っ越して来たそのハイツから 薫子に実家までは 3時間ちょっとくらいです。 親も 何度も やって来てくれました。 子供ができてもいいように 少し大きめで 会社の住居手当の 二倍もする 家賃です。 陽一君は 少し無理をしている様でした。 引っ越して来て 一ヶ月 近所の 産婦人科いって 診察を受けました。 聴診器を当て エコーで調べたあと 驚くようなことを 医師は言われてしまいました。 それを聞いた薫子は 失神しそうになって 待合室で しばらく休んだ後 陽一君に 電話をしました。 1時間で 陽一君が 飛んできました。 ふたりで もう一度 お医者様の 話を聞きました。 死産で 手術する必要があると言うことなので 陽一君は 薫子を慰めるのに ひっしです。 薫子には その日は 笑顔がありませんでした。 もう一度検査をした後 その日の内に 手術してしまいました。 摘出したものを 陽一君は 見せられましたが 薫子には 何も言えずに その日は 病院に 泊まりました。 少し痛かったですが 眠られない程でもなかったのですが ほとんど寝ずに 考えていました。 考えると言っても 何を考えても 関係なのに 考えていました。 でも 朝方 少しウトウトして 夢を見ました。
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朝方 ウトウトして 夢を見たように思ったあと もの音に気が付き 目を開けました。 陽一君が 薫子の顔をのぞきこんでいました。 これ以上 心配な顔が できないような 顔でした。 薫子は 「自分が一番悩んでいるわけではないんだ。 陽一君の方が きっと 私を心配しているのと 子供を失った悲しみが あるんだ」と 思ってしまいました。 それで 控えめの 笑顔のアイコンタクト 陽一君に 朝の挨拶をしました。 その控えめな笑顔で 陽一君も 笑顔が戻りました。 薫子: 心配してくれて 本当にありがとうございます。 でも 私は大丈夫 陽一君もう心配はしないで 今回は こんな結果になったけど 夢の中で 赤ちゃんを見たわ その中で 『今日はまた星に帰るけど 近いうちにまた来るから その時はよろしく』 と言っていたの 陽一: そんな夢を そうだよね 薫子: 私たち こんなに仲がいいのよ 陽一: こんなに仲が良かったら また来てくれるよね 薫子: そうに決まっている 陽一: それにしても その赤ちゃん 大人びたセリフよね ふたりはそんな話をして 笑ってしまいました。 昼過ぎになると 薫子の母親や 陽一君の両親が お見舞いに来てくれました。 同じように 笑顔で対応したので 来た人は ホッとした様子でした。 退院して 実家で 養生することになって 陽一君が 送っていくことになりました。 このことがあってから ふたりは もっと仲良くなりました。
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登は 社長として 頑張っていました。 飛び込み営業も ひとりでできるようになりました。 まだまだ 究極の 笑顔のアイコンタクトには ほど遠いものがありましたが いろんな場面で 磨かれて 強くなっていました。 不景気な時なのに 会社の業績も 回復してきました。 姉に 子供ができて 母親は もっともっと 結婚を勧めてきました。 でも 頑強に 断り続けていました。 ある日 同じように飛び込み営業で 京都の病院に 入った時 偶然ですが 美奈子さんに会いました。 美奈子さんも 同じように おじいさんから 強く結婚を勧められていました。 美奈子さんも 誰か良い人があったら 結婚したいと思ってはいましたが これと思う人がいません。 美奈子さんは 才色兼備で お金持ち の中で育ちました。 自分では ワガママとは おもいませんが 多少とも そのきらいがあります。 そんな美奈子さんに 合うような人が簡単に 見つかるはずがありません。 家族は 「最上の理想の人などいない」と 説得されましたが 登は その点では 理想的でした。 登のことがあったので 余計に 理想が たかくなってしまったのです。 そんな事を考えてた時 登にに 再会してしまったのです。
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8年ぶりに 出会いました。 美奈子さんは 医師としては 相当腕を上げていました。 外科医として その病院で働いていました。 薫子には 時々で会って 話していました。 仲の良い 薫子と陽一君を見ていて いつもあてられていました。 「結婚っていいな」とは思いましたが 適切な相手がいません。 「優しくて 賢くて かっこもそれなりに良くて 陽一君なら 理想的だけど 陽一君は 私が出会った時には もう薫子さんを 好きになっていたんだし 良い人は いないな 今になと思えば 登さんは 良かったわ 何となく 辛気くさくて あんな風に言ったけど やっぱり失敗だったわ 登さんと あのままつきあっていたら きっと 薫子さんより 幸せになっていたように思うわ。 私の笑顔を すばらしいと言った人は 登さんだけなんですよね。 薫子さんの 笑顔のアイコンタクトには 私にはとても無理だわ。 やはり医師として生きるしか 私には道がないのかしら」 と考えていました。 そんな中 登に出会いました。
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美奈子さんは 大学生の時は 少し変わっていました。 登が 瞬時に見た美奈子さんの印象は 前は 何もわからない大学生という感じでしたが いまは 医学以外はわからないという医師という感じでした。 登の見立てでは いずれにせよ 世間知らずにうつった 美奈子さんでした。 挨拶して 美奈子さんは 「コーヒーでも 飲みましょう」と 誘ってきました。 病院を回って セールスをしている 登には 医師である 美奈子さんの誘いを 断るわけにはいけません。 病院のカフェで ふたりは コーヒーを飲みました。 無口でした。 はじめこそ 少し近況を話しましたが つづきませんでした。 登は 別れた時のことを 聞きたかったけど もっと 傷つくことを言われたら と思って聞けませんでした。 美奈子さんも あの日のことの 本当のことを話したら 怒られそうで 話せませんでした。 コーヒーも 水もなくなって 登は 「お元気で」と言って 伝票を持って 立ち上がった時に 美奈子さんは ポツリと言いました。 「あの時は ごめんなさい」と 登に言いました。 突然の言葉に 登は 「忘れました」としか 言えませんでした。 登は 相手の顔を見ず 少し頭を下げて 別れました。 美奈子さんは その時 今までに研究した とびっきりの 笑顔のアイコンタクトを 登にしていたのですが それを 登は見る事はありませんでした。 それっきり 登は その病院には 行きませんでした。
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美奈子さんは なぜ私を コーヒーに誘ったのか なぜごめんと言ったのか 考えましたが わかりませんでした。 その後 考えていましたが わからないので 止めました。 登は 人間不信で 特に女性を 信じませんでした。 商売相手が 女性の時は 社員にお願いしていました。 薫子と 陽一君の生活は 子供ができなくても 楽しいものでした。 主婦としての 何でもテキパキとする 薫子は 家事を パッパとこなしてしまっていました。 友達とは遊ばない薫子ですから 時間が余って 仕方がないので 掃除や 整理 外の掃除なんかを していました。 でも それ程大きくもないお部屋ですので 時間が余ってしまいました。 そんな時 子供のことを考えてしまいます。 そんな時いつも行く スーパーマーケットに パート募集の チラシがありました。 あとでわかったことですが そのスーパーマーケットは 時給は安いのですが 福利厚生や 育児休暇などが 充実していることで 有名な 団体でした。 陽一君に パートのことを話しました。 最初は反対していましたが 事情を説明すると わかってくれて 10時から3時まで働くことで 賛成してくれました。 陽一君が家にいる時は 決して外出はしない主義を 通していたのです。
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陽一君の 阪神支店での勤務は 長くなりました。 パート勤務も 順調です。 バックヤードでパック詰めの 単調な仕事ですが 単調な仕事程 何も考えない そんな時間が過ごせました。 パート仲間では 一番若くて 新参者でした。 昼の時に みんなで 昼食を摂る時に 話しで 先輩たちが みんな子持ちであることを 知りました。 子供を育てると言うことが どんなに難しいか いつも話題になっていました。 「育児は大変なんだ」と 薫子は 思いました。 でも 子供はなかなかできませんでしたが 手術した日に 見た夢を 信じました。 仲良く ふたりで過ごしていました。 7年を過ぎて 2010年になった時 薫子の夢の予言が 現実のものになりました。 あとになったら 永かったけど 楽しかったと思いました。 正月の時に 妊娠がわかりました。 陽一君は 今度は 子供ができるようにと 安静にさせようとしました。 必要以上に 安静をすすめ パートも辞めるように言ってきました。 医師に相談すると 少しは 運動した方が良いと 助言してくれたので 陽一君も納得してくれて 働き続けることになりました。 さすがに 臨月近くになると 仕事はできなくなり 産休をすることになりました。 暑い夏に 涼しい家で ゆっくり 出産を待つ日々で 薫子の母親が 手伝いに来てくれました。 何もすることなしに 数日過ぎた時 暑い夏の日に 女の赤ちゃんが生まれました。 初産でしたが 極めて安産でした。 陽一君や 家族のみんなは 大喜びで 凄い騒ぎになっていました。 名前を 陽一君が付けようとすると 両方の家族や 親戚が たくさんの助言をしてくれました。 七転八転して 一番簡単な 夏子になりました。 夏に生まれたからと言う理由です。
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夏子は たいした病気もせず すくすくと育ちました。 案の定 陽一君は 夏子にメロメロです。 お風呂に入れたり オムツを替えたり まめにこなしていました。 前に増して 会社から サッサと帰ってきていました。 飲み会や 親睦会 忘年会もほとんど パスして 会社では 付き合いが悪い人間になっていました。 休みの日は 何処にも行かずに 陽一君は 薫子と夏子と一緒に過ごすことに 生き甲斐を感じているようでした。 陽一君に言わせると 「一緒に遊びに行くと ゆっくりと 一緒にいられない」と 言うものでした。 薫子も 出不精なので 丁度良かったのです。 家事を前日にすべて済ませ パートを休んで 陽一の休暇に備えました。 休みの日は 3人でとりとめもなく 話したりしていました。 薫子は 夏子が 生まれてから 6ヶ月が過ぎ 育児休暇の延長か パートを辞めるか しなければならなくなりました。 子供のためにも パートを 辞めようと思っていましたが 何となく先延ばしにしていました。 そんな時 陽一君に 新たな 転勤の辞令がありました。 今度は 仙台支店です。
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陽一: 仙台と言えば 松島 海の見える 家に住みたいね 薫子: 夏子と 三人で 夏になったら 海水浴もいいかも 陽一: やっぱり 海の近くの高台が良いね 薫子: 高い台だったら 見晴らしもいいし と言う訳で 今度の家は 海の近くの高台と 決めました。 3月のある日 社命で 新しい支店に 出張になりました。 住む家を探すのが 主な目的です。 前もって 言っておいた 不動産屋さんの 自動車で 見て回りました。 (陽一君は 津波で行方不明になるという 設定になっております。 まだ あの大惨事より 3年しか経っていませんので まだまだ 震災の関係者の中には 心の整理がつかない方が 大勢おられると思います。 報道や 伝聞で 大惨事の様子は 推して知ることができます。 この物語では 具体的な 描写をしません。 あらためて 亡くなられた方の ご冥福をお祈り申し上げます。) 2時頃 陽一君の電話から 「高台に言いお部屋を見付けました。 見晴らしは 絶好です。 海も近いし 良いお部屋と思うけど もっとよいお部屋があるというので 車に乗って もう一軒まわります」という メールがありました。 薫子は 「よかった」と 思っていました。 そして 3時過ぎに 薫子は 少しめまいを覚えました。 なにか 揺れているようで 気分が悪くなったのです。 しかしよくよく お部屋を見ていると 吊ってある 蛍光灯が ゆっくり揺れているのが 見えました。 「地震だったんだ」と 薫子は 思いました。
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先の地震の時は 京都にいたので 相当揺れを経験しました。 今回は ゆっくりと揺れました。 相当遠い場所の地震だと思いましたが 夏子が 起きて お腹が空いているのか 泣いたので 世話をしていて 忘れてしまいました。 暗くなった 5時頃 電話がありました。 会社からです。 陽一君が 帰ってこないと 仙台支店から 連絡があったのです。 何のことか 最初はわかりませんでした。 東北一帯に 大きな地震があって 津波がやってきたというのです。 夕方に 支店に帰ってくるはずなのに 帰ってこないというのです。 薫子は びっくりしました。 テレビを付けると ヘリコプターからの 悲惨な映像が 映し出されました。 そんな場所に 陽一君が 行っていたのです。 3時前に メールがあったことだけを伝えると 電話は切れました。 薫子は すぐに 陽一の携帯電話に 連絡しましたが 電源が切れているのか 通じませんでした。 心配になって 陽一君の 父親に電話をすると 父親は 大変驚いた様子でした。 薫子は 陽一君の電話が 地震で不通になっていて 電話が通じないのだと 思っても見ましたが 陽一君なら どんなことがあっても 私に連絡してくるとも 思いました。 陽一君の 父親は 仙台支店に連絡して 事情がわかったのか 翌日未明に 仙台まで 自動車で行くことになりました。 薫子は 夏子の世話をしながら 夜通し 陽一君に電話をしました。 でも 通じることはありませんでした。
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朝方 ウトウトしていると 夏子が泣いて 目が覚めました。 もう一度 電話をしましたが 通じませんでした。 陽一君の お母さんから 連絡がありました。 陽一君の お父さんと 家業を継いでいる お兄さんが 車で仙台に行ったことを 伝えてきたのです。 会社で一番大きな バンに 布団や 食糧・水なんかをたくさん積んで 出かけたそうです。 薫子も 仙台に行きたいと 話しはしましたが 夏子がいるからと 説得されました。 薫子は 家で待たねばならなかったのです。 陽一の父親の車は 日本海側から 仙台に入ったのは その日が終わった頃でした。 仙台支店には まだ人がいて 父親は訪ねました。 翌朝 一緒に行った 不動産屋さんの 店長が 探しに行くことになっているので 同行することにしました。 そんなことを 薫子にも 電話しました。 近くの路上で 車中泊をして その時を待ちました。 まだ日が上がらない時に 不動産屋さんの 店長が オフロード車で やって来ました。 探すところは 道が傷んでいるので その車に同行することになりました。 昨日も 探しに行ったけど 見つからなかったと話していました。 今日は もう少し 広く探すことにしました。 日が開けた頃 海辺に着きました。 朝日に 照らされた 海岸は 目を覆うばかりです。 筆舌に耐えません。 ゆっくり車を 走らせながら 不動産屋さんで使っていた 車を探しました。 その車は 真っ赤に塗られていて 大きく不動産屋さんの名前が ローマ字で書かれているそうです。 みんなは 目をさらにして 付近を見渡しました。 陽一君 お父さんは 遠目が聞きますので 車の窓から 乗り出して 探しました。 昼になって 非常食を食べたあと また走らせて 探しました。 3時頃 遠くに 赤い車が見えました。 近づくと 名前がはっきりと書かれていて 裏返しになっていました。 車を降りて 車を見ると 中には 人影はありません。 扉を こじ開けたあとが ありました。 近くで 捜索している 警察官に聞くと 昨日 ひとりの遺体を その車から 収容したと 話してくれました。 収容遺体は 少し離れた 小学校の体育館に 安置されていると 知らされました。
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遺体安置所に 行こうとしましたが 途中の道路が 不通になっていて なかなか着けません。 夕方になって やっと 到着して 中に入りました。 係員にその旨告げると 少し待つようにいわれました。 椅子に座って待っていましたが 係員は 雑然としたなかで どこかに電話して 調べていました。 30分ばかりすると 他の人もやってきて 係員は その受付のために 余計に 時間を取られているようでした。 日もとっぷり降りて 外が真っ暗になった時 係員が 棺の番号を告げてきました。 中に入ると 外の雑然さとは 真逆で 整然と 棺が 並べられていました。 棺には 番号と ご遺体の大まかな状況が 記載された 手書きの紙がついていました。 4人は 告げられた 番号を 探しました。 順番には 並んでいませんでした。 探していると 一番端に 置いてありました。 用紙には ご遺体が 茶髪と書いてありました。 陽一君は 茶髪でないので 明らかに 違うと 父親と 兄は思いました。 それとは正反対に 不動産屋さんと 行方不明者の 父親は もう立っていられないくらいの様子でした。 棺をそっと開けると 泣き崩れていました。 それを ただ立って 見ていた父親は 他の棺に 陽一が いるかもしれないと 兄に話しました。 係員に 言って ふたりは 他の棺を 見て回りました。 書いてある ご遺体の状況が 陽一と 同じ遺体を 見て回りました。 ご遺体の中には 筆舌に絶する程 傷んでいるご遺体もあり 父親は 最後まで見て回れませんでした。 代わりに兄が 最後まで 見て回りました。
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何体かの ご遺体を見ました。 幸か不幸か 陽一君はいませんでした。 ふたりは 不動産屋さんの 手続きを ホールで待ちました。 その間に 陽一君の乗っていた車は見つかったが 陽一君は 見つからなかったと 薫子に 電話をしました。 明日は 他の場所や 避難所 病院を回ると 伝えました。 電話の向こうの 薫子は ただただ うなずくだけでした。 他に話すこともなく 電話は終わりました。 夜も 更けて 安置所は 静まりかえっていました。 父親と兄が 自分のバンに戻ったのは 12時を過ぎていました。 寒い社内で 軽く食事をしたあと 車の中の布団の中で 寝ました。 疲れていて すぐにふたりは寝入りました。 朝が日が 車の窓に 入ってきた時 同時に 目が覚めました。 近くの公園のトイレで 用を済ませて 乗っている食糧を食べて 出発しました。 乗っていた赤い車を 明るい場所で もう一度よくみました。 がれきがあったところを 取り除いて 見ました。 前の運転席の ドアがこじ開けられたようなあとと シートベルトが 切られたあとがありました。 後ろの窓は 割れていました。 車の中を 何か残っていないか 調べましたが 何も ありませんでした。 後ろの席の ドアは 開いたままで ゆがんでいました。 たぶん後ろの席に 座っていた 陽一君は 津波がやってきた時 車から 逃げ出したのではないかと 兄は 推察しました。 陽一君は 泳ぎが 達者だったので 泳いで 逃げたのではないかと ふたりは 話しました。 車が見つかったところの 警察で 避難者やケガ人の場所を 聞き出しました。 それから 避難所を回りました。 病院も回りました。 道路が 痛んでいたので あまり回れませんでした。 翌日も その翌日も 回りましたが 陽一君の 手がかりは全くありませんでした。
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電話の連絡を受けた 薫子は 二日経ち 三日経ち もう絶望と心配の塊になっていました。 何も知らない 夏子には 笑顔で 接しようとしましたが 顔が引きつっているのが わかるのか 夏子は いつものように 笑いませんでした。 生きていたら 絶対に 陽一君は 家に帰ってくると 日にちが 過ぎてしまっていると 思いました。 でも ひとつの希望を 信じたいと思いました。 薫子も 探しに行きたいと 母親に話しました。 陽一君の父親と兄が持っていった 食糧や水が なくなってきて かわりに 陽一君の伯父と屈強の力持ちの社員が 行くことになっていました。 大きな キャンピングカーを 借りてきて 行くもでした。 薫子も 同乗することになりました。 丸一日かかって 仙台に着き 父親と会いました。 詳細に話を聞きました。 ケガをして 入院していそうなところは すべて 探したことを 伝えられました。 気丈に 振る舞っていましたが 薫子の 体の中から 力が抜けて行くのがわかりました。 三人は 赤い車のところに 最初に行って 様子を見ました。 付近は 捜索が終わったのか 人影はまばらでした。 がれきだけが 目立つ場所になっていました。 車の中を 薫子は 何かないか 探しました。 一時間ばかり探したでしょうか。 残りのふたりは 手持ちぶさたで 待っているだけでした。 陽一君の父親と兄が 探していたので 何もありませんでした。
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薫子が 車の中を あまりにもながく探そうとするので 力のある社員は 作業着に着替えて 薫子に言いました。 「車を ひっくり返してみましょう。 何か見つかるかもわかりません。」と 言ってきたのです。 薫子はそのようにしてもらうことにしました。 ゆがんで開いている扉の片方を 何とか閉めて それから がれきの中から 棒を探してきて テコを下に差し込みました。 石の台をして 力を入れました。 車は少し動きました。 石を入れる場所を変えたり テコの棒を長いのに替えたり 時間を要しましたが 徐々に浮き上がってきて 最後は 力持ちの社員が 思いっ切り力を出して 一気にひっくり返りました。 自動車の下を まず見ましたが がれき以外何もありませんでした。 車内を もう一度 薫子は 見て回りました。 それも ジックリ食い入るように 見て回りましたが 何も見つかりませんでした。 陽一君が この車に乗っていなかったのではないかと 思うくらいです。 二時間くらい 見回しましたが 終わりました。 それから 遺体安置所に行って 新しく入ったご遺体の情報を確認しました。 陽一君に 当てはまる ものはありませんでした。 それから 警察に 歯医者さんから借りてきたカルテと歯のレントゲン写真と 陽一君の髪の毛と 捜索願を出しました。 他の遺体安置所も回りました。 一日回りましたが 手がかりはありません。 薫子は 自分で探して 被災地の 絶後の 状況がよくわかりました。 夜になって 星を見ながら 考えました。 陽一君は 生きていたら 絶対に 何が何でも 這ってでも 私に連絡してくれると思っていましたので 陽一君は きっと お星様になってしまったのだと 思いました。 あんなに私を 愛していた陽一君のことだから 自分の変わり果てた姿を 見せたくないので 遺体が見つからないように したのだとも 思いました。
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翌日 薫子は ふたりにそのことを話しました。 今日一日だけ 探して 帰ることに決めました。 大きな車でしたので 行けるところは 限られていました。 沿岸部は 表現できない程の 状況です。 大きなバスや お船が 考えもできない所に ありました。 警察や消防 自衛隊の方々が 一列なって 捜索しているのも見ました。 あんなに努力しているのだから きっと きっと 見つかると 言い聞かせて 仙台をあとにしました。 登は 東北で地震があった時 セールスで 東京にいました。 東京では 凄く揺れました。 慌てて 電話をして 家は大丈夫か 確かめました。 先の地震の時に 登の家が潰れてしまったことが 頭に残っていました。 家に帰って テレビの報道を見て ボランティアに 出かけることにしました。 セールス先の 姉妹病院が 仙台にあって 医療機器が故障したとの 知らせを受けていましたので 合わせて 会社を挙げて 行くことにしました。 車四台に 水や食糧 医療機器の修理部品をのせて 出発しました。 同じ頃 美奈子さんは 仙台の姉妹病院から 外科の応援要請が来ていました。 美奈子さんは 外科医としの 腕は 申し分なかったので 派遣班の 班長として出発しました。 要員は飛行機で行きました。
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仙台に 美奈子さんが 到着したのは 3月13日 登が 到着したのは 3月14日でした。 美奈子さんは 到着するなり バリバリ医療活動をしました。 命を救った人も いました。 登は 避難所を回って 先の地震の経験を 生かしました。 同じように 寒い時期でしたので 登の経験と 持参したものが 大変役に立ちました。 社員たちも 仕事の合間に ボランティア活動をしました。 美奈子さんが活動している 病院にも 社員は 行きましたが 登は行きませんでした。 薫子は 実家の家に 帰って来たのは 地震から 一週間後です。 疲れていましたが 預かってもらっている 赤ちゃんのところに 走っていきました。 夏子は 起きていました。 夏子は 何もわからず 笑っていました。 その笑顔を見て 心の中に 暖かいものを 感じました。 疲れが 吹っ飛んでしました。 薫子は 笑顔のアイコンタクトを 忘れていたことに気が付きました。
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薫子は 夏子の笑顔を見ながら 「そうだよね 陽一君が 私のことを好きだと言ってくれたのは 最初に私の笑顔を見て 虜(とりこ)になったと よく 言っていたわ 『薫子の笑顔は すべてのものに まさる』とまで 言ってくれた。 きっと 空から私を見守ってくれているに違いないわ 私が 悲しい顔をしていたら 陽一君は 喜ばないわ 陽一君のかわりに 夏子を 置いていってくれたのかもしれない。 夏子と また笑顔で 生きていくわ 私がしっかりしないと いけないわ」 と考えました。 少し実家で休んだあと 家に帰りました。 仙台の警察からは 何の連絡もなしに 月末になりました。 月末に 薫子の パート先から 電話がありました。 産休の期間が 終わるので 復職するかどうかの 連絡です。 薫子は 陽一君がいない今は 私が働くしかないと 決心しました。 それで 4月から 働き始めることにしました。 時を同じくして 陽一君が 勤めていた 会社の人事のほうからも 連絡がありました。 「陽一君の出勤については 3月いっぱいは 有給休暇扱いとしているが 4月からは できない 休職扱いとする」と 伝えてきたのです。 陽一君の お給料がなくなると 私の お給料だけでは 到底 生活できないと 思いました。 まず家賃が 高いので 安いところに 引っ越ししないと いけないと考えました。
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勤め先の パートの先輩に 休み時間の時に 聞いてみました。 女手ひとつで 赤ちゃんを育てるのは 相当難しいと 思っていましたが 想像以上のことを 聞きました。 まず赤ちゃんを 保育所に預けなければならないことや 何ごとも 節約しなければならないこと 休日だからと言って 休んだり 遊んだりできないことも 聞きました。 それ以上に 子供が病気にでもなったら 働くこともできずに 共倒れになってしまうということまで ききました。 そうならないためには 手伝ってもらえる 友達とか 親戚とか 近所の人とか 職場の同僚とかが 必要だそうです。 それを聞いて 薫子は 不安になるのではなく 突き進むべき 道が わかったと思いました。 まず保育所を探しました。 職場の先輩に聞いた 保育所に 入れてもらえることになりました。 職場の近くで 便利がいいので 薫子には 幸運でした。 それから 家を探しました。 職場に近くて 保育所にも近く 子供を育てるのに都合が良くて 家賃が安いところが 希望でした。 早々見つかる訳はないと 思っていましたが 陽一君の同僚の知人が 紹介してくれた お部屋を借りることができました。 お部屋は 1階の あまり日当たりがよくない部屋でしたが お部屋を見に行った日 隣の人が 笑顔で挨拶してくれたので 決めました。
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運送屋さんについても 知り合いの人に頼んで 安くすませ 友人も手伝いに来てくれました。 引っ越すところは パートのスーパーマーケットから 200mほど離れていて 保育所までは 500mほどのところでした。 それに 登の家までは すぐのところです。 引っ越したお部屋は 1階の一番奥の 角部屋で 北向きでしたが 窓を開けると 隣の家主さんの 大きな庭が 見えました。 ちょうど初夏の時期ですので 赤い花が咲いていて 綺麗でした。 小さいお部屋なので 前の家の ベッドや大きな家具は 陽一君との 思い出でしたが 古道具屋さんに 引き取ってもらいました。 薫子は 小さい時に お布団で寝ていましたので また夏子と一緒に 一緒のお布団で 寝ることにしました。 朝夏子の世話をして それから 保育所に預け パートに行きました。 職場で めいっぱい働いたあと 夏子を 迎えに行き 世話をして 夕ご飯を作って ひとりで ご飯を食べて 夏子と一緒に お風呂に入って 片付けをしてから できるだけ早く寝ます。 夜何回か 起きて 夏子の世話をしなければならないからです。 でも 眠たくて 疲れている時も 薫子は 笑顔です。 薫子の 母親が 薫子には いつも笑顔であったのが 記憶にあったからです。 隣のお部屋は 元気な 60歳代の 夫婦が住んでいました。
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お隣さんへは 引っ越して来た時に 挨拶に行きました。 いろんなことを聞いてくれて 薫子も話しました。 津波で 夫が 行方不明と 話すと 大変同情してくれました。 そして なんやかやと 世話をやいてくれました。 薫子のことを 助けてくれる ネットワークが 自然に出来上がってくるのに 時間は要しませんでした。 薫子が 笑顔のアイコンタクトで 接していると 自然と 助けてくれるのです。 そんな力を 薫子は 持っていました。 引っ越して来て 新しいお部屋になれた 6月頃 薫子は 登と 初めてで会います。 それは 保育所に預けていた夏子が 熱が出たので 迎えに行くために 自転車で交差点を 渡っている時でした。 登は セールスを終えて 家に戻る時でした。 右折しようとした時 薫子は 横断歩道の 自転車専用レーンを 登と同じ方向から 渡ってきました。 登は 右折しようとして 対向車が来ないことを確認して 少し右に曲がり それから 横断者がいないか 振り返ってみた時 薫子は 自転車に乗って 渡ってきました。 登は ブレーキを踏んで止まり それを見ていた 薫子は 笑顔のアイコンタクトで 少し頭を下げました。 それから いきよいよくこいで渡っていきました。 登は 薫子の笑顔が あまりにも魅力的だったので 自転車を 目で追ってしまいました。 薫子が通り過ぎて ブレーキを 弛めて 少しアクセルを踏んで 車を進ませると 薫子は 同じ方向に 左側を走っていました。 ドアミラーを チラッと見ていると 1番目の交差点で 左に入っていきました。 登は その笑顔が忘れられなくなりました。 その日一日は 何か心が 暖かい感じがしました。
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登は 家に帰ると いつもは 母親が 食事を作っていました。 食事以外にも お掃除 お洗濯 お風呂と 全部世話をしてくれていました。 しかし その日は 母親がいませんでした。 置き手紙が 食卓の上にありました。 「お芝居を見に行くので 夕食は 適当に作って 食べておいて下さい。 私は 夕食はいりません。」と 書いてありました。 登の母親は 登が結婚しないのは 何も不自由しないからだと 姉に言われてしまったのです。 そこで 母親は 登の世話を 少しやめようと思って わざと出かけていったのです。 登は そんなことは わかっていました。 姉にもよく言われていましたので この日が来たのかと 思っていました。 結婚より前に 自立しなければと 考えました。 さて 差しあたって 今日の夕ご飯は どうすればよいのか 全くわかりませんでした。 冷蔵庫の中を見て そのままでも 食べられそうなものを 集めて 夕ご飯は すませました。 後片付けも 不充分ですが しておきました。 明日からは 頑張ろうと 思って寝ました。 お布団の中に入って 何を考える訳でもなく 今日一日のことを考えていたら 笑顔の主のことを 思い出してしまいました。 そのことが 妙に 気になった 一日でした。
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それから数日後 登の母親は 姉の家に 泊まりに行くと告げられました。 それも 数週間と 言うのです。 冷蔵庫の 残り物だけでは 到底 命を繋ぐことはできないと 大げさに思ってしまいました。 さすが母のすることは 早いと 尊敬してしまいました。 その日までに いろいろ考えていました。 まず お買い物に行くことにしました。 近所のスーパーマーケットに 自転車で 行きました。 店に入って いろんなところを 見て回りました。 総菜コーナーに行くと 店員さんが 並べていました。 その店員さんが 並び終えて 体を回して 登の方に 歩き始めた時 目と目が あってしまいました。 登は ハッとして 笑顔で返してしまいました。 薫子だったのです。 薫子は 総菜コーナーで 4月から働いていたのです。 薫子は 登のことを 覚えていませんでしたが 相手の 心に 余裕があると直感で感じたので 少し大きめの 笑顔のアイコンタクトをしたのです。 その笑顔を まともに受けた登ですが 思わず 周囲を 見回してしまいました。 他の人に 投げかけたものではないかと 思ったからです。 登でなかったら そんな風には 感じなかったのですが 登は 疑い深いのが こんなところで出てしまいました。
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薫子は 笑顔のアイコンタクトをして 振り返られたことなど 就職してからは ありません。 相手を見極め 笑顔のアイコンタクトをしているので 失敗など あるはずがないと 思っていたのに 残念だと思いました。 でも気を取り直して 登がこっちをむき直した時に 適切だと思う程度の 笑顔のアイコンタクトをもう一度 しました。 二度も されて 自分に会釈をしていることが わかったので 登も 軽く会釈しました。 薫子は スーパーマーケットの バックヤードに 消えていってしまいました。 登は その店員が 交差点で会った 笑顔の持ち主であることは すぐにわかりました。 そんな事があってから 登は スーパーマーケットに行くのが 楽しみになりました。 いつも スーパーマーケットで 笑顔の持ち主を 探すのですが 見つかるのは 1ヶ月に 一度か二度です。 笑顔の持ち主を捜す 自分自身を 何か腑に落ちない と考えつつも 探してしまうのです。 人間不信の 疑い深い 登には 自分でも 信じられませんでした。 そんな中 姉が 「結婚紹介所で 入って お見合いすれば」と 母親に言ってきました。 登はいやでしたが 母に強く言われると 断り切れず 結婚紹介所に入会して お見合いをすることになりました。 登は 相手の条件を それに合う人がいないように 高く細かく書いておきました。
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結婚紹介所のアドバイザーが 少し下げるように言われて 下げました。 下げると 何人かに 紹介されました。 会ってみたけど 登は 「笑顔がない」 と言う理由で断ることが 多かったのです。 そんなことをして 登の時間は過ぎていきました。 薫子は 日々戦争です。 夏子が 段々と大きくなって ほっとけることができなくなり 四六時中見ておかなければならなくなると 薫子の 何もしない時間は ほとんどなくなります。 夏子は よく熱を出して 薫子を 心配させました。 そんな中 薫子は 友達や 隣の おばさんに 手伝ってもらいながら 地震から 一年が過ぎました。 一年たっても 陽一君の 行方はわかりません。 会社の 人事から 陽一君の 「失踪宣告」について 説明がありました。 行方不明のままなら 会社の退職金や労災の申請などが 宙に浮いたままで 困るというものでした。 薫子は 「失踪宣告」のことは 家族から 聞いていましたが 決めかねていました。 陽一君は あの時 星になったと 思って這いましたが しかし 失踪宣告を受けて 戸籍上なくしてしまえば 頼るものが なくなってしまうような感じがして 躊躇していました。 陽一君の 選挙の整理券とか 生命保険の控除証明書とかが やって来て それがなぜか 嬉しいのです。 しかし そんなことを続けていられないので やはり 失踪宣告を受ける 手続きをすることになりました。
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手続きは 忙しい 薫子には無理なので 会社の人に やってもらいました。 しばらくして 陽一君は 戸籍上亡くなることになりました。 退職金や 労災などのお金や 陽一君が入っていた 生命保険金が 薫子の手元に入ってきました。 特に生命保険金は 事故死の時は 5倍保証となっていて 相当な金額です。 このお金があれば あくせく働くことはする必要はありません。 薫子の 母親は もっとゆったりと 夏子を育てたらと 言ってきましたが 働いている方が 陽一君のことを 忘れられて良いと 思っていました。 4月になると 薫子は レジの係も することになりました。 レジが忙しい時だけ 入る役に なったのです。 アナウンスで 連絡があると レジに行って 名札の番号を読み取り レジを始めます。 証券会社で 接客には慣れていましたので さほど難しいことではありませんでいした。 レジの機械も 優秀だったし レジに入ったら お客様とも 交流ができるので 好きでした。 登は 母親の画策で 料理をするようになって 反対に 好きになりました。 カレーライスから始めて いろんなものを作って 母親にも食べてもらいました。
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登は 料理に大変興味を持っていましたが 子供の時からやっていた訳でもないので 作り方は わかりませんでした。 インターネットや テレビなどで おもに調べていました。 スーパーマーケットに行って 食材を買う時も どのようなものが良いか わかりませんでした。 そこで 店員さんに 聞いていました。 女の人に聞くのは 苦手な登でしたから 男の人に聞いていました。 でも ある時同じような聞いた店員が 知らなかったので 他の店員に 振ったのです。 その店員が 薫子でした。 登には 4度目ですが 薫子には 最初と思っていました。 ジャガイモには 種類があるけど どちらがよいかという質問でしたが 薫子は 笑顔で 優しく答えました。 登は その答えは あまり耳に入らず 薫子の 笑顔ばかり見ていました。 「これをどうぞ」と かごの中に入れて 軽く会釈されて 薫子は 次の仕事に行ってしまいました。 登は そこに立って見ていただけです。 笑顔を見ていました。 ついでと言っては何ですが 名札もしっかり見ていて 「薫子」と見えました。 しっかり覚えました。 声を始めて聞いた 登は 声も魅力的と 思った次第です。
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その日は 薫子が選んだジャガイモで ポテトサラダを作って 母と一緒に食べました。 ホクホクして 美味しいと 登の母親は 言ってくれました。 登は それ以上に 薫子が選んだジャガイモということで 笑顔が 浮かんできて 嬉しくにやけた顔になっていました。 母親は いつもの登と違うと思いながら こんなに 上手に 料理ができるなら 姉としくんだ作戦は 全く失敗だということに 気が付きました。 登は 翌日も スーパーマーケットに買い物に行きました。 仕事がこんでいて 少し遅く 行きました。 登は 売り場を見渡しましたが 薫子はいませんでした。 ちょっと残念と思いながら レジに行きました。 いつも 登は レジに並ぶと そのレジは遅くて 時には トラブルが起きて 時間が掛かるという羽目になるので どのレジに並ぶか いつも 慎重に 選んでいました。 レジを見渡し 選ぶのですが 今日は 薫子が レジにいるのです。 吸い込まれるように そのレジに 並びました。 薫子を見ながら レジを待ちました。 いつものように 時間が掛かったら良いのにと 思いましたが その日に限って サーッと順番がやってきました。 薫子が 「お待たせしました」と いって 笑顔のアイコンタクトを 登にしました。 登も 少し笑顔を返しました。 薫子は 商品を レジに通しながら 「昨日のジャガイモどうでしたか」と 尋ねてきました。 「美味しかったです」と 登が答えながら お金を払いました。 薫子は 「よかったですね」といいながら レシートと お釣りを右手で 左手で登の手を受けるように 渡しました。 一瞬ですが 薫子の左手が 登の右手を 触れたように思いました。 心臓は 高鳴りました。 でも 次の瞬間 薫子の左手の 薬指に 指輪があることを 発見してしまったのです。
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登は 見てはいけないものを 見てしまった と思いました。 何かわかりませんが がっかりです。 その日は 食材は買いましたが 料理は 母に任せて 何となく テレビを見て お風呂に入って 早く寝てしまいました。 夜中目が覚めた時 なぜだろうと思いました。 どうして こんなに悩んでいるのだろうと 思いました。 知らず知らずに 薫子さんを 好きになっていたんだと 思いました。 見ただけ 笑顔を見ただけ それに 食材についてほんの少しだけ話しただけなのに なぜこんなに 薫子さんのことを 好きになってしまったんだろうと 考えました。 考えても 考えても わかりませんでした。 うつつで 朝まで過ごし 起きて 母親の作った朝食を食べました。 母親には 「今日は登は元気ないようだけど 風邪でも」と 聞いてきたくらいです。 自分でも 変だと思いつつ 出社して 運転は 少し危ないと自分でもわかっていたので 社員の車に同乗して 向かいました。 その間ズーッと 「薫子さんは 結婚していたんだ」と 復唱するように 心の中で 叫んでいました。
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二三日たつと さすが登でも 立ち直っていきます。 たまたま好きになった人が 結婚していただけだと 単純に思うことにしました。 でも スーパーマーケットに行って 薫子さんを探す 毎日は 変わりません。 そんな毎日を 送っている 登とは 全く正反対に 薫子は 忙しい 毎日を過ごしていました。 薫子には 異性とは 愛とか恋とか 全く関係ない 生活で 充分に満足していました。 薫子の心の中には 陽一君と 楽しく過ごした 毎日が 深く心に残っていて それを思い出すだけで 充分だったのです。 陽一君と一緒に買った物も 家にはたくさんあって それを使うたびに ひとりじゃないと 思うのです。 それに 可愛い夏子もいて 忙しいながらも 本当に充実した 毎日を過ごしていたのです。 お客様と 話もできるし スーパーマーケットの仕事は 最高と思っていました。 登のことは お客様として 何度も来ていましたので よく知っていました。 もちろん 名前は 知りません。 登のことは 良く話しかけてくれる 気が弱そうな 男性と うつっていました。 夏子が 2才になった頃 美奈子さんから 薫子に 電話がありました。
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電話は 相談があるから 家に来るというものでした。 それも その日にです。 薫子の 休日は 週に1.5日で 曜日は 変わっていきます。 ちょうど その日が 休みの日であったことから 突然来ることになったのです。 電話だけしか知らなかった 美奈子さんは 詳しい住所を聞いて 少し 慌てた様子でした。 前につきあっていた 登の住所の近くだったのです。 でも 平然を装って 二時間後 近くの駅に来ました。 薫子は 自転車に薫子を乗せて 駅まで迎えに行きました。 薫子は37才になっていますので 美奈子さんも 37才になっているはずなのに そんな風には見えません。 バリバリの 外科医ですから 身なりは 豪華でした。 駅であった後 夕食の用意のために スーパーマーケットによって帰ることになりました。 客として スーパーマーケットにわざわざ行くのは 久しぶりでした。 夏子を 抱きながら 店を回りました。 美奈子さんも 一緒に 夕食をというわけで 少し多めを 買って帰りました。 美奈子さんは 京都で買った ケーキのお土産を 夏子が 興味を持っていたので 早々帰ることにしました。 そんな風に スーパーマーケットを買っていた時 登が 遠くから見ていたのです。 いつもの 服装でない薫子でしたので すぐにはわからなかったのですが 美奈子さんの方を すぐに見つけたのです。 美奈子さんは 背が高くて 綺麗な人だったので 目立つから 遠くからでも わかったのかもしれません。 最初美奈子さんを見つけて ハッとした登でしたが そのとなりに 小さな子供をだいた薫子を 見つけて 動けなくなりました。
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薫子たちは 夏子が ぐずるので 早々とレジをすませて 返り始めました。 ゆっくりと 家まで歩いて たどり着いた時は 3時前ですので お茶にすることになりました。 美奈子さんが 持ってきてくれたお菓子を 並べて コーヒーも入れて 3人は ゆっくりと食べ始めました。 薫子: このケーキ美味しいね 久しぶりだわ 美奈子: 京都の有名な店の 、、、、 美味しいよね 薫子: 今日はお休みなの 美奈子: 朝まで 泊まり勤務で 今日と明日は お休み 呼び出しがなかったらだけど 薫子: 大変ね 眠たくないの。 美奈子: 慣れたから 別に 電車の中でも どこでも 眠ることができるの 薫子: 凄いね 美奈子: 陽一さんは 大変だったわね 私もあの時 仙台に行っていたのよ 医師でも 気が遠くなりそうな程 ひどい方も おられました。 薫子: 陽一君は 見つからないのは きっと 私のことを考えての事だと 思うようにしています。 きっと 私に 悲しい思いをさせないように 見つからないようにしているのだと 思うようにしています。 美奈子: そうかもしれないね。 陽一君は 本当に 薫子さんを 好きだったんだから 高校に入って 入学式の日に 薫子を最初に会って その日から 好きになったと 昔言っていたわ 薫子: その話し始めて聞きます。 そうなんですか 美奈子: 結婚式の日に 聞いてやったのよ。 陽一君が 亡くなった今だから話すけど 私 陽一君が 好きだったの 作法クラブで会って 少し経った時から 好きになったんだと話すと そんな話をしたんですよ。 薫子には 負けたと思ったわ 薫子: えー 美奈子さんって 陽一君が そんな時から 好きだったんですか。 知らなかったです。 だったら 私よりもっともっと前から 美奈子さんは 陽一君を 好きだったんですね。 美奈子: そうなのよね でも 私は 選ばれなかったわ 今になると 陽一君が 私より 薫子さんを選んだ理由は 何となく わかるような気がする この話は つづきます。
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薫子: 美奈子さん 忙しい中 そんなことを 言うために来られたんではないでしょう。 美奈子: 薫子さんには お見通しよね 世間をよく知っているものね 薫子: 心配事ですか 美奈子: 結婚についてなんです。 薫子: 美奈子さん 結婚されるのですか。 おめでとうございます。 美奈子: めでたくないから 相談に来たの 困った時だけ 相談に来て ごめんね こんなこと相談できるのは 薫子さんだけなの 薫子: そんなに信頼していただいて ありがとうございます。 結婚がどうかしたんですか。 美奈子: 私政略結婚させられそうなの 薫子: いつの時代なの 政略結婚って 美奈子: 私の 父がね バブルのときに 京都の山奥に ゴルフ場にしようとして 土地を買ったのよ それがね 金利がかさんで 会社が 危ないの そこで 亀岡の病院の 支援を受けようとしたら そこの 息子の嫁にと 私を 指名してきたの どうすればいいかしら 薫子: 相手の人次第じゃないですか。 良い人だったら 政略結婚でも いいと思いますよ。 美奈子: それがね 私にはよくわからないのよ。 ものすごく悪い人じゃないように思うけど ものすごく良い人でもないように思うの 私って 外科だけを勉強していたから 人間なんか よくわからないの 薫子: 私だって わかりません。 良い人に出会うのは 運ですから あとで 運が良かったかがわかるのです。 それに 根っから悪い人はいませんので 良い人に すればいいんじゃないのですか。 接し方で きっと 良い人に なると思いますよ 美奈子: 薫子さんは 超能力と考えられるくらいの 大きな力を持っているから そんな風に 人を変えられると 思うのよ。 普通は 絶対に 人を変えることなど 無理だわ すくなくとも 私には 無理だわ 薫子: そんな事ないですよ 美奈子さんは 私より 賢くて 美人で 若々しいんだから 努力は要りますが きっと 大丈夫ですよ。 美奈子: そうかな 一回 相手の人に会って下さらない。 あなたが見れば 私の力で可能か 不可能かが わかると思うの 薫子: そんな力は ないと思いますけど 会ってみましょうか。 美奈子さんの話は 深刻だと思いました。 と言う訳で 都合の良い日 3人で いや夏子も入れて 四人で会うことにしました。
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少し安心したように 美奈子さんは 帰って行きました。 後ろ姿を見ながら 薫子は そんなことを悩める 美奈子さんが 一瞬だけ うらやましく思いました。 次の次の日曜日に 四人で会うことになりました。 表向きは 夏子が遊園地に行くということになっていました。 夏子が主役です。 2才の子供を ダシに使って 調べるというものです。 夏子は 大喜びです。 相手の男性は 佐藤さんと言って 歳は 40才ですが そんな風には見えない若々しさで 美奈子さんとは その点では 似合いのカップルです。 薫子は 佐藤さんと まず 笑顔のアイコンタクトで 挨拶しました。 佐藤さんは 薫子に 大変興味を持ったようです。 夏子が乗れるような いくつかの遊具をまわりました。 そのあと 美奈子さんと佐藤さん 薫子と夏子に別れて 別行動しました。 お昼に レストランで 一緒に食事をしたあと 薫子は 夏子を連れて 帰りました。 美奈子さんと佐藤さんは そのあと 遊園地で 少し遊んだあと 別れました。 その晩 美奈子さんから 電話がありました。 佐藤さんのことを 聞く電話です。 薫子は どう判断していいか わかりませんでした。 美奈子さんの言うように 悪い人でもないようですが 全く良い人でもないようなのです。 美奈子さんには 幸せになって欲しいので 正しい判断を しなければならないと考えれば 考えるほど 判断はできませんでした。 そこで 「判断できない」 と答えました。 美奈子さんは それを聞いて 少しがっかりしてました。 電話は それで切れました。 そのあと 薫子は そのことが気になって 仕方がなく 調べてみようと 思いました。
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美奈子さんの相手を調べると言っても 直接薫子が 調べることなどできるはずもありません。 やはりここは 専門家に頼むべきかと 思いました。 と言っても そんなこと頼める人は まわりにはいません。 そこで 情報通の 小学校の 友達に頼むことにしました。 そうすると その友達の友達が その病院の看護婦さんを 知っていると言うことで 聞いてみると言ってくれました。 それから しばらくして 別の高校の友達から 電話があって 相手の 佐藤さんを 小さい時から知っている人を 紹介するという電話もありました。 その人たちの 意見を聞いて 佐藤さんのことが はっきりとわかりました。 こんなことが わかって 残念でしたが でも 早い内に わかって 良かったと思いました。 そのことを 美奈子さんに伝えると 「やっぱり」と 言っていました。 そして 親にも伝えると 納得して 美奈子さんは 結婚しないことになりました。 美奈子さんは 薫子に ものすごく感謝して 薫子を 手伝うと 言ってくれました。 これを機会に 美奈子さんは 京都の病院を辞めて 薫子の近くの 病院に 外科部長として 勤め始めました。
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登が 薫子と夏子そして美奈子さんを スーパーマーケットで見かけた時 まで 時間をさかのぼります。 薫子が 小さい夏子を抱いているだけでも 登には ショックなのに どういう訳か 美奈子さんとも 仲良く話しているのを見て 固まってしまいました。 薫子たちが レジをして 買い物を持って 帰って行くのを見て やっと 登は 我に帰りました。 登は 買い物もせず 家に帰り始めました。 途中で 前を歩いている 薫たちに出会いました。 夏子が 歩いているので 登は 薫子たちに 近づいていきます。 途中 薫子たちは 右へ曲がりました。 登は ついていきたくなりました。 心の中では ストーカーになるのではないかと 思いましたが 誘惑に負けて ついていきました。 登は前の人に気付かれないように ゆっくり歩いてついていきました。 本当にゆっくりだったので 登は 角でとまって 待ちました。 思わず 薫は 細い路地を右に曲がって 入っていきました。 少し急いで 路地の中を見ました。 一番奥に 入っていきました。 その時気が付きました。 こんなことをしたらダメだと 気が付いて 家の方に 足早に帰りました。 それからは スーパーマーケットへは 行かなくなりました。 結婚している女性に つきまとうことは 良くないと思ったからです。 登には もうひとつ 美奈子さんが なぜ 薫子さんと一緒にいるのかという 大きな疑問がありました。 どうも 美奈子さんには 不思議なことばかりだと おもいました。 合理性を重んじる 登には 不可解きわまりない 女性と 思いました。
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登にとっては 心を乱される 美奈子さんには 絶対に会いたくない人です。 同じように 薫子も 叶わぬ恋の相手ですから 登の性質から言えば 理屈上は 会いたくない人なのに 会いたい思いの方が 大きいと 自覚していました。 スーパーマーケットのも 時々は行って 遠目から 眺めているだけで 薫子が担当しているレジには 行かないようにしていました。 父の代から お世話になっている病院に 新しく 外科部長が 着任したと 社員から 報告があったので 社長としては 挨拶に伺うことにしました。 新しく着任した部長が 美奈子さんとは 聞かされていなかったので 廊下の外で 社員と一緒に待っていました。 部長室に呼ばれて 名刺入れから 名刺を取り出し 相手を見た時 登も美奈子さんも お互いに びっくりした様子でした。 社員が 「お知り合いですか」と 聞いてきたので 登は 「はい」と返事をして 形ばかりの挨拶をして 早々と 部屋を出ました。 担当の社員は 社長の 異常な行動に びっくりしました。 いつもなら 長話で こちらのペースに持ち込んでいくのが 得意の 社長なのにと思いました。 家に帰ってくると 登は へとへとになってしまいました。
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まいったまいったと登は思いました。 美奈子さんが こんな近くにいるなんてと 思いました。 登は 外を歩く時は 特に注意して 美奈子さんと会わないように していました。 美奈子さんは 病院の隣のマンションに住んでいて 忙しいので 登と会うという偶然も 発生しませんでした。 しかし 薫子は 遠くからは 時々見ていました。 薫子は 時々夏子が熱を出したりして 隣のおばさんや 美奈子さんにも 協力してもらいながら 日々 夏子の成長を見ていました。 夏子が3才になった頃 登は 相変わらず 薫子への思いは 捨てきれずに 時々遠くから 笑顔のアイコンタクトを 見ていたのです。 ある日のこと 会社が早く終わったので いつものように 吸い込まれるように スーパーマーケットに行きました。 食材を買って 薫子を探しましたが 見つかりませんでした。 今日は休みなのかと 思いつつ スーパーマーケットを出て 家の方向に帰り始めました。 ある交差点まで来た時 まっすぐが 家の方向なのに 引き寄せられるように 右に曲がってしまいました。 薫子の 家のある方向です。 しばらく行くと 薫子の家に通じる 細い路地です。 いくら何でも ここは曲がらず その入り口のところに立ち止まって 中を見ていました。 しばらく立って 路地の奥の方を見ていたら 「社長」とよぶ声がしました。 振り返ると 以前 会社に勤めていて 定年退職した 人でした。 少し立ち話をしたあと 家に上がって欲しいという 言葉に従って 上がりました。 路地の奥に 案内されて 上がった先は 薫子が住んでいる アパートの 家主さんの家でした。
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登は 薫子のことが気になります。 でもそんなこと聞けませんでした。 上の空で聞いていたのですが 内容は 凄く深刻です。 健康診断で 肺がんの疑いが あるというのです。 どこか良い病院を 紹介して欲しいとのことです。 医療関係に 知り合いの多い会社なので 調べて 知らすと言うことになりました。 お茶が出て 話をしていると 奥さんが 小さい子供を連れて 帰って来ました。 三歳くらいで 可愛い女の子です。 夏子と紹介されて 登も 「こんにちは」と 挨拶していました。 人なつこい夏子で 登とも すぐに仲良しになり 4人で おやつをたべました。 ゲームなんかをいて 時間を過ごしました。 時間が来たので 登は 帰りました。 夏子が 「バイバイ」をしてくれて 本当に可愛いと 登は 思いました。 38才になった 登ですの もっと大きな子供が いても 不思議がないのですが 早く結婚して 子供が欲しいと 本心から 思いながら 夏子に 笑顔で 答えました。 でも 相手が いないし 妥協したくないというのも 登の 考えでした。
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夏子を 家主さんに預けていたその時 薫子は 京都の実家に行っていました。 美奈子さんの会社が 薫子の家で カフェをしたいという 計画がありました。 美山町の 重要伝統的建造物群保存地区で 観光客相手の カフェをしたいと 美奈子さんを 通じて 伝えてきたのです。 美奈子さんの 父親と 美奈子さん 薫子と 薫子の両親 兄夫婦で 話し合いました。 薫子の 両親にとっては 好条件だっての 話は まとまりました。 家の近くの 国道の近くに 新し家を建てて 元々の家を カフェにすると言う計画でした。 重要伝統的建造物群保存地区では 一番立派であると 登が 卒論に書いた家屋ですので 重量感があって 観光客が集まる と考えていました。 話の中で この家の価値が 一番わかっている 卒論を書いた先生(登のことです)を 開店時には 招待しようと言うことに なりました。 この招待するという話は 美奈子さんの 父親の会社で 1年後 実現することになります。
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登は 翌日 全員の営業会議の最後に 肺がんについての 話をしました。 全員が 新任の 外科部長が 適任だと いいました。 実績もあるし 手術も うまいというのが 評判でした。 登は 「美奈子さんは そんなに上手なんだ」と 思いました。 それを聞いて 翌日 相談を受けた人の家に 行きました。 お医者さんのことを 話しました。 相談していると 庭の向こうに 夏子が 手を振っていました。 登も 手を振りました。 可愛い夏子の話しになって 夏子の 母親についての 話しにもなりました。 「先の津波で ご主人が亡くなられて そこのスーパーで 母親が働いています。 笑顔が とても とても ステキな 母親なんだ」という話を 登は聞きました。 「えっ そうなんですか。」と 驚いた様子で 登が答えたので 家主さんは 不審な顔をしていました。 そんなこともあって その医者を 登が知っているので 紹介するという話しになりました。 家に帰ってから 薫子さんは 未亡人なんだと あらためて 喜んでしまいました。 人の不幸を 喜んでいるので 不謹慎だとは 頭の中では わかっていても そう思ってしまうのです。
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数日経って 美奈子さんが 診察日の日に 病院に行きました。 登もついて行きました。 登は 美奈子さんと 挨拶しました。 外に出て 待っていました。 しばらくすると 家主さんは 検査のために出ていきました。 そのあと 美奈子さんが現れて 登の隣に座りました。 美奈子: お話がありますので 時間作って下さいませんか。 登: 家主さんのことですか 美奈子: そうじゃなくて 個人的なことです。 昔のことを 謝りたいのです。 前にも 謝ったけど 私の本心が 伝わっていないような気がして 登: 昔のことは もう過ぎたことで 終わったことです。 謝ってもらわなくても 良いです。 美奈子は がっかりした様子でした。 それを見た 登は 食事に 美奈子さんを 誘うことになりました。 登は 美奈子さんが 自分のことを 引きずっていて 先に進めなかったらと 思ったからです。 登は 優しくなっていたのです。
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(筆者注; 美奈子さんが ズーッと 登のことが 気になっていたと 文中で書かれています。 でもでも こんなことは あり得ないと 私の経験から思います。 女性の人は 一度別れた人のことを 引きずらないと これも経験から 思っています。 でも私の作品の中には 「ロフトで勉強しましょ」 のように 何十年も思い続け 最後には 結ばれる話しもあります。 きっと 男性の私が そんなことを 願っているのかもしれませんね。 才色兼備で お金持ちの 仕事ばかりに関心がある 美奈子さんなら そんなこともあるかなと 思っています。 読者の皆様には 少し不自然とは思いますが ご容赦下さい。) 3日後 美奈子さんが 非番の日に 病院の近くの 喫茶店で 会いました。 登は 今日は逃げずに 話し会おうと思いました。 美奈子: 今日は 会ってくれて ありがとうございます。 登: いや こちらこそ 美奈子: 登さんは どなたか 好きな方が おられますか。 (登は美奈子さんが 直球で、、、 と思いました。 少し躊躇しながら 少し考えて) 登: 正直に言います。 好きな人はいます。 でもそれは 片思いです。 少し前までは 不倫だと思っていたのですが 不幸中の幸いで不倫ではありませんでした。 (明らかに 美奈子さんは がっかりした様子でした) 美奈子: そうですか。 相手は 誰なんですか。 私の 知っている人ですか。 (薫子と美奈子さんは 話し合っていたので 知り合いと思ったのですが それを話しても良い物かどうか すぐには 判断できませんでした。 黙って考えていました。) 美奈子: 話しにくいこと 聞いてしまったかな。
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登は 考えていました。 やっぱり 正直に答えた方が 美奈子さんのためにも 自分のためにもなると 考えました。 登: そんな事ないです。 相手は 私のことを 全く知らないので 秘密にしておいて下さいね。 必要があれば 私が 直接言いますので それまでは 秘密に 美奈子: 何度も言わなくても わかっています。 私は 口は堅い方です。 聞かない方が いいかしら 登: 美奈子さんが よかったら 話します。 美奈子: そんな重い話し 聞かない方が良いわ でも 私の推測では 登君も知っていて 私も知っていて それでいてこの近くに住んでいる人に 限られるのですよね。 (登は 話さなくても わかってしまう 美奈子さんに 驚いてしまいました。 美奈子さんと つきあっていなくて よかったと思いました。) 登: えっえー 美奈子さんは 鋭いですよね。 美奈子: 登さんは 一途だから きっと 相手が 誰であっても 永遠に 離れられませんね。 特に その人からは 無理と思います。 登: そうかもしれませんね。 美奈子さんは 人が見るめがあって 優秀ですよね。 美奈子: 私は そんなにも 優秀ではありません。 私は 人を 見るめなどありません。 例え あったとしても 人に好かれる能力は 全くないわ この深刻な話は つづきます。
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登: 好かれる能力という物が 人間に あるかどうかわかりませんが 少なくとも 美奈子さんは あると思いますよ。 病院のみんなに 好かれているみたいじゃありませんか。 美奈子: 病院のみんなは 私が 外科医だから そんなフリをしているだけ 登: そんな風に思っているんですか 昔 私と会った時 笑顔のアイコンタクトで 頑張っていたじゃないですか 美奈子: そうなんだけど 私には 友達のようには できないんです。 登: もう言ってしまいますが その友達は 薫子さんのことでしょう。 美奈子: やっぱり登さんが 好きな人は 薫子さんだったんですか 登: こんな風に言ったら 美奈子さんには悪いけど 薫子さんは 超人だから 比較しない方が良いのでは 美奈子: 薫子さんは 私にとっては 先生ですので 羨んだりはしていません。 登: そうそう わたしにも 先生です。 美奈子: こんな仕事をしているのに 人と会うことが 苦手なんです。 登: 人と会うことに苦手なのは 私もそうです。 父に代わって 会社を継いだから 仕方がなしに 人と会っていたんです。 でも 私は 愛されていると 思っています。 私の母親や 姉 会社の人や それに 、、、、、、、 薫子さんにも 薫子さんは 私に 笑顔で対応してくれるんです。 少なくとも 嫌いではないと思います。 美奈子: 薫子さんは 本当に超人だから 登君のことも 好きだとは思いますが たぶん つきあいたいとは 絶対思っていないと思いますよ。 登: もちろんそうだと思います。 それでいいんです。 私は好かれていると 思えるだけで 満足なんです。 美奈子さんを 愛している方も 必ずいるし これからも できてくる。 笑顔でいたら きっと そんな人が出てくるから 美奈子: 私も そう思いたいのですが 信じられないのです。 登: 友達のない私が 言うのも何ですか あなたには 薫子さんという 友達もいるではないですか。 美奈子: 薫子は最良の 友達と思います。 そうなんですよね。 でも この話は つづきます。
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登: すばらしい友達がいるじゃないですか。 きっと助けられたことも あったんじゃないんですか。 美奈子: なぜそれを知っているの そうなのよね 何度も 助けられたわ きっとこれからも 助けられると思うわ 登: 薫子さんに 頼んでもたらどうですか。 少なくとも 私に聞くより よい結果を もたらすと思いますよ 頼んだことありますか 美奈子: 聞いたことないです。 灯台もと暗しですよね 登さんも 薫子さんに 聞いてみたら 誰か良い人ないか 頼んでみたら 登: そんなー 友達でもない僕が 聞けません。 美奈子: 友達の友達は 友達でしょう。 登さんは 私の友達だから 薫子さんの 友達ですよ 紹介しましょうか 登: ありがとう 少し考えさせて下さい。 美奈子: そうですよね 登君は 薫子さんと 結婚したいと思っているのだから 友達では ダメですよね。 もう少し 作戦を考えた方が いいかもしれませんね 私のことは 薫子に 聞いてみます。 それから 雑談して いっぱい笑って 別れたのは 10時を過ぎていました。
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登は 美奈子さんから 薫子のご主人は 陽一君と言って 美奈子さんの初恋の相手であったことを聞きました。 それから 津波で行方不明なったこと 薫子が 「一週間経っても 何の連絡もないのは 亡くなったに違いない、 きっと 悲惨な遺体を見せたくないと 遺体が発見されないように したんだと思います。 そんなに 陽一君は 私を 愛してくれていました。」と 話していたことも 聞きました。 登は 薫子が 愛されていたんだと 思いました。 その目いっぱいの 愛情が 今も続いていて 元気に働けるんだと思いました。 そんなこんな事を考えると 登の 薫子への思いが 成就することなど 皆無だと 思いました。 でも でも そう思えば思うほど 薫子は 本当に良い人だと 思いました。 そして 薫子への 片想いを 続ける羽目になりました。 もし断ち切ったとしても きっと 誰とも 結婚などしないだろうという 予想もあったのかもしれません。 薫子は 登がそんなことを 思っているとはつゆとも知らず 時々 スーパーマーケットで 出会う登に 笑顔のアイコンタクトで 接していました。 美奈子さんは 口が堅くて おくびにも出さなかったのです。
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美奈子さんが 薫子に 結婚の相談をしたのは もう 涼しくなっていた頃です。 小さい子供と 一緒に食事できる レストランに 美奈子さんが 招待しました。 車で 美奈子さんが迎に行き ふたりを乗せて 郊外の 古民家の レストランに連れて行きました。 靴を脱いで 上がると 立派な庭が見える 畳敷きの座敷で 食事です。 食事のメニューは 和食を 少しずつで 見かけは 少なく見えますが 全体としては 相当な量です。 しっかり食べた後 美奈子さんは 薫子に 「結婚の相手を探して下さい」と 少し顔を赤らめながら 頼みました。 薫子は 何か頼み事があるのかとは 思っていましたが 結婚の相手を 探すとまでは 思っていませんでした。 プライドが高い 美奈子さんだと思っていたので 結婚というような大事なことを 頼んでこないと 思っていました。 晴天の霹靂とでも言えばいいでしょうか。 薫子は 「わかりました。 二番目に良い人を 紹介しましょう。」と 答えました。 「世界で 一番目は もちろん 陽一君ですので 陽一君は 私のもの それで 二番目に良い人を 探しましょうね」と 付け加えました。 美奈子: ありがとう とびっきりの人を お願いします。 薫子: 頑張ってみます。 仲良くできる人なら 良いですよね。 美奈子: 薫子さんは 陽一君と 仲良かったけど ケンカなんか 一回も しなかったでしょう。 薫子: そんな事ないです。
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美奈子: あんなに優しい 陽一君と ケンカしたの 薫子: 一度だけですよ 一度だけ その後は 気を付けていましたから ケンカしたことはありません。 美奈子: どんなことで 薫子: テレビを見て すこし 論戦になったんです。 美奈子: そうでしょうね。 薫子さんが ケンカするなんて 考えられないですもの どんな論戦なんですか 薫子: 思い出しますよね あのケンカ 今となっては 楽しかったです。 美奈子: へー あとになって 楽しいケンカなんですか。 そこが 薫子さんですよね ますます気になります。 どんな論戦だったんですか 薫子: あれは 結婚して 和歌山にいた頃かな テレビでね 「夫が死んだ後 残された妻は 結婚すべきかどうか」と言うことを トークしていたんです。 私は 再婚しないと言ったんですが 陽一君は 再婚してと 言うんです。 するしないで 相当 言い争いになったんです。 美奈子: 陽一君は どんな風に言ったの 薫子: 陽一君はね 『僕が死んだ後 薫子が幸せになることだけを 願っています。 ひとりで 淋しく生きていく 薫子のことを思うと 死んでも死にきれない』と 言って譲らなかったの 美奈子: ふたりは そんなことで 論戦って 仲が良いわね 薫子: その時は 仲が悪くなったわ その夜は 一緒に寝なかったくらいですから
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美奈子: 薫子さんは 仲のよいことで いつも 一緒なんですね でも 病気のときは 違いますよね。 薫子: 病気のときも 一緒ですよ どんな風にしても うつりますから 早くうつった方が ふたり同時に治るし 美奈子: ふたりとも 病気になったら 食事の支度は 誰がするの 薫子: それは大丈夫 その時用に 用意してあるの おかゆの冷凍とか 白身魚とか 梅干しとかを 一緒に専用の お皿にパックしてあって パッと出来上がるの。 ふたりで それを食べるときって 一緒にいられて 幸せです。 ひとりだけで 病気になったら 孤独でしょう 美奈子: そこまで あなたたちは 仲がよかったのね 陽一君を越えるほどの 人が現れることは ないわね 薫子: 当たり前です。 美奈子: でもですよ もしもですが 薫子さんを ものすごく大事に思う人が現れたら どうします。 陽一君と 同じくらいの人が 好きだと言ってきたら どうします 薫子: そんな事ないと思います。 美奈子: だから もしもです。 薫子: 陽一君より良い人なんて 現れないです。 美奈子: そうじゃなくて もしも 現れたらです。 薫子: なんでそんなこと聞くんですか 美奈子: 何となく聞いてみたいの 本当にどうするの 薫子: きっと 応えられないと思います。 美奈子: 陽一君は 結婚するように 言っていたんじゃないの 薫子: それは 私が幸せになるようにと 言っていたんだから ひとりでも 充分に幸せなら 良いんじゃないの 美奈子: ちょっと違うような気がするけど
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薫子: そんな事ないよ 私は今のままで 幸せよ 美奈子: 夏子ちゃんには お父さんが必要だわ それに あなたにも 陽一君と同じくらいの 人がいたら 良いでしょう 薫子: 私は今でも良いけど 夏子には お父さんが必要なことは わかるわ 美奈子: だったら 私が見つけてあげるわ 薫子: そんなー 美奈子: ところで 私のお相手は 心当たりがあるの 薫子: 家主さんの 息子さんが良いと思うの 良い人 とっても優しくて 親孝行なの すこし 頭が薄くなっているけど 見かけじゃないわ それに お金持ちだし お父さんや お母さんは 良い人よ 美奈子: 今は何をしているの 薫子: 東大を出て それから 昆虫の研究をして 大阪の 大学の先生を しているみたい。 新しい昆虫を 見つけて 親の名前を 付けたみたいよ。 もし結婚したら あなたの名前の 昆虫も出来るかも 美奈子: それは止めて欲しいわ
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薫子: 教授は ノミが なぜ飛ぶかの研究では 第一人者らしいですよ。 あの小さなのみが 高く飛ぶって 不思議よね あった時 話をして下さったことが あるわ 全くわからなかったけど 美奈子さんなら きっとわかると思うよ よくわからないけど ノミの骨格に 秘密があるそうです。 人体と同じでしょう 美奈子: そんなこと 人間とノミは全く違います。 そんなことを話しながら 時間は過ぎ 今度 教授を 紹介してもらうことにしました。 美奈子は 少しだけ 嬉しいような気がしました。 ノミの研究の 第一人者って どんな教授か 会ってみたいと 思いました。 同じ季節のころ 登は 家主さんの家を 訪ねていました。 美奈子さんの病院で 肺の一部の摘出手術を受け 抗がん剤治療を受けた後 退院してきていたのを 見舞うためです。 家主さんは 抗がん剤治療のために 相当痩せて その上 髪の毛が無くなっていました。
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あまりにも痛々しそうなので 登が そのようなことを言うと 家主さんは 「『これで大丈夫です。』と 美奈子先生が おっしゃっておられました。 治療のときは 死ぬかと思ったけど 今は もうだいぶ元気になってきて 食欲もあるし 万全です。」と 笑って話しました。 「美奈子先生は 上手だから もう完璧です。 良い先生を 紹介してくれて ありがとうございます。 美奈子先生は 登さんと お友達と 言っていましたが どんな友達なんですか」と 聞いてきました。 登: どんな友達って言っても 先の震災のときに ボランティア活動で 知り合ったんです。 あの時は みんな若かったです。 まだ大学生で 美奈子さんは よく働いていました。 私は 美奈子さんの指示で あっちに行ったり こっちに行ったり していました 家主さん: それなら 『パシリ』じゃないですか 登: 今から考えると そうかもしれませんね。 でも 美奈子先生の 指示は いつも的確だったから そうするしかなかった (ふたりは 笑ってしまいました。) 家主さん: 次の 土曜日に お月見 観月会をすることになっています。 十七夜の立ち待ち月なんだけど 皆さんが集まり易いかと 思って決めたんです。 毎年していますが 今年は 病気で お世話になった 美奈子先生や 登さんにもきて欲しいです。 たいしたものは出ないけど 心から接待するから きてくれませんか。 登: お月見なんて 何年ぶりでしょうか。 どのような方が こられるんですか。 家主さん: いつもは 前の 入居者の方にも 来てもらっています。 夏子ちゃんも 来ますよ
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登は 夏子ちゃんが 薫子の子供であることは 知っています。 家主さんの話では 薫子さんも お月見の 準備に 来られるというのです。 家主さん 土曜日は 必ず来ると言って 帰りました。 どんな服を着ていこうかと 悩んだり 何か持って行った方が良いか 悩んだり 時間より 早く言った方が良いかとか 悩んだりして 仕事が手に付きませんでした。 悩んだあげく お月見チョコレートというのが お店で売っていたので 買って 早めの時間に カジュアルな服装で 出かけました。 早めだったので 肝心のお月様は 出ていませんでした。 庭には 電灯が 吊り下げられ 一段高い 物干し場の上には お部屋から 持ち出して 畳が並べられていました。 家主さんは 二三日しか経っていないのに 元気になっているように 見えました。 お土産の お月見チョコレートを渡すと 家主さんは 薫子さんに頼んで 宴席に 並べてくれました。 座って 手早く用意をする ご婦人たちを見ながら 待っていました。 もちろん 目は いつも 薫子を見ていました。
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登は チラ見をしていたのを 家主さんは しっかと見ていました。 家主さん: 薫子さんに 何かご興味でもあるんですか (少しあたふたしながら) 登: いや別に (意地悪に) 家主さん: 薫子さんばかり見ているので 何かあるのかと思って 登: 家主さんだから 本当のことを 話しますが 他の人には 黙っていて下さいよ お願いします。 家主さん: えっ 秘密って どんな 私は 口が堅い方ですが 聞かない方が良いですか 登: やっぱり話しておいた方が 良いと思いますので 話します。 そんな話を 始めようとした時 月が 綺麗に 東の空に出てきた。 家主さんが まず乾杯の音頭をとって 宴席が始まりました。 会が盛り上がった頃 家主さんは 美奈子先生を みんなに紹介しました。 大変感謝している様子が みんなには 感じられました。 宴席には 登の持ってきた 月見チョコレートは なかなか人気があって みんな食べていました。 薫子は お手伝いの方に 回っていて その代わり 夏子ちゃんが 楽しんでしました。 夏子ちゃんは 登のところにもやってきて 「このお月見チョコレートは 可愛くて美味しいよ おじさんも おひとついかが」と 持ってきてくれました。 「夏子ちゃんありがとう」と もらいました。 それから 登は 「夏子ちゃんのお母さんは きれいなひとでいいね」と 言いました。 夏子ちゃんは 笑いながら 「お母さんは とても綺麗なのよ。 人気もあるの それに笑顔が良いって みんなに言われているのよ おじさんも お母さんのこと 好きになったんじゃないの」と いきなり聞いてきました。
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小さい女の子に 突然そんなことを言われて 心の中は 狼狽しました。 表面上は 平常心でいるようなそぶりを見せました。 しかし 夏子ちゃんは それも見抜いていて 「おじさん 少し汗が出ているよ。 涼しい夜なのに」と 不思議そうに 見ていました。 「誰もが お母さんのこと好きなのよ。 私もそうだけど」と 言って お菓子の方に行ってしまいました。 登は ホッとしました。 考えすぎていた 登は ため息をついて 月見チョコレートを 口に入れました。 そのころ 薫子は 家主さんの息子で 大学教授の 聡さんに 美奈子さんを紹介していました。 聡さんは 父親を すくってくれて 大変ありがたく思っていました。 ふたりは 月が見える 家主さんの 2階のベランダで しばらく話をすることしました。 前もって 薫子が 家主さんに お願いして その場を作っていたのです。 料理も 特別のものを 用意してあって ゆっくりとできるものに なっていました。 聡: 父親の手術ありがとうございます。 美奈子: 何度も お礼を言っていただいて 恐縮です。 仕事ですから 聡: 私にとっては 大切な父親ですから
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美奈子さんと聡さんの 見合いのようなものは 続きます。 聡: 私は 親に学費をすべて出してもらって 家業も継がずに 好きな 勉強をして あまり家にも帰りませんでした。 親孝行とは 無縁で 申し訳ないと思っていたんです。 突然の癌宣告で びっくりしました。 『親孝行したい時に親はなし』になるところでした。 美奈子: 学業で 成功されているのですから お父様も お喜びじゃないんですか。 病院で 聡さんのことを 自慢されていましたよ。 『虫に 自分の名前をつけてくれた』と 聡: そうでしたか。 知りませんでした。 見当を付けて 探すと 案外見つかるんです。 美奈子: 私に見つかりますか。 聡: もちろん 運があれば 見つかります。 新種かどうかの 判定が 難しいですけど 美奈子: そうですよね。 聡: 今度一緒に行きましょうか。 沖縄ですけど 美奈子: 沖縄って良いところですよね 私も連れて行ってもらおうかしら 聡: 観光じゃないので 面白いかどうかわかりませんよ。 昆虫に興味がないと 面白くないかも知れません。
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美奈子さんと 聡さんの 話は 盛り上がりました。 沖縄に 一緒に行こうと言うところまで 言った時に 美奈子さんの 仕事用の 携帯電話が鳴りました。 医療用と書かれた たすきが付いたピッチを取り出しました。 近くで 事故があって たくさんの患者が やってくると 連絡があったのです。 話しもそこそこにして 病院に急ぎました。 話はまたと言うことになってしまいました。 薫子は 横から見ていて 残念に思いました。 聡さんに 美奈子さんの メールアドレスを 告げて 「連絡して下さいね」と 話をしました。 お月見は 10時近くになって 夏子ちゃんが 眠たそうにしたので 薫子は 家に連れて帰って 寝かしてきました。 それから また家主さんのところにやって来て 後片付けををしました。 登も 畳を 元の場所に 持って帰る役をしました。 月が 高く上がった頃 後片付けが 終わって みんなは帰り始めました。 薫子と 登は 一緒になりました。 ほんの 数十メートル 一緒に歩きました。 月が明るくて 薫子の 横顔が はっきり見目ました。 別れ際に 薫子は 登に 笑顔のアイコンタクトを 投げかけました。 登は 「お休みなさい」と 言って別れました。
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別れた後 月夜の道を 家まで帰りました。 登は やっぱり 薫子さんが良いと 思いました。 きっと 片想いのまま だろうが どうせ 結婚しないのなら それも良いかなと思いました。 ひとりで 何でもできるようになったとまでは 言わないまでも 料理も 洗濯も 掃除も 出来るようになっていました。 究極で考えれば 時々 薫子さんの 笑顔が見られれば いいとまで考えていたのです。 結婚より もっと楽しいことがあると 思っていたのです。 登の趣味は 学生時代は 「ひと筆書きの研究」をはじめ 世間的には 役に立たない 事柄を 調べることでした。 40才近くなると そのようなことも もう種切れとなって 新しい発明を 考えていました。 すべては 役に立ちそうもない 発明です。 でも 考えるだけで ウキウキしていました。 会社で扱っている医療器具は 進歩の早いので 興味がありました。 勉強も必要で 閑な時は 文献を読んでいました。 登は 趣味に 仕事に忙しい時間で 結婚については 全く余裕がありませんでした。 家族の 姉や母親は もう諦めていたのです。
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母親や姉は 自分の殻に閉じこもって 何をしているのかわからない 登を 遠くから見ているだけでした。 母親は 先に死んでいくので 心配でした。 姉にも 後を頼むと と言っていました。 姉は 頼まれてもと思いましたが とりあえず 「はい」と答えておきました。 薫子は 家主さんに 聡と美奈子さん の仲を 取り持って欲しいと 頼んできました。 聡は 研究ばかりに力を 入れていて このままでいけば 結婚しないので なんとか 美奈子さんと 結婚できるように 図って欲しいというものでした。 ふたりは 仕事が 目いっぱい忙しいので このまま 誰も何もしないと 自然消滅すると 考えたのです。 薫子は 美奈子さんに連絡して 聡にメールするように 勧めたのです。 沖縄に 虫取りの 旅行に 一緒に行くことができるように 聡さんにも 家主さんを通じて 連絡しました。
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ふたりは 忙しい中 前準備のため 病院近くの 喫茶店で 会うことになりました。 美奈子さんは いつもの 白衣姿ではなく 髪は内巻きにして オレンジの髪飾りを付け 服は 同色のワンピースと 少し濃いめのファーの着いたコートという出で立ちでした。 更衣室で着替えて そーっと 病院を出ようとした時 仲間の看護師さんに 見つかってしまいました。 いつもの テキパキとした やり手の 美奈子先生とはちがって お嬢様のようになっていました。 看護師さんたちは 「きっと 何かある。 絶対デート」と 確信して みんなに しゃべってしまいました。 聡は 美奈子さんが すぐには わからない位でした。 方や 聡さんは いつもと 全く変わらない 服装です。 ふたりは おきまりの挨拶をして 対面して 座りました。 お店の端で見ていた 薫子は 横に座ればいいのにと 目配せをしましたが ダメでした。 美奈子: 沖縄はまだ暑いのでしょうか。 聡: たぶん 暑いほどではないと思いますよ。 もう一度聞いておきたいのですが 今回は 昆虫採取です。 虫は嫌いではないでしょうね。 美奈子: 大丈夫です。 聡: そうですか。 大学のゼミで 昆虫採集に言った時 いろんな虫が出てきて 女学生の中に 悲鳴を上げる者がいて 困ったことがあるのです。
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美奈子:それは大丈夫 私は虫には強いのよ。 高校の時に あの薫子さんと 同じクラブだったんですけど 作法室に ゴキブリが出たの そしたら 薫子は 「きゃー」と 大声を上げました。 後に旦那になる陽一君が 硬直しながら それを見ていました。 私は すぐにティシュで パッと捕まえて ゴミ箱に捨てました。 大丈夫です。 聡: それは頼もしい。 外科医ですもの 当然かも知れませんね 美奈子: 虫に強いと言うことを 強調すると みんなが 引いてしまうので そんなこと 言わない方が 良いですよね。 聡: 世間ではそうかもしれませんが 私は そんな方大好きです。 美奈子: 聡さんは 虫好きですから そうですよね。 今度の旅行は どんなものですか。 聡: 旅行じゃなくて 昆虫採集です。 場所は 空港から 車で 1時間くらいのところです。 私は 穴場と考えています。 美奈子: 新種見つかりますでしょうか 聡: それはわかりませんが 一年に ふたつくらい見つけていますので 今年は まだ ひとつしか見つけていないので 見つかるかも知れないな 運と勘なんですが 美奈子: 私は そんなことに運があるかわかりません。 聡: それはそうですよね と言って 楽しく話しているのを見た 薫子は コーヒーを飲み終えて 先に店を出ました。
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その場は 安心して 帰りました。 美奈子さんからは 「一緒に行くことになったんで どんな服が良いかしら」と 嬉しい相談を 受けました。 ふたりは似合いのカップルだと 思いました。 そんなふたりが 薫子の部屋を 訪ねてきました。 三歳の 夏子ちゃんは ふたりに挨拶しました。 どんなときにも 薫子に似て 笑顔の夏子ちゃんは きっちりと 挨拶するので みんなの人気者です。 美奈子さんも 聡さんも 薫子さんではなく 夏子ちゃんに 感心があるのか いろんな話をしました。 幼稚園での 運動会や もうすぐある 音楽会の話を しました。 美奈子さんが持ってきた ケーキをみんなと 一緒に食べました。 2時間くらい話した後 ふたりは 家主さんのところに 行ってしまいました。 帰った後 夏子ちゃんは 母親の 薫子に 「私には お父さんが できないものかな」と なにげに言ったのです。 薫子は 写真の 陽一君を お父さんといつも教えていて 三度の食事の時や 寝る時には いつも見ていました。 それなのに 夏子ちゃんは なぜ お父さんのことを 言うのだろうと 考え込みました。 薫子にとっては 陽一君の存在は 大きいものですが 夏子ちゃんには 全く記憶がないのは 当然と言えば 当然だと思いました。
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薫子は 母親として 精一杯していて 亡くなった父親のことも 目いっぱい 言っていたのにもかかわらず 夏子ちゃんの口から 「私には お父さんが できないものかな」と言うことを 始めて聞きました。 やっぱり小さな子供には 母親と父親が必要だと 感じました。 それから 夏子ちゃんは そのことには 触れなくなりました。 三歳なのに 母親の 心の中を 察しているなんて それが 余計に 心にしみて 泣いてしまいました。 だからといって 陽一君より 愛せる 新しい 父親を 薫子が 探せるわけもなく 何もせずに 時間が過ぎていきました。 音楽会や 秋の親子遠足 でも 父親が 参加する 行事が続きました。 夏子ちゃんが そんな父親たちを 見ているのを 薫子は 見ていました。 どうすればいいのか わかりませんでした。 そこで 人生の師と仰ぐ 小学校の先生のところに 相談に行くことにしました。 ちょうど 美奈子さんが 実家に かえる用事があるというので 日曜日に 美奈子さんの車で 美山町へ 三人で 行くことになりました。
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先生には 美山町のレストランで 会うことになっていました。 そのレストランは もと薫子の実家で 今は 美奈子さんの お父さんの会社の レストランになっているところでした。 美奈子さんは 薫子から 話の内容は 聞いていました。 重い話だと思いました。 美奈子さんには その答えが出ないと 思っていましたが ジックリ考えると 登のことを 知っているので 「一途な登なら 陽一君を 越えることも出来るかも」とは 考えていました。 しかし そのことは 秘密にすると 登君と約束したので 話すことは出来ませんでした。 車を運転しながら それ以外の 無難な話をしながら レストランに到着しました。 もと 薫子の家に 到着です。 外観は 薫子が 子供の時と ほとんど変わっていませんでした。 それどころか 何かこざっぱりしていて 新鮮な感じを受けました。 先生は 既に着いていて 一番奥の座敷にで 待っていました。 薫子が住んでいる時は この座敷には 殆ど 来ることはなかったのです。 庭からは 紅葉した 山々が 見えました。
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先生との 相談は 食後と言うことで 美味しい料理を 食べました。 山菜などの 珍しい食材が 使ってありました。 夏子ちゃんは 子供用の 食べやすいものが 特別に用意されていました。 夏子ちゃんに 薫子は 食べさしながら 自分のも食べ そして 話しもしていました。 美奈子さんは 「母は 強いな」と思いました。 デザートの くず餅と 濃い煎茶が出てきて 食事は終わりました。 夏子ちゃんが 「ごちそうさま」と言いました。 みんなも同じように 「ごちそうさま」と言って 笑顔になりました。 美奈子さんが 話がしやすいように 夏子ちゃんを 家の「探検」に 連れて行きました。 薫子は 先生の 横へ近づいて 座りました。 数々の 相談にのってもらった先生は もう 80才を過ぎていましたが 往年の かくしゃくとした 様子は 変わっていませんでした。 疑問に何でも ずばっと 答える 先生は 健在でした。 先生: 薫子ちゃん いや 薫子さん 相談は どんなことですか。 あなたのことですから 相当 答が難しいのでしょうね。 薫子: この様な相談を すること自体 正しいかどうか わかりませんが 聞いてもらえますでしょうか。 先生: 予想通り 難しい相談なのね
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薫子: うちの子供が 「お父さんが欲しい」というようなことを 言うのですが 先生: それは 子供としては 当然の ことよ 薫子: 私もそう思います 私は 夏子のために 結婚した方が良いのでしょうか。 先生: それは違うと思います。 子供が 父親を欲しがるのは 当然だけど 父親は 本当の父親でなくてはなりません。 薫子: それは 陽一君だけという意味ですか。 それなら不可能です。 先生: もちろん 陽一君は 第一の候補です。 本当の父親は 陽一君だけではありません。 薫子: それはどういうことですか。 先生: 薫子さん わかっていらっしゃるんでしょう。 それは 暖かい家族を作ることが出来る 父親と言うことです。 薫子さんが 本当に愛せるひとで 薫子さんと 夏子ちゃんを 本当に愛せるひとなら その人は 本当の父親に なれるんじゃないですか。 薫子: そんな人が 現れるでしょうか。 私が愛せるひとは 陽一君以外には ないと思います。 先生: 今はそうかもしれませんが 時間が経てば 現れるかも知れませんよ 薫子さんのことですから 薫子さんのことを 好きになっているひとが もういるかも知れませんよ。 薫子: 私のような 子連れのようなものを 好きになる人なんかいないと 思います。 先生: 薫子さんは あなたの笑顔が どんな力を 持っているか 知らないわけないでしょう。 あなたの笑顔に 魅了されない方は 相当 心がひねくれているとしか 思えませんよ。 薫子: そんな~
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先生: 薫子さんは 鈍感だからね。 亡くなられた陽一君も 会ってから 5年目に わかったんでしょう。 一途の陽一君に 気付かなかったんでしょう。 薫子: それはそうなんだけど 陽一君は 私に何も言ってくれなかったし 先生: 言わなくても 様子でわかるでしょう。 薫子: 言われないと わからないわ 先生: 普通の人は それがわかるのよ 薫子: そうなんですか 知らなかったです。 先生: 何度も言うようだけど 美奈子さんって いったでしょう あの方に聞いてみたら 薫子: そうします。 そんな話をしている時に 美奈子さんと 夏子ちゃんが 帰って来ました。 重い話は終わって 先生を 家に 送っていくことになりました。 道すがら 先生は 美奈子さんに 「薫子さんを 好きだと思っている方 知っているんでしょう」と 爆弾発言です。 美奈子さんは 少し取り乱しながら 「そんなこと私は知りません。 薫子さんは 人気があるから きっといらっしゃると思いますが 知りません。」と 答えるのが 精一杯と言うところでした。 先生は もうそれ以上には 聞きませんでしたが はっきりとわかったようです。 しかしながら 薫子は 「やっぱり 美奈子さんは 知らないんだ。」と 思いました。
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先生を 家まで送った後 美奈子さんの車で 近くの駅から 家に帰る途につきました。 美奈子さんは 結婚の許しを得るため 親に会いに行きました。 薫子は 車窓から 紅葉を見ながら 「先生は あんな風に言ったけど 私なんて 愛してくれる人など やっぱり いないよね~」と つぶやきました。 「それに ハードル高いよね。 陽一君より 良い人なんて そんな人いるわけないよね。 何年間も 一途だった陽一君より 私を愛してくれる人は いない 先生は 私に いつも正しいことを 言ってくれるのに」 スッキリしない気持ちで そんな風に思いました。 答えが出たようで 出てないような思いでした。 夕方 家までたどり着きました。 夏子ちゃんと 家に入ろうとすると 登が 家主さんの家から出てきました。 薫子は 軽く 笑顔のアイコンタクトをすると 登も 笑顔のアイコンタクトで 応えました。 そのあと お部屋に 薫子は 入ってしまいました。 登は 入っていく様子を見ながら お部屋の前を 通り過ぎていきました。 時間は 過ぎて 寒い冬が やって来ました。 クリスマスイブの日が 来たのです。 (明日からは クリスマス特別企画です。 いつものように すこし 変わったことが起こるかも知れません。 期待せずに お読み下さい。 なおタイムリーに この ブログ小説をお読みの方は 次回は 夏でも クリスマスイブと ご認識下さい。)
150 クリスマス編その1
薫子のスーパーマーケットでの 仕事は この日は 大変忙しかったです。 商品出しや レジの仕事も 忙しく 働きました。 どんなに忙しくても なじみの客には 笑顔のアイコンタクトで 応対していました。 登も クリスマスに使う 鶏肉と ケーキの材料の イチゴなどを買って 薫子の レジを通りました。 登と 薫子は レジでは 少し話が出来るくらいの 仲になっていて 「クリスマスを されるんですか。 ご自分で ケーキを作られるんですね」と 薫子は レジをしながら 声をかけました。 登は 「今年は 少し大きめを作ろうと 思います。 食べるのは 私と 母親だけですが、、、 あなたも如何ですか」と 応えました。 薫子は 「ご冗談を」と 言って お釣りを渡して 登のレジは 終わりました。 「今のお客様は いつも お冗談が 多いわ」と 内心思いました。 忙しいため 残業になってしまいました。 暗くなって 大きな紙袋を持って 家に帰りました。 今日は 隣の おばさんが 夏子の世話をして下さっていたので 紙袋を 隣と 塀の間に 置いて 迎えに行きました。 元気に 夏子が出てきて お礼を言って 家に入りました。 テキパキと 夕食を作りました。 テレビの横に飾ってある 陽一君の写真に向かって 日課の 「頂きます」と 言って 食べ始めました。 今日は 食後には イチゴのショートケーキを ふたりで仲良く分けて 食事を終わりました。 夏子も手伝って 片付けたあと 薫子は 夏子ちゃんと 少し遊び お風呂に入って 写真の 陽一君にふたりで 「おやすみなさい」と 言って お布団に入りました。 いつも 薫子が 夏子ちゃんに 少しだけ絵本を読んで 寝入ります。 夏子ちゃんが寝入ると 後片付けをするために 薫子は 起き上がりました。 今日は クリスマスイブ 薫子は 買ってある クリスマスプレゼントの 紙袋を 取りに外に出ました。 外は 寒かったです。 見上げると 満天の星空です。 薫子は 「陽一君 私は どうすればいいの」と つぶやきました。 その時 流れ星が 一筋見えました。 紙袋を持って 家の中に入りました。 夏子ちゃんの枕元に サンタさんお手紙に書いてあった ぬいぐるみと お菓子と手袋を置き 自分の枕元には マフラーと手袋を置きました。 もう一度 陽一君の写真に 「おやすみなさい」と言って 薫子は お布団に入りました。
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薫子は 疲れていたので すぐに寝入りました。 いつもは 2時頃目が覚めて 用をたすのですが、 この日は 起きませんでした。 薫子は 夜よく夢を見ます。 夢は 現実的で もちろん カラーです。 生きている時も 陽一君の夢を 見ていたのですが あの災害があった頃から 月に一度くらい 夢の中に 出てきました。 多くは 楽しかった 食事風景や 和歌山や 広島の風景のなかに 陽一君が 笑って 出てきていました。 昔から 言葉は ほとんど ありませんでした。 その夜も 陽一君が出てきました。 いつもとは 違って 何か リアルなように 薫子は 思いました。 後ろの景色は ありません。 真っ白な空間でしょうか。 いつものように 笑っていました。 若々しく 二十歳前後 見えました。 いつもと同じです。 しかしこの日は いつもと違って 陽一君が 薫子に 話しかけたのです。 『薫子さん いつも私のことを 思ってくれて ありがとう。 もう 3年も経つのに 毎日 朝な夕なに 私の写真に 話しかけてくれて 本当に 感謝してます。 私が 突然になくなって 薫子さんが どんなに心配したかを 考えると 心が痛みます。 まず 津波に 私が襲われた時のことから 話します。 私は 仙台の 不動産屋さんと 一軒目の 海が見える 家に行ったんだ。 3時を過ぎた頃かな 海のすぐ近くで 夏には 海水浴も出来るそうです。 夏子が その頃 湿疹が出来ていたから 海水浴も良いかなと思っていたんだけど あまり海の近くは チリの地震の時に 大きな津波が押し寄せて 危ないかと思って 次の 家に向かったんだ。 次の家は 海辺で 小高い丘の上にあって 家は古いけど しっかりしているという話だった。 車に乗って しばらくすると 揺れが起きた。 自動車は 慌てて 停まった。 ラジオをつけると 大きな地震が起きて 津波が 3mから5m来ると言うことを 報じていました。 海岸線を ズーッと走るので 僕が 津波大丈夫と聞くと 3mから5mだから 大丈夫と 答えた。 ナビの 高度計が 10mを示していたし 防潮堤が 10mあるから 大丈夫とも 答えたんだ。 安心して 走っていると 急に 向こうの方に 水が見えた。 その水が ものすごい勢いで 近づいてきた。 車は停まったけど 水の勢いは 弱まらない。 運転手は バックしようとした。 私は 窓を慌てて開けた。 そこへ海水が ドッと流れた。 私は 窓から出た。 車は 少しの間だけ 浮いていたが すぐに沈んだ。 僕は こう見えても 泳ぎには 自信があったから 山に向かって 泳ぎ始めた。 しかし 夏とは違って 厳冬の冬 私の体の熱を すぐに海水は 奪ってしまった。 私は もうダメだと思った。 このままでは もうダメだと思った このまま死ぬと 薫子が 心配すると思った。 そこで 僕は 大きな決心をした。
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僕は 山までは 絶対に泳げないと 確信した時 海に向かって 泳ぎ始めた。 ここで死ぬと 私の遺体は そこらの がれきの中に 挟まって 悲惨な姿で 薫子に見られてしまうと考えました。 先にあった インドネシアの 大津波の時の話を 思い出したのです。 筆舌を絶するような そんな 状態を 見せたくないのです。 少し泳いでいると 気が段々遠くなって 意識を失いました。 何時間か経つと 私は 空から 自分自身を 見ていました。 自分が 死んだことを 確認しました。 私の遺体は 引き潮の時に 太平洋へと出て 数日の後 太平洋の 底に 沈んでしまいました。 私の遺体が 発見されることはありません。 もう存在しません。 薫子さんに 見る事はできません。 そんなことが起きて 私は 死にました。 しかし 薫子さんと 夏子ちゃんのことが心配で 私は この世に 残ってしまった。 あれから もう三年 私は いつまでも この世にいることは出来ません。 それに 私がこの世にとどまっていたら 薫子さんと 夏子ちゃんが 幸せになることも 出来ません。 だから 今日限りで もっともっと高いところに 移ります。 そこにいても 私は 薫子さんが見えます。 夏子ちゃんももちろん見えます。 愛し続けます。 しかし しかし 、、、、、、、』 と 陽一君の声は とまりました。
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夢に中では いつも 薫子は 話が出来ません。 声が出ないのです。 しかし今日の夢に中では 声が出て 陽一君と しゃべることが出来ました。 薫子: 陽一君が なくなった様子が わかって 良かったです。 私も 陽一君を 愛し続けます。 陽一: 僕を そんなに 思ってくれて ありがとうございます。 でも 私を 愛してくれるのは ありがたいんだけど 私は もういないんです。 薫子さんが 私を愛してくれても 私は あなたに応えることは出来ません。 薫子: 私には 陽一君の 思い出があります。 それで 充分です。 陽一: 僕は 私が愛した薫子さんが もっと もっと 幸せになって欲しいのです。 私の思い出だけでなく 応えられるものでなくては 、、、 あなたの中の 僕の記憶を 消してしまいます。 僕を忘れて 新しい人生を 送って下さい。 薫子: 私の記憶を 消してしまうって それは止めて下さい。 陽一君の 記憶がなくなったら 私の 今までの 人生は 何になるのでしょう それだけやめて欲しいです。 陽一: ありがとうございます。 それは止めておきます。 でも 私の思い出だけではなく 新しい人生を 送って下さい。 薫子: そんな事言ったって 陽一君以上に 私が愛せるひとは出てこないし 陽一君以上に 私を 愛してくれる人はいないと 思います。 陽一: 僕が 高いところから 見ている限りでは ひとりいるみたいです。 きっと 僕と同じ性格で 絶対 僕以上に 薫子さんを 愛していると 思いますよ。 薫子: 陽一君は そんな人を知っているんですか 陽一: 知っています。 私は 人間じゃないんですよ。 仏様の一員になっているんですよ。 まだまだ修行の身ですが (段々と 夢の中の 陽一君は 背景の白と 溶け合って 見えにくくなっていきます。) 薫子: 陽一君 陽一君 薫子は 陽一君の名前を 何度もよびました。
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薫子は 実際声を出して 陽一君を 呼びました。 そばに寝ている 夏子ちゃんがびっくりして お母さんを 揺り動かし 「お母さん どうしたの」と 言ったので 目が覚めました。 『夢だったのか』と おもいました。 いつもの夢より リアルだし 第一 話が出来たのは どういうことだろうと思いながら 心配そうに 夏子ちゃんが見ているのに 気が付きました。 眠そうな 夏子ちゃんを まず 寝かしつけました。 夏子ちゃんは すぐに寝入りました。 薫子も 夏子ちゃんの そばで 横になりました。 しかし 目が覚めて 眠ることが出来ません。 夢だったのか それとも 現実だったのか どちらだったんだろうと 考え込みました。 陽一君は 亡くなっているので 現実ではないと思いましたが でも 夢にしては リアルだし 亡くなるくだりなんか 私が全く知らないことだし と思いました。 今日はクリスマス 神さまの プレゼントかも知れないと 思うことにしました。 陽一君が言っていた 『私が幸せになることを 望んでいる』という言葉を 信じました。 私をあんなに 愛してくれた 陽一君だから きっと それは正しいと 思いました。 結局 ウトウトしながら 朝を迎えました。 その日は 木曜日で 薫子は スーパーマーケットが休みの日です。 朝から 夏子ちゃんを 保育所に送っていってから 日頃出来ない掃除と 洗濯を 手際よくすませました。 10時頃には 年末の大掃除も 終わってしまいました。 昨晩あまり寝られなかったので ソファに座って 寝てしまいました。 そしたら 夢の続きを 見始めたのです。
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夢の中のような 感じが 薫子にはしました。 背景が 白っぽくて なんか夢のような 様子でした。 その中に わかい女性が 現れました。 その女性が 『私は 妖精の 星子です。 あなたは クリスマスイブの夜 流れ星に 願いをかけたでしょう。 神さまがね 私に あなたを 助けに行く様にと 指図されたから来ました。 まず あなたのことを 思いつつ 亡くなられた 陽一さんを あなたの前に現せたんです。 陽一さんの 気持ちは わかりましたか。 夢ではなく 陽一君の 本意ですよ。 わかりましたか』 と 話しました。 薫子: わかりました。 星子: 陽一さんや 恩師の先生が おっしゃるように あなたを 陽一君と同じように 愛している人が います。 あなたは わからないんですか。 薫子: 妖精さんは 私の先生のことも 知っているですか。 星子: 神さまから頂いた 資料に載っていたわ もっと他にも 知っている方は 大勢おられるのよ 知らないのは あなただけ と言っても 良いくらいです。 薫子: それじゃ私って 全くの 鈍感みたいじゃないの 星子: 薫子さん 心の整理もあるから 春まで このまま にしておきます。 春になったら 3年過ぎて 陽一さんが 亡くなった 場所に もう一度 行って下さい。 そしたら 陽一君が本当に 望んでいたことが 実現するからね 必ず行って下さい。 桜の咲く頃に 行って下さい。 薫子: わかりました。 そう言うと 星子は スーッと 消えてしまいました。 背景が 白から 黒になって 薫子は 寝入ってしまいました。
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薫子が 目を覚ますのは 昼前でした。 薫子は 夢に様であったけど これは 現実だと 強く思いました。 春になったら 必ず 行こうと思いました。 寝て 目が冴えたので 昼の支度をして ひとりで 昼食を摂り 昼からは 日頃お世話になっている 隣のおじさんの家の 大掃除を 手伝いました。 3時頃に終わったので お家賃を 家主さんのところに 持って行きました。 家主さんは 息子の聡に 良い人を 紹介してくれて 大変ありがたく 思っていました。 お部屋に上がって コーヒーと ケーキを ごちそうになりました。 お礼に 台所まわりの 掃除を手伝いました。 夏子ちゃんを 迎えに行く時間になったので 掃除が 終わっていないのですが 帰りました。 夏子ちゃんが 帰って来たら ふたりで遊んで 陽一君の写真と ご飯を食べて お風呂にふたりで入って 陽一君の写真に 「おやすみなさい。」と言って お話をしながら 薫子も 一緒に寝ました。 いつものように 時間は流れましたが いつもと 気持ちは 何故だか違いました。 どう 違うかと 自分に問い詰めても わかりませんでした。 でも 春になったら いいことが 起こるような 予感がしました。 (クリスマス編は これで終わります。 特に変化は ありませんでしたかしら)
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登のクリスマスは たいした変化はありません。 薫子の スーパーマーケットで買ってきた 材料で ケーキを 作ったくらいです。 頑張って 泡立てて 作ったつもりでしたが 小麦粉を 入れたら ぺしゃっとなって あまり膨らみませんでした。 生クリームを泡立て イチゴで デコレーションすると それなりに見えました。 母親と一緒に クリスマスの夜を過ごしました。 テレビが 十大ニュースを していたので それに対して いつものように あーだ こーだと 突っ込みを入れて クリスマスの「宴」は 終わりました。 母親は へきえきする様子が うかがえましたが 登は 知らないようなフリをしました。 病院の挨拶回りに 年末を 過ごした後 大掃除を 入念に行いました。 日頃から 自分の机の上以外は 整理整頓に 心がけていますので 時間は 要しませんでした。 年末の休みは 毎日のように スーパーマーケットに出かけ 薫子を 遠くから あるいは レジでさりげなく 見ていました。 そんな 一年も終わり 2014年が やって来ました。 登は 正月だからと言って 初詣はいたしません。 表向きは 宗教上の理由などと 言っていますが 単に 無精だからと 家族は思っていました。 二日には 姉夫婦が 小さい子供を連れて やって来ました。 姉夫婦は 仲が良くて 本当に幸せそうでした。 登は 「子供って良いな」と 思いつつ 「夏子ちゃんの お父さんになれたらいいな」 妄想して ニヤニヤしていました。 賢明で 登のことを 何でも知っている姉には 見られないようにしたつもりですが 指摘されてしまいました。
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姉は 日頃の 登の様子から 概ね誰かが好きなんだろう たぶん 家主さんの 関係者で スーパーマーケットの店員さんが 思い入れのひとで しかも 子持ちだと言うことまで わかっていました。 もう少し 探れば その人の名前まで わかる力はありましたが 調べませんでした。 母親にも 内緒でした。 もう少し時が来れば 何とかしようと 姉自身は 思っていました。 そんな様子を 隠して 正月の行事は 終わりました。 正月明けには 同じように 病院に 挨拶回りしました。 もちろん 美奈子さんの 病院にも 行って 挨拶しました。 結婚のことを 知っていましたから お祝いを 持って行きました。 社用と 個人的なものを 持って行きましたが 美奈子さんは 受け取りませんでした。 業者から 金品の類を 受けとらないとういのが 美奈子さんの 考えからです。 そんな人だと はじめから 思っていましたが 登は 自分の 推測が当たったことを 楽しんでしました。 家では 寒い冬には 鍋だと言うことで スーパーマーケットで 鍋の材料ばかり レジに持って行くと いつも様に 薫子が 「今日も鍋なんですね」と 尋ねました。 登は 「母親と ふたりだけの鍋では あまり盛り上がりません。 あなたも どうですか」と いつものように 誘いました。 薫子は これまたいつものように 「ひとり鍋も 良いんじゃないですか」と 答を はぐらしてしまいました。
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1ヶ月に 数回 会って そんなたわいもない 話をするのだけが 楽しみの 登でした。 薫子は そんな話をする 登を 一般の客と 同じように考えていました。 もちろん 登という名前も 知りませんでした。 しかし そんな関係が たぶん 2年以上経つと 薫子の方も 意識するようになりました。 その意識は 全く 小さいもので クリスマスの夜に 陽一君にあった今でも 本当に小さいものでしたが やはり 意識していました。 陽一君の 言葉を 信じるしかない今となっては 薫子は まわりに 陽一君より 優れたひとが いないか 考える中 名前もわからない 登についても 考え始めたのです。 薫子は 夏子ちゃんの育児と スーパーマーケットでの勤務 家事など 忙しく 時間を過ごしながら 考えていました。 登も 社業に 東奔西走し 料理洗濯掃除に 忙殺されながら 暮らしていました。 そんな ふたりの間だけには ゆっくりと 時間は流れました。
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薫子と 登のそれぞれの時間は 忙しく過ぎていきますが ふたりの間の時間だけは ゆっくりすぎていました。 一月が過ぎ 如月二月になると それはそれは 寒くなりました。 当然のごとく 登の家では 鍋です。 鍋料理です。 白菜に水炊きに始まって 湯豆腐おでんしゃぶしゃぶ かき鍋豆乳鍋カレー鍋餃子鍋等々 少しずつ 具材をかえて 作っていました。 そのため スーパーマーケットに 足繁く通いました。 本当は 理由と結果は反対で スーパーマーケットに足繁く 通うために 具材をかえていたのですが 薫子には 食を追求している人と うつっていました。 二月には 登は 少しだけ 実現しないと確信している 夢がありました。 好きな女の人がいる 男なら誰でも 願っている バレンタインの 贈り物です。 薫子から もらう夢がありました。 その年の バレンタインの日が来ました。 待ちに待った その日は 未明からの 大雪で 辺り一面真っ白です。 登の会社のある事務所の前の道は 雪で 閉ざされてしまいました。 車を使っての セールスは危ないので 会社は 臨時休業と言うことで 近くに住んでいる 社員だけが 出社して 留守番をしました。 そのために 登は 朝から お休みとなって やりたい放題になりました。 登は しめしめと 心の中で思いました。
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その日は 母親は 北陸に 団体旅行で 出ていました。 ひとりなので 登は 家主さんのところへ 少しずつ残っている 鍋の材料を持って 出かけました。 雪で 道が悪かったけど 目的のためなら 頑張っていました。 路地を入ると 雪かきが されていました。 路地の中途に 薫子の 部屋のドアがあります。 そこを ズーッと見ながら 路地の奥へと すすみました。 後ろを振り返っても 何もありませんでした。 ひとりで鍋では 盛り上がらないので 家主さんと 一緒に食べたいと言って 上がり込みました。 手術してから 何かにつけて 家主さんとは 仲良くしていました。 食事まで 時間があったので 何やかやと 話しになりました。 美奈子さんと 家主さんの息子の 悟さんのことも話しになりました。 登は 何とか 薫子さんの 話しにならないか 遠回しに 話にしましたが なかなかなりません。 夏子ちゃんは 今日は 隣のおばさんが 迎えに行く番で ここには 来ないと言うことを やっと聞き出すのが 精一杯でした。 少し日が 傾いたので 鍋を始めました。 いろんな材料を 少しずついれて キムチで 味を付ける キムチ鍋でした。 寒い時は これが良いと みんなで食べました。
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食べ終わると 登は 時計ばかり見ていました。 薫子さんが 帰ってくる時間を 見計らって 路地を通りたいからです。 夏子ちゃんが 待っているから スーパーマーケットが終わると 飛んで帰ってくるので いつも決まった時間でした。 それを 知っていた 登でしたから 時計を 気にしていました。 早すぎても 路地で待っていることが出来ないので 出会えないし 遅すぎると 寒いので すぐに お部屋に入ってしまうし 「大きな運を下さい」と 神さまにお願いしてしまいました。 こんなことに 大きな運を使って どうするんだと 登は思って 苦笑いでした。 時間が来たので ゆっくりと 立って 出口に向かいました。 家主さんは そのことを知っているのか 登のやるように 従っていました。 外は また雪が降っていました。 路地にも つもっていました。 気を付けながら 路地を ゆっくりと 歩いて行きました。 雪が積もって 登は ゆっくり歩く 理由が出来たことが 「幸運」と 思いました。 いつもなら 30秒ほどで 路地を出てしまいますが 2分ほど かかって 路地の出口 付近まで着きました。 登は 今日は 薫子さんには 会えないと 思いました。 大げさに 「天は 我を見放したるや」と 思ってしまいました。 足下が危ないので 下を見ながら 歩いていると 前に突然 人影です。
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登は 傘をさして 足元に集中して 歩いたいました。 薫子のお部屋の ドアを通りすぎたので もう前には 気にかけていませんでした。 そこへ 人影です。 びっくりして 止まって 前を見ました。 向こうもびっくりしたのか 目と目が合いました。 美奈子さんでした。 登は がっかりした様子で 美奈子さんを見ました。 美奈子: 登さん こんにちは、 何を がっかりしているんですか。 登: 美奈子さん こんにちは 僕は、 がっかりなんかしていません。 美奈子: 登さんは 嘘をついていると すぐわかります。 登: 嘘なんかついてません。 美奈子: 薫子さんでなかって がっかりしているんでしょう。 そんなことくらい わかりますよ。 私は 医師です。 登: 医師だからと言って そんなことわかるはずがない。 美奈子: そんなに むきになるところが うそなんじゃないの 登: もいいいです。 美奈子: そうだ 今日は バレンタインでしょう 私からのプレゼントあげるね。 私の幸せ 分けてあげるから 登: チョコレートなら良いです。 美奈子: チョコレートより もっと言いものよ。 登: 何ですか 美奈子: 私に付いてきて
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いつものように 強い口調で 美奈子さんに言われてしまうと 従うしかありません。 一番奥の 家主さんの家に 逆戻りです。 家主さんに バツが悪そうに もう一度挨拶して 上がりました。 美奈子さんの言うのには 聡さんが 昆虫採集のために 旅行に出るので 必要なものを 実家に取りに来たのです。 それに合わせて 薫子にも 会う約束をしていたのです。 美奈子さんが 荷物を探している間 何もやることのない 登は 家主さんと また、また とりとめもない 同じような 話をしていました。 聡のもとの部屋から 荷物を 取り出して 一応 その用事は 終わりました。 薫子に 電話をして 家主さんの家に 来るように頼みました。 しばらくして 薫子さんが 夏子ちゃんを連れて やって来ました。 美奈子さんの持ってきた チョコレートケーキを みんなで食べることになりました。 美奈子さんは 正式に 登を 薫子に紹介しました。 薫子は 名前は知りませんでしたが 何度も会っていて 「鍋の人は登さんなんだ」と 心の中で思いました。 登さんは 楽しくて 面白い人だけど 美奈子さんは なぜ 登さんを 私に紹介するのだろうと 思いました。 それから 美奈子さんは 家主さんには 少し大きめの リボンをかけた チョコレートを 登には 明らかに 義理チョコを そして夏子ちゃんには 可愛い チョコレートを 渡しました。 大きさの違いが 際立っていたので 話が また盛り上がって みんな笑顔になりました。
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美奈子さんは 薫子に 3年経つので 仙台に 追悼するために 行かないかと 勧めてきました。 春の 桜の咲く頃に 4月の10日前後に みんなで行かないかと 言うものです。 美奈子さんは 学会と 大学の講義のために 4月の中旬 聡さんは 昆虫の同定会と 採集のため 同時期に 行かなければならないそうです。 合わせて 家主さん夫婦も 仙台旅行に 行くことになっていました。 薫子も 一緒に 旅行しないかと言うことでした。 薫子は クリスマスの夜の夢で 桜の咲く頃 仙台に来て欲しいと 陽一君が言っていたのを 気に掛かっていました。 夢ではないと 後から また 妖精さんが 念の入りようで 言ってきたくらいですので 行かなければならないと 考えておりました。 そこで 美奈子さんの 誘いに乗って 行くことに同意しました。 子供連れですので 疲れない飛行機で行くことになりました。 そんな話をしていて 急に 美奈子さんは 登君に 「登君も 行ったらどう」と 振ってきたのです。 「登君も 行くでしょう。 仙台は良いところよ 行きますよね」と 畳みかけてくると 登は もう断ることは出来ません。 登は 少し迷惑そうな顔を しました。 薫子さんは 「美奈子さん そんな無理を言ったら 迷惑でしょう」と 言っていましが 本心では 「やったー」と 思いました。 少し笑顔が 出てしまって 薫子さんには 嬉しいことを 見抜かれてしまいました。
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登は 美奈子さんに 心の中では 大変な感謝です。 そんな話があってから 登は ニコニコしていました。 夏子ちゃんにも それが わかったのか 「おじさん いつもニコニコしているのね」と 言ってきました。 登は 「好きな人と 一緒にいる時や 楽しい時には 人間はいつも ニコニコするものですよ」と 答えました。 薫子も それを聞いていて 「お母さんだって そうなのよ」と 夏子ちゃんに 言いました。 「お母さんも おじさんも みんなも 私も 同じなんだね」と 大声で 言いました。 みんなが ドッと 笑いが起きて 登は 少し 赤くなりました。 楽しい時が過ぎて 帰ることになりました。 一緒に家主さんの家を出て 美奈子さんは サッサと 「よろしく」と言って 雪の中を 器用に 歩いて行きました。 薫子と夏子ちゃん 登は 雪道を 注意しながら 少し一緒に歩いて 薫子の家の前まで着きました。 夏子ちゃんが 「ばいばい」と言ったので 登は 「バイバイ 桜の季節を 楽しみしています」と 答えて 別れました。 振り返ってみましたが ふたりは お部屋に 既に入っていました。
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登は 雪道を 転ばないように ゆっくりと 家に帰りました。 夜の雪道 寒くて寂しかったけど 登の心は 暖かくなっていました。 希望が 持てました。 春になると 薫子さんと 仙台に行けると 考えると 心の中から 喜んでしまいます。 そのことがあってからも もちろん スーパーマーケットに 買い物に行きました。 以前と 同じように レジの 薫子と話することも 時々ありました。 しかし 前とは違って 「鍋を 一緒に食べましょう」などとは 言えませんでした。 名前で呼ばれるようになると 何かリアルになって 誘っても 冗談に聞こえないような 気がするからです。 もし 断られたら 取り返しが つかないことになると 考えたからです。 弥生三月になると 段々と暖かくなり 薫子の住む街にも 咲き出します。 薫子は 4月に行く用意を 始めました。 夏子ちゃんも 行くので 用意が要ります。 亡くなった 陽一君のことを 詳しく 夏子ちゃんに 話しておかなければなりません。 夏が来れば 4才になる 夏子ちゃんは 日々 賢くなっていて 少し難しいことも 理解できるようになっていました。 詳しく説明しました。 利発な 夏子ちゃんは 理解できたと 薫子は 思いました
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土手の ツクシも芽を出し 少しずつ 暖かくなりました。 薫子が休みの時 夏子ちゃんを連れて 土手に ツクシ取りに出かけました。 薫子が 小さい時 母親が 農作業している横で 畦に生えた ツクシを採った 記憶がありました。 土手を ふたりは捜して 歩き回りました。 夏子が ツクシを 見つけるのに それ程の時間は 掛かりませんでした。 「これがツクシ」と 夏子ちゃんに言いました。 「丸い帽子をかぶっているのね」と 夏子ちゃんは言いました。 「ツクシはね 筆の形をしているので 土の筆と 書くのよ」と 薫子は 答えました。 夏子ちゃんは 捜しました。 すぐに 見つけて 袋にとりました。 瞬く間に 袋いっぱいになって 土手に座って ツクシの 袴を取り始めました。 「ツクシさんって スカートを 履いているんだね。」と ふたりで 楽しく 話しながら ゆっくりと 座っていました。 西の 六甲に 夕日が 沈み始めました。 ふたりは 袋を持って 帰り始めました。 夏子ちゃんは 薫子の 手を ギュッと 握って あるきました。 なんだか 夕日と 握られた手で もの悲しくなってしまいました。
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夏子ちゃんが 強く握ってきた手を 握りかえしました。 夏子ちゃんが 痛くないくらいの 力で 握って 家まで 帰りました。 途中で 知り合いの人と出会って 笑顔のアイコンタクトで 挨拶しました。 薫子の 顔に 笑顔が戻ると 夏子ちゃんも 笑顔でした。 薫子は 我に帰って 安心しました。 ふたりは 繋いだ手を 振りながら 自宅近くまで帰って来ました。 向こうから 登が歩いてきて 笑顔のアイコンタクトをして 「夏子ちゃん いつもの笑顔ですね。 こんにちは」と 挨拶しました。 夏子ちゃんは 「おじさんこんにちは おじさんも いつもの笑顔ですね」と 答えました。 三人は 笑顔で挨拶して 別れました。 登は 「薫子さんたちは いつも笑顔で いいなー 家族になったら どんなに楽しいだろう」と 心の中で 妄想しながら 後ろ姿を 見ていました。 もし神さまが 本当にいるなら 頑張って お願いしたいと 思っていました。 でも 疑い深い 登に 宗教心など ありませんので 縁結びの 神社参りや パワースポット巡りなどのようなことは 全くしませんでした。 もちろん 夜空を見て 星に願いを することなど その主義から するわけはありませんでした。
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登は 神さまには お願いしませんでしたが 薫子と 結婚した時の 想像はしました。 子供の時から 想像たくましい 登ですので リアルな想像です。 夜に 社用で 遅く帰る道で そんな想像をしながら 歩いていました。 星空を見ながら 夜道を 夏子ちゃんを 間に挟んで 手を繋ぎなら 帰ることを 夢見ていました。 考えていると 心が温かくなるのを 覚えました。 心の中で 思わず 「神さまお願い」と 願ってしまいました。 そんな念じた時 流れ星が 見えました。 都会で 流れ星が見えるのは 珍しいことで 登が 見るのは 初めてのような気がしました。 流れ星のことを 考えていると 急に 想像心がなくなって 我に帰ってしまいました。 現実に戻って 恥ずかしくなると同時に 落胆してしてしまいました。 薫子さんが 私との結婚に 同意するなど この世が 逆さになったとしても 考えられないと 思えるからです。 夜道を 歩いて 段々と 悪い方に 考えて 「薫子さんと 結婚できないと 生きていく理由がない」とまで 深刻な心理状態にまで 至りました。 死にたいとまでは 思いませんでしたが それに近い感情を 持ったのも事実です。 家に帰ってみると 姉夫婦と 子供ふたりが いました。