ロフト付きはおもしろい

ロフト大好きの71歳の老人の日記です

ブログ小説「妖精の休日」その80まで

妖精を
テーマにした
ブログ小説は書いておりますが
その中に出てきた
「湖子(ここ)」を主人公にしております。

神さまの
お手伝いとしての
妖精ですが
その中で
湖子は
1番頼られる妖精です。

何千年も
休みなく
働いてきた湖子は
神さまに
休暇を与えられます。

と言うわけで
湖子は
胎児から休暇が始まります。

神さまは
湖子の助けになる様に
まだまだ新米の星子と
夫で
はじめて
人間から妖精になった
剛が
同行することになったという
筋書きです。

人間界に
使いとして
おいでになった
キリストをモデルにしています。


キリスト教を信じておられる方には
少し冒涜のように
思えるかも知れませんが
お許し下さい。



湖子星子剛の関係は 「妖精の認定テスト」をご覧下さい

あらすじ


神さまは
妖精の湖子を
もうひとつ
神さまにするために
人間界へ
修行に行かせました。

人間界に生まれて
人間として生活して
人間として死ぬためです。

湖子のおつきとして
新人の妖精星子と
人間からはじめて
妖精見習いになった剛も
人間界に送りました。

生まれてきた
湖子は
男の子として
人間界での
休暇と言うことで
過ごすことになります。

湖子の生まれた家は
大阪近郊の寒村にあって
農業で生計を立てて
慎ましやかな生活をしていました。

そんな赤貧の生活に
もっと悪いことが
次々と起こってしまったのです。

まだまだ働いていた
おじいさんが亡くなり
家族が
過労になってしまいます。

過労のためかも知れませんが
湖子の父親が
病気で倒れて
寝たきりとなってしまいます。

湖子が
助けることにもいかず
弥生は
事業をすることで
経済的難局を
乗り切ります。

湖子は成長し
薬剤師になるため
薬科大学に行くことになります。

薬科大学では
湖子は
勉強が面白くて
思わずがんばってしまいます。

その姿を見て
学年で一番可愛い
和己が湖子に
夢中になってしまいました。

突然湖子の家にも訪れ
母親の
弥生の
信頼得てしまいます。

弥生の
和己さんの家にも
挨拶するようにとの
助言で
湖子は
和己の家を訪れるのですが
「養子になれ」と
言われてしまって
ふたりは困ってしまいます。

大学での
研究の一貫で
ふたりは
台湾に出掛けて
その時に流れた
流れ星に
願いをかけてしまいました。

妖精の提案で
両方の家は
承諾することになります。

湖子は
行方不明の
和己の母親を
探すのを
星子と剛に頼みます。

母親は
妖精の力で見つかり
失踪した原因も
わかります。

そのことを
和己に話すと
会って話すのですが
それ以上の
発展はありません。

結婚式が
盛大に行われ
ふたりの生活は始まります。






1
神さまは
何億年も
地球を見守っていて
少し疲れました。

いろんな出来事が
わんさかと
起こってしまって
てんてこ舞いになってしまっていたのです。

そこで
もうひとりというか
もうひとつというか
神さまを
作ることにしました。

最初から
作っていたんでは
間に合わないので
神さまのお手伝いをしている
妖精を
神さまにしようと考えました。

妖精の中で
1番古株で
1番信頼している
湖子を
神さまにすることにしたのです。

湖子は
能力は
既に
神さまの域に達していました。

でも
人間界から
はじめて
妖精になった剛を見ていると
人間の感情を
理解することも
大切だと
思ったのです。

そこで
湖子に
人間としての生活を
させることにしました。

湖子と
湖子を少しは助ける様にと
星子と剛を
神政庁に呼んで
次の様に
湖子に告げました。

「湖子
永く
永く
私の手助けをしてくれて
ありがとう

湖子に
休暇を与えます。

人間界で
その間過ごして下さい。

人間界にいる時には
魔法は使わず
過ごして下さい。

それから
休暇をするのは
湖子の四分の三で
残りの四分の一は
今まで通り
手伝って下さい。

それから
星子と剛を
一緒に」と
言われました。

湖子は
いつものように
「承知しました」と言って
人間界に
行ってしまいました。

2

星子と剛は
神さまの前に残ったままです。

星子は
だいたいのことはわかったのですが
剛は
要領をつかめません。

「休暇に付いていくってどういうことか

四分の一は今までの仕事とは

それから
休暇はどれくらいの時間」か
まったくわからないのですが
話は終わったので
ふたりは
星子の魔法で
サッと消えて
経理課へ行って
いつものように
経費を預かって
人間界に出発しました。

長い休暇と行っても
ズーッと
湖子がいなくなると
神政庁に
支障が生じます。

妖精の
長として
仕事もあるので
長時間は無理です。

そこで
時間を遡って
休暇を取るという
人間なら
考えられない方法を
取ります。

剛が生まれた頃に
まず行くのです。

湖子は
胎児の頃から
人間界を
経験することから
はじめました。

湖子の
両親になるのは
不妊で悩んでいた
来住悟と弥生です。

悟と弥生は
大阪近郊で
悟のおじいさん夫婦
両親夫婦
それに
悟の妹と一緒に暮らしていました。

結婚して
3年経ちますが
子供が生まれないので
悩んでいたのです。

湖子が
調べて
その両親の
子供となることになったのです。

妊娠を
知った
悟と弥生は
大喜びです。

もちろん
家族全員で
喜んでいました。






3

お母さんの
母親のお腹は
とても気持ちが良かったのです。

「こういうことを
幸せって言うのかも知れない

ここで
休暇を過ごせて
最高に幸せ」と
思いました。

そんなお腹の中で
湖子は
家族の話を聞いていました。

そんな話を聞いていて
湖子には
気になる話を
聞いてしまいました。

喜んでいるのは
喜んでいるのですが
弥生以外は
「男の子がいいな」と
言っているのです。

来住家の
跡取り取りとしての
男の子を
みんなは望んでいました。

本心が読める
湖子ですから
弥生は
「男の子でなかったらどうしよう」と
悩んでいました。

湖子は
はじめは
いつも
人間界では
女性として
現れているので
女の子として
うまれる予定でした。

何千年も
女性として
現れていたので
男性は
イメージできませんでした。

全知全能になっている
湖子でも
わからないこともあるのだと
自分自身で思いました。

弥生は
臨月の
生まれる前日まで
仕事と家事をこなしていました。

「人間は
とめどもなく
がんばれる」というのを
体内にいて
実感しました。




4

星子と
剛は
来住家の
隣に
家を建てて
住み始めていました。

もちろん
魔法を使って
違和感なしに
住み始めたのです。

剛は
定年退職した
老人
星子は
ものすごく歳の離れた奥様ということに
なっていました。

一日中
家にいて
恩給暮らしと言うことに
なっていたのです。

当時の
定年は
55歳ですから
55歳という設定です。

星子は
40歳ということになっていましたが
今で言えば
美魔女
とても
40歳には見えない
容姿でした。

湖子が
生まれるまでは
殆ど仕事もなかったので
星子と剛は
本当に仲良く
過ごしていたのです。

湖子の休日というか
星子と剛の
休日になっていました。

湖子が
生まれたのは
体内に入ってから
6ヶ月経った
昭和27年6月でした。

弥生が
産気づき
白米を炊いて
たんと食べて
初産に臨みました。

家に
産婆さんがやってきて
さっさと
手伝って
次があるからと言って
バスで
帰ってしまいました。

そんな簡単に生まれた湖子は
男の子でした。

湖子は
いつもの
女性ではないので
凄く違和感を思えました。

湖子が生まれた
来住家は
大阪駅まで
徒歩と電車で20分ほどの
所にありました。

しかし
当時は
寒村と言う言葉が
ピッタリ当てはまるところで
電気だけが通じていて
水道は
まだ来ていませんでした。







5

湖子は
おじいさんが
名前をつけました。

両親の名前をとって
悟生と
名付けられました。

(この小説では
湖子という名前を続けます)

湖子が
生まれてくる時の
母親の
弥生は
凄く痛そうでした。

陣痛が
何度も訪れ
段々短くなってきて
傷みも
最高に達した時
湖子は
生まれてきたのです。

弥生の
悲鳴を聞いて
湖子は
思わず
魔法を使って
産道を
さっさと
抜け出してしまいました。

人間の母親は
大変なんだと
思いました。

でも生まれてしまったら
湖子に
凄く易しい
幸せな
顔をしていました。

「あんなに
痛い目をしたのに
こんなに幸せそうに」
人間って
わからないと
感じました。

生まれたての
湖子は
何もできません。

一から
十まで
弥生の世話にならなければ
なりません。

もちろん
湖子ですから
自分ですべてすることも
可能ですが
何分
休暇中ですから
やめておきました。


6

当時のオムツは
さらしの生地を
輪っかにしたもので
それを
”わたこ”と呼ばれる
綿の入った座布団のようなもので
覆って終わりです。

紙おむつと違うので
濡れると
凄く気持ち悪いので
湖子少し時間ができている時を見計らって
泣いてから
用をたすようにしていました。

弥生は
「湖子は私の時間が
ある時に
ちょうど
泣くのよね。

わかっているのかしら」と
思っていました。

赤ちゃんにありそうな
むずがったりも
しませんでした。

いつも
弥生に
おんぶされて
暮らしました。

湖子は
弥生が
子供が好きなんだと
心から思いました。

当時の
暮らしは
今から言えば
大変でした。

洗濯は
手洗いだし
ガスがないので
かまどを使わなければなりません。

少しだけ
食事を作ろうとしても
火をおこして
調理をする必要があったのです。

洗濯でも
同じです。

毎日
多量の
オムツを
洗濯するのは
大変です。

オムツの洗濯は
横の川で
まず洗ってから
タライで
おこなっていました。






7

星子と剛は
湖子の隣の家で
待機していました。

まったく出番がありませんでした。

妖精見習いの
剛には
神界では
星子の姿が
まったくわからないのですが
人間界では
ハッキリと
わかるので
喜んでいました。

「何もせずに
星子の姿を
見られるなんて
何という
良い仕事」と
思っていました。

星子の方も
「こんな仕事はじめて
何にもしないなんて
何百年ぶりかしら

でも
剛さんと
ゆっくりできて
嬉しいわ」と
感じていました。

そんなふたりですが
生活は
慣れないことばかりなので
大変でした。

水道がないので
せっせと
水を運んでいました。

お風呂の水は
川の水が多い時は横の川から
少ない時には
問題の多い井戸から
飲み水は
少し離れた
空き家の井戸から
運ばなければなりませんでした。

剛が生まれた
昭和27年の
日本の片田舎は
こんな所だったのです。

神さまは
時間を少し遡って
湖子を
人間界に
生まれさせたのです。

これは
単に
時間の短縮の目的もあったのですが
それよりも
ひとりひとりが
がんばっていた
この時代の方が
人間的だと
考えたからです。


8

時間があるので
庭に
野菜を作り始めました。

野菜作りは
簡単だと
思っていたのですが
予想外です。

妖精の星子は
仕事で
何回か
農家のお手伝いをしたことがあるので
ほんの少しだけ
経験があります。

剛は
農家の生まれでしたが
小学校の時に
農業をやめました。

子供の時に見た
「農業は大変」という
思い出しかなかったのです。

その後
向上の技術畑を
歩んだ剛には
野菜は
美味しく食べるものという
存在でした。

ほんの少しの
畑を
作るのに
悪戦苦闘です。

毎日見回り
水をやったり
害虫を
取ったりしなけらばなりません。

今なら
害虫用のスプレーで
簡単に解決するところですが
そんなものがない
時代ですから
星子も
剛も
手で取らねばなりません。

ふたりは
虫は嫌いでした。

青虫を
手で取らねばならないなんて
相当の
覚悟がいりました。



9

畑に
時間を費やしたとしても
夜になると
何もすることもできません。

今なら
テレビでも
見るのですが
当時は
ありません。

いや
始まったばかりで
テレビを持っている人など
いなかったのです。

ラジオが主です。

ラジオ番組も
充実してましたから
よく聞いていました。

テレビのように
ズーッと放送していないので
その時間だけ聞いていました。

楽しく
ふたりで
話していました。

ふたりの生活は
神政庁の
経費でまかなわれていますので
この時代でも
優雅に暮らしていたのです。

しかし
湖子の
家ではそんなに楽ではありません。

毎日の生活は
仕事仕事の連続です。

なにしろ
星子と剛の
畑の
何百倍という
農業をしているのですから
大変に決まっています。

弥生は
湖子を
おんぶして
一日中
仕事をしていました。








10

赤ちゃんは
すぐに大きくなります。

日にちが過ぎ
湖子も大きくなります。

離乳が
始まる時期に
なっていました。

弥生は
忙しいので
特に
離乳のための
特別食はありません。

少し柔らかめに
作る程度です。

仕事が忙しいので
離乳は
現代より少し遅いのです。

湖子は
妖精ですので
病気などをしません。

不老不死なのです。

1歳になるまで
病気をしなかったのです。

両親が
風邪になっているのに
赤ちゃんの
湖子が
うつらないのは
おかしく思われてしまいます。

そこで
熱を出して
風邪をひいてみました。

ながいながい
妖精生活で
初めての経験です。

こんなに
病気が辛いのか
はじめてわかりました。

それに
湖子が病気になったら
両親の心配ようが
尋常ではありません。

親の思いが
これほどなのかと
今更ながら
思いました。



11

湖子は
月日が過ぎて
お誕生日になりました。

お誕生日が来たとしても
何も儀式がありません。

寒村の
貧農の家には
そのような習慣はありませんでした。

湖子は
月日が過ぎても
普通の赤ちゃんのように
大きくなりませんでした。

大きく重くなると
弥生が
大変なので
なるべく大きくならないようにしてました。

家族が
それを心配しているのを
湖子は感じて
少し焦ったこともありました。

誕生日が
過ぎた頃から
段々と話すようにしました。

だからといって
スラスラと会話しては
問題なので
単語から
はじめました。

弥生が喜ぶように
「おかー」と
言ってみました。

そしたら
弥生は大喜びして
家族に知らせていました。

そしたら
父親やおじいさんおばあさん叔母さんが現れて
大騒ぎです。

この際だから
みんなを呼んだら
家族中が
大騒ぎになってしまいました。

湖子は
覚めた目と
熱い目で見る事ができます。

覚めた目で見ると
「何で大騒ぎ
人間って少しおバカ

とても
神さまの複製とは
思えないわ」と
熱い目で見ると
「人間って
いつも熱く生きているんだな

少しは
見習った方が
いいかもしれない」と
見えました。

人間で言えば
理性的な女性である湖子は
人間の赤ちゃんを体験して
そんなことを思いました。






12

赤ちゃんはすぐに大きくなり
ハイハイして
立ち上がり
可愛い幼児になりました。

母親の
弥生に
"協力"して
オムツも早く取れ
危ないところには行かず
ジッと
母親の隣に
いるようにしてました。

「来住さんの
子供は
おとなしい
可愛い
賢い」と
村中の評判になっていました。

あまり評判になると
湖子の
企てには
あまり良くないので
ほどほどにしなければ
と考えるようになりました。

親孝行な子供とも
評判でした。

3歳になる前に
なんだかんだと
親の手伝いをしていました。

水を
小さな桶で
少しずつ
運んでいました。

そんな湖子は
水道が来れば
もっと
両親が
楽になると思っていました。

湖子は
妖精の
力を使って
やってみようかと
考えたところ
市役所から
水道敷設のお知らせが
ありました。

家族全員
大喜びでした。

新しい水道が
引き込まれて
出た瞬間
両親は
涙ぐんでいるように見えました。








13

湖子は
何千年も
人間社会を見ていました。

水道がなかった時代の方が
もちろんながく
当たり前だったのですが
当たり前が
当たり前でなくなったその日に
出会えたのは
初めてでした。

人間って
進化するんだと
思ったのです。

特に
昔の時代は
その進化は
本当にゆっくりでした。

というか
殆ど進化していないような状態でした。

湖子だけの経験で言えば
昔は
ゆっくりだったけど
今は
ものすごく早いという
感想でした。

水道が
はじめた出た時を
こんなに喜ぶなんて
幸せに感じるなんてと
思ったのですが
来住家では
この後
不幸が相次いで起こることになります。

湖子が
4才になった冬
おじいさんが亡くなります。

まだまだ
よく働く
おじいさんでしたが
なくなると
来住家は
貴重な労働力を失います。

その翌年に
小麦粉の輸入が
政府管掌で解禁になって
外国から
もう比べものにならないほどの
安価な小麦が輸入されます。

そのため
来住家では
冬に
二毛作として
麦を作っていたのですが
作っても
売れなくなってしまいます。





14

来住家は
都会の近くで
中央市場までは
大きな国鉄の線路を渡って
自転車で
30分ほどの所にありました。

麦が売れなくなって
現金収入が
少なくなり
野菜に力を入れることにしていました。

しかし野菜の値段は
はじめから安くて
豊作貧乏になることが
たびたびでした。

自転車の
後ろに
重いリヤカーを付けて
運んでいっても
千円にもならないことも
たびたびです。

前の晩から
用意して
まだまだ陽が昇らない頃から
働き始めて
やっと作った
リヤカー一杯の
野菜も
それだけしかありません。

労働力が必要ですが
腰の曲がったおばあさん
悟
それに弥生です。

悟の妹は
お嫁に行って
今はいませんから
3人です。

湖子は
小さくて
役に立つほどでもありませんが
手伝っていました。

こんな月日が
1年ほど流れて
悟は
働き出ることを決意しました。

村の近くに
大手電機メーカーの
倉庫ができて
募集していたのです。

なにしろ
今のように
機械化されていませんから
力持ちの従業員が
大勢必要なのです。

勤務時間は
8時から5時まで
土曜日は12時まで
日曜日は休みです。

会社の休みの時は
農業をしていました。

15

悟は
平日は
まだまだ
くらい時間に起きて
「朝の間の仕事」して
それから会社に出掛け
帰ると
少し夜なべをし
会社が休みの日曜日は
夜明け前から働いて
暗くなっても
仕事をする毎日でした。

休みなどありません。

悟が
努力家で
気力が満ちているから
そんな苦労を
できているということでは
ありません。

来住家の隣の家の
農家の家族も
そんな風に働いていたし
隣の隣の家も同じだし
一軒を除いて
村中のみんなは
そんな風に働いていたし
その寒村だけでなく
その隣村の家でも
いや
もっと言えば
日本中の家族の
90パーセントは
そんな風に働いていた
時代でした。

湖子は
両親の
働く姿を見て
育ちました。
盆暮れには
少しは休んでいたように
見えまたが
この時代の
人間は
常に
働いていたのです。

それも
単純だが
重労働の
しんどい仕事です。

そんな風に働いていも
お金が
たんと儲かるわけでもありません。

みんながそうであったように
赤貧の暮らしでした。

湖子が
6才になって
学校を行き始めた頃
湖子は
下駄で
通います。



16

靴と
下駄の値段を比べると
下駄の方が
安かったのです。

現金収入が
少ない来住家では
現金で買うものの
購入は
厳しく制限されます。

農家ですので
食事には
困りませんでしたが
だからといって
もちろん
何でも食べられたと言うことではありません。

家でとれるものは
山ほど食べることが出来ます。

例えば
冬なら
白菜たとか
初夏なら
イチゴです。

毎日毎日
白菜の水炊き
白菜だけで
炊く時も多く
ハッキリ言って
今のように
出汁を使ったり
他のものを入れないので
美味しくないのです。

イチゴの
収穫時期などは
畑で
食べて
家に帰ってから
山ほどの
イチゴを
食べるのです。

手が
赤く染まることも
ありました。

現金収入がないので
服も
殆ど買いません。

服は
破れるまで着て
破れても
つぎをあてて着て
つぎが破れたら
つぎにつぎをあてて着る具合です。





17

悟も弥生も
働きました。

夜なべ仕事も
もちろんしました。

今で言えば
超勤200時間越えです。

それも
事務の仕事の様な簡単な仕事ではなく
重労働です

過労死の
判断基準を
はるかに超えています。

強健な
悟ですが
会社の仕事と
家の農仕事で
疲れてしまっていました。

でも休むことはできません。

その疲れは
湖子が
2年生の冬の時に
現れてしまいます。

寒い日
久しぶりに
朝の間の仕事が
なかった日
悟は
朝になっても
起きてこなかったのです。

弥生が
お布団に見に行くと
大きなイビキをかいて
寝ていました。

そして
変な臭いもしていました。

一緒に付いて行った
湖子は
すぐに分かりました。

脳循環障害です。

弥生は
分かりませんでした。

湖子は
「おじいさん
変だよ

すぐに病院へ」と
言ったのですが
そのような
経験・習慣がないので
子供の言ったようにはしませんでした。

しかし普通ではないと感じた
弥生は
近くの
診療所の先生に
往診してもらいました。


18

診療所の
若い女の先生が
やって来て
診察を始めました。

当時としては
珍しい
血圧計で測って
そして
「血圧が高めですね

中風です。

安静にしておいて下さい」とだけ言って
注射も
薬もなく
帰って行きました。

いまなら
脳MRI薬剤投与リハビリですが
お手上げの状態でした。

湖子は
それを見ていて
妖精の力を
使おうかと思ったのですが
人間界のありのままを
見る事が
大事だと思って
父親には
悪いけどやめておきました。

悟は
何とか
3日目に
意識が戻って
少しばかりの食事をしました。

大小の便は
発病の時から
オムツです。

何度も言いますが
今のようなオムツがないので
弥生は
相当な努力です。

湖子も
幼い手で
手伝いました。

何でもできる
湖子ですから
その点は
できたのです。

それから
隣の閑な住人役の
星子と剛も
手伝っていました。

なんとか
一週間が過ぎ
悟は
オムツではなく
オマルと
尿瓶が使えるようになりました。


19

悟の病状は
安定していました。

当時
リハビリと言うが考えがなかったので
寝たきりになってしまいました。

労働力の
大方を失った
来住家は
わずかな蓄えで
暮らしはじめます。

星子と剛も
手伝いしたが
農業を
したことがことがないので
その重労働はできませんでした。

もともと貧しい生活は
ますます
大変になります。

湖子は
こんな風になって
困りました。

弥生を
妖精の力で
助けるか
人間としての力で
助けるか迷いました。

小学校二年生の男の子として
手伝えるのは
少しだけです。

男の子として
手伝うのは
湖子にとっても
しんどいことでしたが
それを選びました。

少しだけ良いのは
悟の従兄弟が
たんぼを
作ってくれることになりました。

もちろん
できたものの
4分の3は渡すことになっていました。

弥生は
家の周りの
ほんの少しの
畑だけで
生活しなければならなくなったのです。

それが
3年続いたのです。

悟は
寝たきりでした。

これではダメだと
考えた
弥生は
寝たきりの
悟を
おこしはじめます。







20

「このまま
寝てばかりでは
困ってしまう。

自分のことだけでも
出来るようになって
もらえなくては」と
弥生が考えたのです。

リハビリという
ものが全くなかった時代に
そのような
ことをはじめたのは
困っていたからです。

まず
悟を
布団から起こすことからはじめ
それから
立ち上がり
つかまり立ちができるようにするのが
目標です。

悟は
右半身不随で
右手は
まったく動きません。

右足は
ほんの少しだけ動きました

左足左手も
長年寝ていたので
力が
なくなっていたのです。

それを
使うことによって
力を付けるようにしていたのです。

メキメキと
良くなっていけば
問題ないのですが
そう簡単には
いきません。

リハビリをするのは
弥生ではなく
悟ですから
辛いリハビリに
挫折しそうなるのです。

それを
なだめすかして
させるのです。

湖子も
「おとうさん

元気になって」と
励ましました。




21

挫折しようとする
悟は
なんとか
がんばりました。

当時の常識で言えば
中風が
改善することなどなく
歩けることなど
あり得ないと
考えられていました。

三年の月日が経ち
悟は
松葉杖で
歩くこともできるようになりました。

自分のことは
自分でできるように
なったのです。

湖子は
5年生になって
赤ちゃんの時は
小さくなっていましたが
お手伝いができるように
大きくなっていました。

学校の成績は
中間です。

一番にも成れますが
普通の生活と言うことで
中間になっていました。

農業を
よく手伝って
近所の村々でも
評判の孝行息子でした。

あまり目立たないようにするのが
良いのですが
弥生を助けないという
思いの方が大きいのです。

生活費も
底をつき
何とかしなければ
ならないようになっていたその頃
弥生は
事業を始めることにしました。

来住家が持っていた
畑が
駅前近くにあって
その隣には
新しいアパートが
建ったのです。

それを見た
弥生は
自分の畑にも
アパートを
建てようとしたのです。







22

当時は
ベビーブームの
若者が
都会に上京してくる
時期だったので
追い風だったかも知れません。

土地だけで
まったく
お金がなかったのに
アパートを建てることなど
寒村の
お母さんには
とても無理と
誰の目にも見えました。

弥生も
そう思っていましたが
それしか
あとがないと
思っていたのです。

農業では
労働力と
技術力不足です。

弥生には
背水の陣での
事業開始です。

まず
駅近くの
畑の
一部を
売却して
そのお金で
アパートを建てるのです。

アパートを
建てるためには
もうひとつ
大きな問題があって
道路が狭いのです。

アパートのような共同住宅を
建築しようとする時には
4mの接道義務があるのです。

そこで
表地の地主さんに
頼みにいきました。

お金がないので
土地を
交換と言うことで
話を持っていったのです。

表地の地主さんは
女の弥生を
甘く見て
3倍の
土地と交換ということになったのです。

弥生は
道路がないと
農業はできても
アパートは
建てられないので
渋々
承諾しました。






23

建物が建てられるようになったといっても
お金の問題が
大きく残っています。

畑の一部を売って
そのお金で
建てることにしました。

土地を売るといっても
そう簡単ではありません。

不動産市場が
まだまだ
未発達でしたし
買い手も
あまりいなかったのです。

建築は
はじめましたが
買い手は
見つかりません。

弥生は
困り果てました。

当時は
住宅事情が
悪いので
アパートは
すぐに
借り手が付いて
家賃で返すことも
可能でした。

そこで
銀行に
お金を借りにいきました。

銀行が並んでいる
国道筋を
端の方から
1行ずつ
訪れて
頼んでいきました。

不動産の
担保もあるのですが
事業経験のない
弥生は
相手にされませんでした。

1日目は
ダメでした。

気を取り直して
2日目も
出掛けました。

もう夕方になって
シャッターの降りた銀行へ
最後のお願いでした。






24

その頃
湖子は
弥生が
悪戦苦闘しているのが
妖精の力で
分かっていました。

ここで
妖精の力を
使って
銀行から
融資を
してもらうべきかどうか
考えました。

将来にわたって
考えました。

借金は
いろんな負の要因を考えても
4年で
返済可能と
湖子は
読んでいました。

湖子は
少しだけ
力を出して
銀行を
納得させようとしたその時
融資の担当者は
弥生に
「お貸ししましょう」と
言ったのです。

湖子が
力を使うまでに
融資が決まって
良かったと思いました。

いろんな書類に
判子を押したり
名前を書いたり
1時間ばかりして
手続き完了です。

日は
落ちていて
バスに乗って
笑顔で帰ってきました。

嬉しそうでした。

帰りに
銀行筋の横にある
市場で
魚を買って帰ってきていて
夕飯は
平素になく
豪華でした。

いつもなら
麦飯と
野菜の炊いたもので
出汁もなくて
本当の水炊きです。

そんな毎日の食事に
魚が出てきて
それも
アジです。

嬉しくて
相当奮発した
ようでした。



25

アパートは
翌春出来上がりました。

東京オリンピックの
前年で
所得倍増計画で
日本中が
沸いている時です。

すぐに借り手が付いて
今までは
見たことがない
現金が入ってきました。

すぐに
銀行に返さないと
いけないので
なくなってしまいました。

少しだけ
生活費として
使うことにしていました。

今までと同じように
慎ましやかな
生活が
続いていました。


星子と剛は
湖子のお付きとして
人間界に
派遣はされていましたが
まったく役立っていませんでした。

来住家を
助けるために
農業を手伝っては見ましたが
人間としての
手伝いは
殆ど役に立ちませんでした。

すぐにしんどくなるし
虫やヒルや蛇がいて怖がるし
夏は暑いし
冬は寒いし
役には立たなかったのです。

この時代は
人間の造りが
違うと
心の底から
思ってしまいました。

26

剛は
今の
湖子と同じ
人生を歩んでいたので
何となく分かっていましたが
外からだけ見ていた
星子は
青天の霹靂でした。

全知全能な
湖子でさえ
見るとやるでは
大違いと
告白していました。

三大
家事の
洗濯・掃除・料理は
現在とは
全く違います。

一番現在とは違うのは
洗濯です。

洗濯機ができるまでは
タライと洗濯板で
洗濯物と
格闘しなければなりません。

湖子が
11歳の頃
洗濯機が
来住家に入ってきました。

今の洗濯機の
洗うところだけしかありませんが
それだけで
仕事は
大幅減です。

脱水などなくても
その時代は
充分だと考えていました。

湖子も
星子も
剛も
手で
洗濯して
もう
冬なんか
寒すぎなんです。

ゴムの手袋もなくて
お湯もなくて
かじかんだ手で
ゴシゴシするんです。








27

弥生は
時代の変化を
身にしみて分かっていました。

どのように変わるか
分かりません。

分からない
この世を
生きていくためには
手に職を付けないと
考えていました。

湖子には
よく勉強して
偉い人になってもらいたかったのです。

『末は博士か大臣か』と
湖子の将来に
大きな期待をしていました。

湖子は
言われなくても
勉強をこなしていました。

医者になるように
湖子に
何度も言いました。

資格さえあれば
時代が変わっても
生きていけると
思っていたのです。

湖子は
弥生の期待に応えて
医者になろうかとも思いましたが
普通の人生を
歩むことが
使命なので
試験では
ほどほどの答案を作っていました。

そこで
弥生は
医者ほどは難しくない
薬剤師になる様に
言ってきたのです。

湖子は
弥生の願いを
かなえるのも
人間の子供としては
必要かと考えて
薬剤師になることになりました。






28

高校は
公立に進み
学費も
安くて弥生は
良かったと思いました。

でも
湖子の成績では
国立の
薬学部は無理だし
私学になると
学費が
問題でした。

そこで
もう一棟アパートを
建てることにしました。

前のアパートの時は
最終的には
土地の売却代金で
まかなったのですが
今回は
全額
借金にすることにしました。

前の時は
融資が
大変だったので
念には念を入れて
準備していました。

高校2年生になった時に
アパートは完成して
借金の返済が始まりました。

湖子は
平素の試験は
ほどほどの力で臨んでいました。

大学受験の日は
やはりここは
合格すべきと考えて
合格の答案を書き上げ
面接も
そのように答えました。

もちろん合格して
湖子は
大学生になりました。

湖子が
いった大学は
共学ですが
女子が断然多くて
男子は
数人
湖子は
黒一転でした。

(もう一度間違わないようにいっておきますが
湖子は
人間界では
男性で本当の名前を
悟生と言います。
作中では
湖子を続けます。)






29


湖子は
アパートの家業を手伝いながら
大学に通い始めました。

大学でも
それなりに勉強しようとしましたが
湖子は
勉強に
興味がありました。

その頃の
薬学は
化学の
原子や分子などで
それに興味があったのです。

湖子自身も
こんなことを
知りたかったとは
思っていませんでした。

少しだけ
がんばったら
有機化学の
教授に
目立ってしまいました。

それに
クラスメートの
女学生に好かれる存在となっていました。

その中で
和己という名の
学年で
一番の
可愛い女の子が
湖子に夢中だったのです。

湖子は
妖精ですので
性別はありません。

恋愛感情はよく理解していますが
恋愛感情を
抱いたことは
ここ何万年も
ありません。

湖子は
想定外ですが
人間として生きていたら
こんなことも
経験すべきかと
思いました。

和己は
湖子が相手をしなくても
相当夢中で
諦めそうにもありません。

それどころか
流れ星に
願いをかけてくるのです。

神政庁に
願いが届いて
星子から
湖子に連絡がはいりました。

ここは
そう言うことに
した方が良いかも知れないと思いました。

それによく見ると
妖精に目でも
和己は
本当に可愛いと
思いました。

30

和己は
積極的で
湖子にアタックしてきました。

授業の時に
隣の席に座ったり
実験の時は
近づいてきて
長く話したり
帰る時は
電車で一緒に帰ったり
最後には
大学にいく時に
待ち伏せして
待っていたりしていました。

クラスでも
知れ渡っていて
仲の良いカップルと
思われていました。

湖子が人間界で
形をなしている
悟生は
格好良くありません。

今で言う
イケメンでもなく
マッチョな体でもなく
ちょっと見
ひ弱で
脆弱な湖子と
学年で一番の
可愛い和己とのカップルは
奇異なものでした。

和己が湖子を好きなったのは
以上の理由で
もちろん顔ではなく
話が上手だからです。

和己は
飽きることがなく
とめどもなく
話題を
提供する
湖子に
虜になってしまいました。

その上
和己が
思っていることを
すぐに
やってくれるのです。

と言うわけで
和己と
湖子は
大学4年間
仲良く過ごすことになります。





31

和己は時として
大胆です。

湖子の
肩に寄りかかってきたり
手を繋いだり
満員電車では
胸が合うぐらい
ピッタリと
引っ付いてきたりしました。

普通の男性なら
こんな可愛い女の子に
そんな事をされたら
きっと
興奮するところですが
湖子は
妖精ですので
冷静です。

そんな冷静さは
相当ながく続くのです。

転機が来るのは
お弁当を食べた時です。

湖子は
いつも
弥生の作ったお弁当を
食べていました。

それに合わせて
和己も
お弁当を作って
持って来ていました。

仲良く一緒に食べるためです。

そんな時
和己が突然
「この卵焼き本当によくできたのよ

100年に一度のできよ

どうぞ」と言って
和己のハシで
湖子の口へ
入れたのです。

油断していたというか
神界に残された
4分の1の湖子に
重大な出来事があって
気をそらしていた時だったので
簡単に
口に入ってしまったのです。

味はともかとして
湖子は
違和感を
感じました。

32

和己が
黙っている湖子に
「美味しいでしょう。

100年に一度のできよ。

だから
今後100年間は
作ることができないのよ。

わかったかな」と
茶目っ気たっぷりに
湖子の顔をのぞきながら
いいました。

その仕草に
もっと違和感を感じて
湖子本体の
明晰な精神は
錯乱状態です。

何とかそこは
つくろって
時間をやり過ごしました。

湖子(ここ)は
これが例愛感情かも知れないと
思いました。

経験のないこの感情を
まず
星子に聞きました。

妖精ではじめて
結婚した
星子は
湖子の
その感情を理解しました。

「湖子様
その感情は
神さまや
神さまと同じように作った
人間が持っている
慈悲の心ではありません。

それは
慈しむ心ではなく
恋しく思う
人間だけが持つ
恋愛感情です。

湖子様は
きっと
人間の
和己を
恋しく思われたのです。」と
星子は答えました。

湖子は
「やはりそうだったのか

これは
やっぱり

でもどのように対処すればいいのか」と
悩んでしまいました。



33

湖子は
困ったのですが
これも
自分に与えられた
使命かと
思いました。

それに
パッとしない外見に
人間の中でも
可愛い和己が
恋愛感情を
頂くなど
合理的に考えて
不思議だと
思ったのです。

これは
何かの力を
誰かが使って
そうさせたのではないかと
思いました。

神さまに匹敵する
能力を持った湖子でさえ
それが分からぬようにしているのなら
きっとそれは
神さまが
それを計ったのではないかと
結論づけました。

神のご指示なら
従うべきだと決めました。

決めたものの
この先どのようになるか
経験のない
湖子は
迷うばかりです。

迷っている
湖子に対して
積極的な和己が
イニシャティブを
持ったのは
言うまでもありません。

「休みの日には
遊園地に
出掛けましょう」と
誘ってきました。

湖子は
家業の手伝いがあるので
その誘いを
いつも断っていました。

そこで
和己は
日曜日に
湖子の家を
訪れたのです。


34




相当朝早くに
着いて
チャイムを鳴らしました。

玄関に出たのは
弥生でした。

「私
悟生さんの
大学での友達で
長瀬和己と言います。

悟生さんおいででしょうか。」と
たどたどしく
話しました。

弥生の目にも
テレビにも
出てきそうなとても可愛いい
和己が
息子のところに
やって来て
びっくりしていました。

すぐに家の中に
和己を
誘い入れて
座敷の
上座に座らせました。

それから急いで
倉庫で仕事をしている
湖子を呼びにいきました。

悟も
不自由な体で出てきて
挨拶しました。

湖子は
「こんなところまで
やって来たのか

、、、、」と
苦笑していました。

湖子が
座敷に着くと
弥生と和己は
和やかに話していました。

どんな料理が好きかとか
休みの日は何をしているとか
大学ではどんな勉強をしているとか
事細かに
話していました。

それに
来週は
もう一度来て
ハンバーグを作るとまで
約束していたのです。

弥生は
「和己さんが
悟生のお嫁さんになったら
もう言うことないわ

悟生
和己さんと結婚して

ごめんなさい
和己さんのような
可愛い人が
悟生の
お嫁さんになるとは
思えないよね。

失礼なこと言って
ごめんね

でも
本心だから
考えておいてね」と
和己に言うと
「私も
結婚できたら
良いなと
思ってますから
大丈夫です」と
答えました。

湖子は
蚊帳の外で
話し合っていました。


35

湖子の家族は
和己が
ヒーロー
いや ヒロイン
それも違って
エンジェルになってしまいました。

弥生は
本心から
良かったと思いました。

悟生が結婚したら
もう肩の荷が
降りたものだと思いました。

次の日曜日
和己は
買い物袋に
食材を入れて
約束通りに
やって来ました。

和己は
大学に入った時から
結婚した時に
役に立つようにと
大阪では有名な
料理学校に行っていました。

手軽な料理から
フランス料理まで
いろんなものを
教わっていました。

家でも
試したりして
その中でも
自信のある
ハンバーグを
作ることにしました。

エプロンを着けて
来住家の
台所に立ちました。

来住家の台所は
本当に
昭和の台所という感じで
使い勝手が悪いものでしたが
前もって見ていたので
道具も
持って来ていました。

一番高い肉を
使って作り始めたのです。

和己に言わせると
悪戦苦闘を
見せないように
なにげに
慣れたように
作っていました。

36

弥生も
手伝おうと思いましたが
凄い
オーラが出ていて
近づけませんでした。

ただただ
遠くから
湖子と弥生は
和己を見ていました。

真剣に
調理をする
和己は
今まで見たことのない
迫力だと
湖子は思いました。

和己が言った
予定時間に
ピッタリと
出来上がった
ハンバーグと
副菜を
お皿に盛り付けました。

食卓に
4人分が並べられました
弥生や湖子は
ホッとして
席に座って
唱和の後食べ始めたのです。

湖子には
初めての味でした。

今までの
弥生の味しか知らないので
初めてだったのです。

弥生も父親も
すべて平らげて
食事は
終わりました。

弥生は
何か話したそうに
湖子には見えました。

何を話すのかと
思ったら
弥生は
「このハンバーグは
とても美味しいけど
来住家の味とは
少し違います。

悟生と結婚するなら
少しだけ味を変えてくれないと
いけないわ。」
と言ったのです。


36

湖子は
弥生の言葉に
ハッとしましたが
和己は
「ありがとうございます。

教えて下さり
ありがとうございます。

どのような味がよろしいのですか。

私にもできるでしょうか」
と笑顔でそして真剣に
聞いてきたのです。

「それは難しくはありません。

来住家は
お父さんが
病気で倒れてから
凄く薄味になっています。

塩を殆ど使わないの

残り物でよかったら
これを召し上がって下さい。」と言って
冷蔵庫から
お皿の中に入った
魚の煮つけと
野菜の水煮を
弥生は
出しました。

和己は
お箸で
少しだけ食べました。

「これですね。
この味ですね。

分かりました。

できるかどうか分かりませんが
来週
挑戦させて下さい。

お願いします。」と
言ったのです。

自信ありそうに
和己は
答えたのです。

そのあと
和己が持って来た
イチゴのショートケーキと
紅茶を
飲んで
和やかにおわりました。


37

湖子は
一時はどうなるかと思っていたので
和やかに
終わって
ホッとしました。

大学でも
和己は
もっと近づいてきました。

もう
結婚する気分です。

一週間後
同じように
大きめの
買い物袋を持って
やって来ました。

こんどは
シチューを作るらしいのです。

前のように
気迫が感じられました。

作り始めました。

キッチン秤で
量りながら
作り始めました。

こんどは
予定通りに
出来上がりませんでした。

時間がかかり
できなかったのです。

同じように
食卓に並べられました。

湖子の目には
再試のように見えました。

弥生や和己には
そんな風に思っていないようで
大きな期待と希望の
食卓だと
感じていたのです。

食べ始めて
ふたりは
顔を見合わせ
笑顔になりました。

「すこし言っただけで
こんなに美味しいものが
できるなんて
和己さんは
料理の天才ですね」と
弥生が言うと
「いえいえ
そんな事はないです。

家で
相当作りましたから

家族は
連日シチューで
大変みたいでしたよ。

でも
健康のために
家でも
薄味にしようと
決めたんです。

みんな元気で
暮らせたらいいですよね」と
和己が
答えました。




38

減塩食事を
いつもしている
来住家の面々は
和己が作ったシチューが
美味しいと思いますが
薄味になれてない
和己が
美味しいとは
思えないのです。

湖子は
和己は無理をしてまで
従っていると
思いました。

湖子は
和己を
より
いとおしく
慈しむように思いました。

可愛く思ってでも
どのように表現すべきかどうか
湖子には
分かりませんでした。

全知全能の
神に次ぐ才能を持った湖子でも
この場の対応は
分かりませんでした。

それで
平然を
装うことで
何とかしていました。

その場を
湖子は
切り抜けたつもりでしたが
和己は
何か手応えを感じていました。

弥生は
いろんな話を
さんざんしたあとで
「和己さんと
うちの悟生が
結婚したら
みんなで住める
大きな家に
建て替えようと思っています。

その時は
台所は
南向きで
明るいところに作ったら
良いですよね。

和己さんは
どんな家が良いですか

ふたりで
また考えましょうね。」と
言ったのです。

住む家まで
考えているとは
湖子は
思いませんでした。

和己は
ほほえんで
「台所は
女の城ですから
ふたりで考えましょう。

家の中で
一番良い場所が良いですよね。

家族が集まれるような場所
憧れます。」と言う答を聞いて
湖子は
何か大きな感動を
衝撃を感じました。


39

そんな一日が過ぎ
駅まで送って
和己は帰りました。

それから
1ヶ月にいちどくらいのペースで
湖子の家を
訪れるようになりました。

そのたびに
いろんな料理を作ったり
将来の家のことを
あーでもない
こーでもないと
話し合っていました。

そんな話の中
弥生が
「悟生も
和己さんちに
行った方が
いいよ」と言ったのです。

少しだけ和己は
困った様子でしたが
いつもとは変わりないように
振る舞っていました。

何ヶ月か経って
和己は
湖子を
家に来るように誘いました。

日曜日の朝
駅まで迎えに来た
和己とともに
湖子は
駅前近くの
和己の家
長瀬家を
訪れることになりました。

長瀬家は
江戸時代
この辺りで新田を開発した
大庄屋で
名字帯刀を許された名家でした。

この時代になって
何代目かの
和己の父親は
工場を
はじめていたのです。

家の近くにある工場には
従業員が
100人くらい働いていました。



40

湖子の家に比べて
家は立派で

江戸時代に立てられた母屋と
現在家族が住んでいる
離れに別れていました。

和己の先導で
母屋の座敷へと
湖子は
入っていきました。

上座敷は
江戸時代には
代官もやって来たという
立派なもので
18畳ありました。

時候がよかったので
縁側は開け放たれて
日本式の
回遊型庭園と
枯山水の
庭園が
マッチしていました。

湖子は
妖精の仕事で
この様な
立派な
邸宅に
何度も入ったことがありましたが
やはり
来住家と比べてしまって
驚きでした。

和己は
ひと言
「古くてごめんね

父がこちらに案内しようと
言うもので」と
少しだけ恐縮して
言いました。

立派な座敷の
下座に
座布団を外して
座って待っていると
使い込んだ
作業服姿で
父親が現れました。

にこやかな顔をしていましたが
何かしたたかさを感じました。

上座に
ドッと座って
一通りの
挨拶をして
秘書の社員が
出したお茶を飲んだあとに
父親は
ゆっくりと
しゃべりはじめました。




41

「和己は
長瀬家の
一人娘です。

将来は
長瀬家を
継いでもらうことになっています。

会社の方は
工場で
一番仕事のできるものに
社長を継いでもらうけど
家は
和己しかいません。

田畑はなくなって仕舞ったけど
この屋敷と
生駒の山林を
継ぐ者がいないと
ご先祖様に
申し訳ない

悟生さんは
その方
大丈夫ですか」と
真顔で聞いてきたのです。

湖子は
どのように答えて良いか
分かりませんでした。

和己と
結婚したいと
思っていましたが
大事な
弥生に相談が必要だと思ったのです。

困っている
湖子を見て
和己が
「お父さん
そのことは言わない約束でしょう。」と
言うと
和己の父親は
「大事なことだから
話しておかないと」と
少し控えめに
話しました。

その話は
そこで終わって
食事中は
湖子のことを
いろんな事を
聞いてきました。

食事のあと
美味しいケーキの
デザートを
食べて
それから
コーヒーを飲みました。

コーヒーは
豆から作ったもので
平素
インスタントのコーヒーしか
家で飲んだことのない
湖子には
とても香りが強い
美味しい
飲み物でした。






42

飲み終わったあと
少し話をして
それから
父親に
隣の工場の見学に
向かいました。

大きな天井クレーンが付いた
工場の中に入りました。

大きな機械が
並んでいました。

今日は休みなので
誰もいませんが
多くの仕掛品が
積まれていて
活況なことが
読み取れます。

事務室には
先々代の書の
大きな額が掛けてありました。

「天地人知」と
書かれていました。

「行いは
どんなに隠しても
天の知るところ
地の知るところ
人の知るところ」だと
父親が説明しました。

湖子は
そんな事は
分かっていると
思いましたが
人間には
「教訓」となるようなことだと
初めて知りました。

家に帰って
一服すると
こんどは
和己が
母屋を
探検することになりました。

古い家ですか
驚くことばかりで
蔵の中には
籠(かご)が
置いてありました。

それから
和己の今住んでいる
離れを見る事にしました。

今暮らしている
和己のお部屋も
見せてくれるというのです。

なぜか湖子は
胸がドキドキしました。


43

お部屋は
二階の
見晴らしのいいところにあります。

湖子は
女性のお部屋を
見るのは
妖精の時に
いろんなお部屋を見ていましたから
ピンクのカーテンに
じゅうたんかと
思ったのですが
そんな事ではなかったようです。

落ち着いた
ベージュの色で
統一された
お部屋でした。

でも
和己のベッドを見て
すこし
胸がドキドキしました。

駅まで
和己は
送ってきて
「父は
養子のことをいっていましたが
私が
何とか説得しますので
気にしないで下さい。

長瀬の家には
たくさんの人がいますので
その中の
誰かが継ぎますので
ご心配なく」と話しました。

家に帰って
弥生に
養子のことを話しました。

弥生は
少し考えてから
「悟生が幸せになるなら
養子もいいんじゃないの

継ぐほどの財産もないし

私は大丈夫だから」と
少し強がりを
言っているように見えました。

ふたりの
結婚には
大きな障害があるようですが
大学を卒業するまでは
問題にはなりません。



44

湖子と和己は
学年がひとつ進んで
3年生になりました。

3年生になると
薬学部特有の教科が始まります。

そのひとつに
生薬学があります。

動植物鉱物をお薬として
使う学問で
数千年を経て
論理的というか
観念論的になっている
学問です。

論理的や観念的な部分は
別にして
生薬は
時として高価だったり
偽物が
出回ることが多いのです。

湖子が通っていた
大学には
生薬の判別
特に
植物性のものに
卓越した教授がいて
生薬学を受け持っていました。

何回かの授業のあと
生薬判別試験というのがありました。

生薬を見て
元来の植物の学名と
和漢名を答えるという物です。

80の生薬から
20が無作為に選ばれ
半分当たらないと
再試験ということになります。

普通の学生は
2回以上受けないと
まず通らないという
難問です。

なにしろ
学名が
ラテン語で
まったく分からない
音の羅列で
それが
覚えられないのです。

湖子は
全知全能ですし
能力を使わなくても
ラテン語が普通に話されていた
ローマ帝国にも
よく仕事で出掛けたので
その意味が分かりました。

もちろん
発音もいいし
満点でした。

そこで
教授は
湖子に
研究室に入るように
説得してきたのです。


45

教授は
製薬会社の
依頼が多くて
研究室に入ると
就職に
極めて有利になるのです。

人気の高い
研究室でした。

入ろうかなとも思ったのですが
和己が
なかなか
生薬判別試験に
合格しません。

和己だけを残してもと
思っていたのです。

和己は
湖子が
うまく教えても
2回も再試を受けてしまいました。

そんな事には
不器用みたいでした。

合格した日
和己は
湖子に抱きついてしまいました。

湖子は
嬉しかったです。

そんなふたりは
研究室に入りたいと
訪れました。

希望者が多くて
選抜が厳しいのですが
湖子は
もちろん合格です。

でも
和己は
ダメみたいだったのですが
湖子は
教授に
頼み込んだのです。

「和己と一緒でないと
入らない」という
決めセリフで
教授を
説得しました。

ふたり一緒に
研究室に入り
生薬の判別のための
試料作りに励みました。

教授がおこなう
生薬の判別方法は
顕微鏡で
植物の特長を
調べるというものです。

生薬の詳細を
顕微鏡で見るのです。

特長を見るためには
その試料を
うまく処理しなければなりません。

それが
意外にも
湖子よりも
和己が上手だったのです。


46

夏休み前に
多量の試料が
研究室に届きました。

大手の製薬会社からの
判別の依頼です。

みんなで手分けして
顕微鏡の
試料作りになりました。

和己は
一番の早さと
正確さで
作っていきました。

ここは
魔法なら
パッパと
作っていけると思ったのですが
それは使えないので
実際の
手作りになると
和己に比べると
そうと
不器用です。

教授は
それを見ていて
「長瀬君なかなかのものだね。

こんどの
研究旅行には
長瀬君も来ないか。

台湾なんだけど」と
言ったのです。

和己は
湖子と
台湾旅行に行けるなんてと
大喜びです。

湖子も
表には出しませんが
相当喜んでいました。

本当は
簡単な旅行ではなく
道なき道を歩いて
生薬を探し回るというもので
へとへとになるのですが
その時は
喜んでいました。

教授が
すぐに
実際を話しても
一緒なら
どんなところでも
いいと思って
幸せを感じるふたりでした。

47

台湾への旅行は
大手製薬企業の
協力で
無料です。

パスポートを
はじめて
ふたりでとって
お互いに
見せ合っていました。

夏休みの
終わり頃
台湾へ行くことになります。

初日は
現地製薬メーカーを訪れ
生薬の判別です。

和己は
試料作りに励みました。

湖子は
生薬の
整理をしていました。

その晩は
ホテル泊
次の日は
朝早く起きて
バスに乗って
山奥へ
それから
徒歩で
山の中へ
歩み込んでいきました。

生薬探しです。

教授はじめ
目をさらにして
探し回りました。

和己は
生の生薬など
まったく分かりませんので
湖子のあとを
付いて行くばかりです。

和己の目には
どれも同じ
草に見えていたのです。

最初に見付けたのは
もちろん教授です。

写真を撮って
研究生みんなで
ジーッと見て回りました。

どんなところに
どのように生えているか
メモを取りました。



48

見付けた
植物は
貴重なので
採取の許可はもらっていましたが
置いておきました。

次に見付けたのは
湖子です。

大学に置いてあった
植物標本を見て
勉強していました。

標本はいわゆる押し花のような
紙のようになっているものを
何度見持て
特長を見ていました。

その甲斐あっての
発見です。

見付けた植物は
それ程貴重でもないので
採取しました。

教授のいろんな説明がありました。

そんな山奥を
夕方まで
歩いて
数十の植物を見付けました。

和己は
まったく分かりませんでした。

その日は
近くの
バンガローの様なところで
泊まりとなります。

湖子と和己は
満天の星空を
優雅に見ていました。

空を見ながら
寄り添い
星に願いを
掛けてみようかと
お互いに話していました。

なんだかんだと話をしていると
星空に
一筋の流れ星が
見られました。

最初は
一瞬だったし
余裕が中って
ふたりともできませんでした。

黙って
空を
見上げていました。

その時
流れ星が
というか
もう少し大きな
火球だったかも知れません。

その瞬間
和己も
湖子も
「結婚できますように」と
お願いしてしまいました。



49

その願いは
すぐに神政庁に
届きました。

神政庁の職員は
大方は神さまの分身ですが
妖精も勤めていました。

その中に
湖子の分身もいて
自分の願いを
自分で受け止めてしまったのです。

妖精としては
もちろん
神政庁としても
初めての事例でした。

神政庁では
その願いを
どのように
扱うか
協議しましたが
願いを叶えてやることにしました。

と言うわけで
星子は
いつものように
神政庁で指示書をもらって
経理課で前払いを受け
戻ってきました。

星子は
助ける人が
和己と星子だということを見て
剛と驚きました。

どうすればいいか
まず
湖子に尋ねました。

湖子は
良い考えがないので
星に願いをしたようで
名案を持っていません。

いつもの
湖子とは
違うと感じました。

「愛を解決するのは
論理的思考では
無理だ
人間を長くやってきて
もう人間的じゃないか」と
剛は思いました。

星子と剛は
ミッションを
どのように解決するか
話し合いました。



50

人間的な
その問題の解決するために
整理する事にしました。

「1.弥生は
養子に出しても良いと考えている

2.和己の父親は
何としても長瀬家を
継いで欲しい

3.厳しい農作業で
体が弱っている
弥生と
悟生は一緒に暮らしたいと
考えている

4.和己も
弥生と一緒に暮らしても良いと
考えている

5.和己の父親は
仕事を手伝って欲しいと
考えている」

が主な
ものだった。

剛は
問題の解決は
簡単だと考えました。

星子は
「そんなに簡単なの

剛ってステキ」と
叫びました。

剛は
「湖子は
長瀬家に養子に入るけど
住むのは
弥生の家
毎日
長瀬家に仕事に出掛ける
それから
休日には
弥生の仕事を
手伝う
と言うプランです」と
自信ありそうに
答えました。

和己や湖子にそのことを話すと
それは
素晴らしい解決方法だと
みんなの意見は
一致しました。

速攻の解決です。

妖精見習いの
剛にこんな良い考えがあるのかと
星子は
見直してしまいました。

和己の父親にも
納得してもらう必要があることを
みんなは忘れていたのです。









51

和己の家族は
湖子が聞いただけでは
少し複雑のようです。

妖精のほんの少しの力で
調べれば分かることですが
湖子はそれをしませんでした。

人間として
生きようと考えていたのです。

湖子は
和己に
家族のことを
聞くことを
ためらっていたのですが
和己の力になるためには
聞いた方が良いと
結論づけました。

和己は
重い口を
開きました。

「私の母は
3歳の時に
家を出て行ってしまいました。

理由は分かりません。

父は何も話しません。

それ以来
父の秘書に育てられました。

父親は
秘書には
満足していたようですが
私は
母がいない
寂しさは
なくなりません。

父親は
みんなには
偉い人ですが
私には
時間のない父親でした。

私には
、、、、、、


、、」と
述懐しました。

湖子の母親
弥生に
自分の母親を
重ねていたんだと
湖子は
気が付きました。

52

湖子:
いろんな事があったんだね

和己:
私は
母親に捨てられたんだと
思っています。

湖子:
そんな事
お母さんには
何か理由があったんだよ

和己:
お父さんは
優しい人でしょう

そんな人から
別れるなんて
考えられません。

湖子:
夫婦のことは
分からないから

和己:
悟生は
わかるの

まさか
結婚しているとか

そんな事ないよね

悟生さんの
ご両親も
仲の良い様に見えますが

いろいろあるんですか

湖子は
少しだけ焦ってしまいました。

湖子:
そんな事はない

絶対にありません


和己:
なに焦っているの

当たり前じゃないの

湖子:
和己の
お母さんは
どちらに今は

和己:
知らない

なにも聞いていないので

湖子:
そうなの

会ってみたいと思わないの

和己:
思いません

大きな声で
話す和己の言葉に
ウソがあると
湖子は思いました。




53

和己に
母親を
会わせたいと
湖子は思っていました。

どこにいるか
妖精の力を使えば
簡単だとも思っていたのですが
妖精の力は
使わないと決めていました。

まず
住民票を
閲覧しました。

当時は
誰でも
閲覧できたので
簡単です。

閲覧しても
新たなことは
わかりませんでいした。

そのままなのです。

いなくなってから
全く変わっていないのです。

変わっていないと言うことの方が
驚きだったかも知れません。

と言うわけで
住民票からは
わかりませんでした。

星子に頼んで
母親の実家に
聞き込みに
行ってもらいました。

剛は
うまく
実家のかぞくに近寄って
話を聞くことができたのですが
まったく分かりませんでした。

母親の
兄との
交流も全くないと言うことが
わかりました。

普通の手段での
調べ方では
わからないということが
わかりました。


54

やはりここは
星子に頼んで
調べようか
それとも
調べない方が良いか
と悩みました。

そこで
星子と剛を呼んで
「和己の
母親を
探して欲しい。

結果が
良かったら
私に知らして欲しい

あまり良くなかったら
剛と相談して
結果を伝えないで欲しい」
と頼みました。

調べるのは
妖精の力を
フルに使えば
簡単だが
その結果を
どう判断するかどうか
難しいと
思いましたが
仕事ですので
やってみることにしました。

母親の
実家のところで
まず調べました。

あれ以来
一度も帰ってきていないことがわかりました。

北陸方面にいるように
思えたので
ふたりは
石川に行って
その力で
調べ回ること
2日
探し当てました。

兼六園近くで
見付けたのです。




55

兼六園から
少し山側行った
小立野と言うところに
住んでいました。

小さなアパートの
2階暮らしでした。


その女性は
ぱっと見
和己に似ていました。

その女性のお部屋には
旧姓で
表札が上がっていました。

星子は
姿を隠して
女性を見張っていました。

ひとり暮らしで
見る限りは
慎みやかに見えました。

というか
貧しいように見えました。

正真正銘の
ひとり暮らしでした。

家に帰ったら
夕食を作り
後片付けをして
お風呂に入り
それから
テレビを見て
ベッドに入るという
毎日のようでした。

仕事は
近くの
スーパーマーケットの
店員で
早出の日と
遅出の日があるようで
遅い日は
9時過ぎの帰宅になります。

ここまでは
簡単にわかったのですが
なぜ家を
出ていったのかは
わかりませんでした。



56

星子の
ミッションは
出ていった理由を
調べることです。

どのように
調べるか
考えました。

時間を要しますが
夢の中で
尋ねることにしました。

調べられる人には
寝ている夢のように
感じるだけです。

それで
夜になると
母親の枕元に出向き
調べはじめました。

あまり長く調べると
気が付いてしまいますので
一週間ばかり要してしまいました。

星子は
寝不足になってしまいました。

わかったことは
次の様でした。

母親は
大金持で
裕福に育ちました。

和己の父親と
結婚して
和己を生んで
母親になったのです。

生まれた頃は
おじいさんおばあさんが
健在で
和己を殆ど独占されて
母親は淋しくなって
憂さ晴らしに
少し遠出のつもりで
出掛けました。

持参金に持っていた
200万円と
お小遣いを貯めた
30万円が入った
預金通帳と判子を持って
最初に来た
電車に乗るという
旅に出掛けたのです。

大阪駅で
最初に出発する
汽車が
「ゆのくに」だったので
それにのって
金沢まで来たのです。

有名な兼六園を見て
近くの
旅館に泊まって
何となく
数日経った頃
病気になってしまいました。

近くの
金沢大学の付属病院に行くと
肺炎の疑いと言うことで
入院することになります。

看護婦さんが
とても親切でした。

抗生物質の使用で
病気が良くなると
病院の周りを歩いていると
周りには
現在とは違って
大学が多くあり
若い学生の街でした。

近くのパン屋に行くと
パート募集と書いてありました。

母親は
一度も
働いたことがなかったので
これも経験かと思って
応募したのです。

母親は
和己に似て
とても可愛かったので
すぐに採用されました。




57

パン屋は
今のコンビニのようなもので
酒と米以外は
何でも売っていて
もちろんたばこも売っていました。

自動販売機がない時代でもありましたから
手売りです。

和己は
すぐにそこの看板娘になってしまいました。

住むところも
店の上の空いている
部屋に住めました。

眺めの良い窓から
日本アルプスが
一望できました。

月末の
給料日に
もうそろそろ帰ろうかとも考えましたが
何となく
金沢が
居心地が良かったのです。

職場では
同僚や店長から
期待されるし
客は
若い男性が多くて
ちやほやされるし
三度の食事は
店から支給されて
料理はする必要もないし
当時では珍しい
洗濯機でパッパと洗濯はできるし
それ以上に
当時では貴重な
テレビも見る事ができたのです。

一ヶ月が過ぎ
二ヶ月が過ぎ
半年が過ぎ
一年が過ぎると
もう帰るに帰られなくなります。

冬になると
お客さんの大学生に誘われて
スキーもできました。

冬は
雪かきをしないと
いけなかったのですが
それも楽しく思えました。

雪かきをしていると
お客の大学生が
すすんで
手伝ってくれました。



58

楽しい時間でした。

金沢にいたら
必要とされていたのです。

長瀬家では
そうではなかったと
思い出を母親は
話し始めました。

結婚して
長瀬家に嫁いでも
やることはなかったのです。

家事の大方は
秘書と呼ばれるお手伝いさんがやってしまうし
和己の世話は
今はなくなっている祖父母がしていて
そうかと言って
会社の手伝いもさせてもらえないし
一日中閑でした。

テレビを見たり
インターネットを見たり
ができる現代ではないので
時間をつぶすことは
かなり
大変でした。

まわりの
セコセコと働いている人間から見ると
うらやましくうつっていたのも
母親には耐えられませんでした。

そんな中で
旅に出たのです。

別に夫に
不満があるわけでもなく
好きな人ができたということも
まったくありませんでした。

旅のつもりで
家を出たのですが
それが
こんなにながく
なってしまうとは思いませんでした。

長くなると
もう帰られなくなってしまったのです。

一度だけ
家に見に行ったこともありました。

二年ばかり経った夏の日に
汽車に乗って
大阪まで行き
それから
長瀬の駅まで乗り換えて
到着しました。







59

いつものように
駅前は
大賑わいでした。

駅の近くにある
大学が
段々と大きくなっていて
学生で
多くなっていました。

駅前には
目新しい
喫茶店もできていて
そこにひとまずはいりました。

そこからは
長瀬の家が
よく見えました。

別に変装していませんでしたが
まったく気付かれませんでした。

以前は
「あまり出掛けないように」という
言いつけから
家から
殆ど出掛けなかったので
長瀬の人達は
長瀬家の新妻がいなくなったことは
知っていても
どんな人か
まったく知らなかったのです。

そんな理由で
喫茶店で
閉店まで
見ていました。

普通に
長瀬家の日とは
生活していました。

社長の夫も
仕事をしていましたし
和己も
世話役が
普通にお母さん役をしていました。

おじいさんおばあさんも
ふつうに
生活していました。

少しは
自分がいないことで
変わっていたら
戻ろうかと
思っていたのですが
残念でなりませんでした。

閉店で
店を出て
駅から
大阪駅に向かいました。

金沢行きの
電車がなくなっていたので
旅館に泊まって
翌朝
金沢へ向かいました。

それ以来
長瀬には
来たことがありません。




60

妖精の星子は
夜に調べていたのですが
妖精の見習いの剛は
姿を消したり
心を読んだりできませんので
お昼間
母親が働いている様子を
見ていたのです。

母親が
はじめに
勤めていた
パン屋さんは
現在のパン屋さんとは
違っていて
パンを売っているだけで
パンを焼いてはいません。

地元地元に
それなりの
パン工場があって
そこから
仕入れて小売りしていたのです。

他にいろんなものを売っていて
今のコンビニのような
ものでした。

看板娘可愛いためか
若い学生で
繁盛していました。

昭和45年頃になると
パン屋は
道路隔てた
前に新しく
スーパーマーケットを作って
そこに引っ越しします。

もとのパン屋は
駐車場になって
その隣に
ファミレスができました。

母親は
パン屋がなくなる時に
近くの
少しだけ大きめの
お部屋に移りました。

窓からは
同じように
日本アルプスが見える
眺めの良い場所です。

母親は
レジ係でかわりませんが
給料も上がって
休みも増えました。

友達もできて
第二のふるさとに
金沢なっていました。




61

母親の家出と
その後の様子がわかったのですが
これを
はじめの約束に従って
湖子に知らせるべきか
知らせないか
判断する必要があります。

たぶん
湖子に知らせると
和己に伝え
きっと和己は
母親に会いに来ると
考えられます。

そしたら
今は平穏に過ごしている
母親の生活は
乱されることになります。

ながく別れて過ごしていた
娘に会えるという点もありますが
それが
母親にとって
幸せかどうか
会った娘が
幸せになるかどうか
わかりません。

和己のことは
湖子に判断してもらうとして
母親については
判断する必要があります。

剛は
星子に
「また夢の中で
しらべたら」と
言ったのですが
星子は
「それは夢の中では
調べられないわ。

夢の中で調べられるのは
確定した記憶や
確固たる意思が必要で
娘と会えたらとか
金沢から離れたらというような
仮定の話では
頭の中に
そんな概念がないので
しらべられないわ」と
答えたのです。

そこで
直接
聞いてみるという
超古典的な方法を
使うことにしました。

人間として
経験豊富な
剛が
聞いてみることになりました。


62

男性の剛ひとりが
尋ねるに行くと
不審がるので
星子とふたりで行くことにしました。

休みの日の
昼下がり
ふたりは
お部屋を訪ねました。

チャイムを鳴らして
出てきた
母親に
言ったのです。

剛:
少しだけ時間よろしいでしょうか。

母親:どなたですか

剛:
剛と星子と言います

母親:
あー

剛:
怪しいものではありません

母親:
ふーん

それで

剛:
話があるんです

母親:
どんな話ですか

新聞とか
宗教の勧誘なら
まにあっていますけど

剛:
そんなものではありません。

お子様の話なんです。

母親:
お子様って
私ひとり暮らしですが

剛:
今はそうかもしれませんが
昔は
いらっしゃったでしょう

母親:
えー
そんなこと
何で知ってるんですか

剛:
その理由は
言えないんですが

母親:
、、、、、、、


剛:
とにかく聞いて下さい。

母親は
わけが分からないので
ぽかーんとしていると
剛の押しに負けてしまいました。




63

剛と星子は
あつかましく
お部屋に入りました。

椅子に座って
話が始まりました。

剛:
あつかましくて申し訳ございません。

母親:
そうですよね
久しぶりの休みなのに

星子:
お手伝いしましょうか
家事のお手伝いは
慣れているんですよ

母親:じゃ
手伝って下さい。

それと
説明して下さい

剛:
話を聞いてくれて
ありがとうございます。

やはり
詳しく言わないと
わかりませんよね

説明します。

私たちは
妖精なんです。

母親:
余計にわからない話しに
なっているんですけど

妖精ってなに

やっぱり
宗教の勧誘?


剛:
私たちが妖精ということは
おいておいて
ある人からの依頼で
申し訳ございませんが
あなたを調べているんです。

母親:
えっ

ある人って
誰ですか

もと亭主とかですか

あの人は
探すわけがないし

剛:
それが誰か
言えないんです

お答えによっては
引き合わせて
わかることになるかも知れません。

母親:
亭主ではないというなら
和己?

剛:
お答えできません。

あなたが
和己さんの
母親であることは
誰にも言っていません。

母親:
よかった

誰にも言わないで下さい。

ところで
和己は
元気なんですか

今はどうしてるんですか

剛:
和己さんは
今は薬学部に通う大学生です。

婚約されています。

卒業と同時に
結婚される予定です。

64

母親:
よかった

剛:
この結果を
私たちは
和己さんに伝えるべきかどうか
悩んでいます。

知らせることによって
あなたと
和己の
日常の生活に
大きな変化を生じます。

そこで
あなたにそれについて
意見を聞くためにやってきたのです。

母親:
えっ
私のそれを
決めさせるのですか

私は
、、、、、
、、、


沈黙が続きます。

星子が
お茶の容易をしている
音だけが
聞こえて
、、、、
、、、、、、


それから
お茶を持って来ました。

星子は
離れていましたが
話の内容は
もちろんわかりますので
母親の
迷っている様子が
に取るように
見えました。

剛も
あとを
どのように話していいか
わかりませんでした。

お茶の香りだけが
漂っていました。




65

沈黙がながく続きました。

それを破ったのは
母親でした。

母親:
和己は私のことを
どのように思っているのですか。

剛:
それは
父親も和己も
話していません。

近所の人が
話している
ところによれば
あなたがいなくなった
翌日には
みんなで探したそうです。

会社の従業員にも
応援を呼んで
大捜索隊を編成して
地元長瀬はもとより
大阪府下奈良京都兵庫まで
探し回っていました。

その頃は
金沢に行かれていて
いなかったんですよね。

一週間も
続きましたが
「便りのないのはよい便り」ということで
待つことにしました。

それ以来
母親のことは
話さないことになったようです。

たぶん
ふたりとも
我慢していると思います。

本当は
会いたいのだともいます。

たぶんですけど


母親:
そうですか

、、、、、、


私のことを
和己に話して下さい。

どのような結果になっても
受け入れます。

誰だか知れませんが
よろしくお願いいたします。

剛:
わかりました。
あなたの
思いを
伝えます。



66

星子の
出したお茶を
美味しく
ゆっくり飲んで
剛と星子は
帰りました。

星子は
剛が調べた結果を
湖子に
送りました。

いわゆるテレパシーで
送ったのです。

湖子は
その結果を
聞いて
少しだけ考えて
やはり
和己に伝えることにしました。

つぎに
和己に会った日に
湖子は
和己に話しました。

「和己さん

これから話すことは
話しても良いかどうか
悩んだんですが
やはり
話した方が
和己さんのためになるのではと
思って話します。

驚くことがあるかも知れませんが
最後まで
聞いて下さい。

和己のお母さんは
和己が
3歳の時に
いなくなります。

最初は
家出しようかと思ったのではなく
旅行にでも
行こうかと
気軽に
家を出たのです。

『旅行に行きます』と
置き手紙を
残したと
言っていました。

大阪から
最初に出る
汽車に乗って
金沢に着いたそうです。

金沢は
良いところで
ついつい
長居をしてしまっそうです。

少し病気になって
入院して
それから
働いてみたいと言うことで
働き始めたのです。

それが
楽しくなって
2年が過ぎました。

一度だけ
長瀬に戻ったのですが
その頃には
お母さんの居場所は
ないように感じてしまったのです。

そこで
金沢に
18年暮らしてしまったのです。

お母さんは
和己さんの
結婚を大変喜んでいるそうです。

和己さん
どうしますか。」
と話しました。






67

和己は
ジッと聞いていました。

表情を変えませんでした。

最後まで聞いて
すぐに
和己は
平常心を装っていました。

湖子には
それがわかりましたが
知らない振りをしていました。

和己:
お母さんは
元気なんですか

湖子:
お母さんは大変元気だそうです。

毎日
スーパーのレジを
打っているそうです。

和己:
よかった

私にも
お母さんがいたんだよね

一度会ってみたいな

湖子:
そう
僕も
会いたいです。

和己:
ところで
どんな風のにして
見付けたの

父の話では
どんなに調べても
わからなかったそうなのに

探偵でも使ったの

湖子:
探偵ではなくて
妖精にお願いしたんだ

和己:
妖精ってなに
なんなの?

湖子:
だから
妖精なんだ

湖子:
わからないけどありがとう



68

父親には
まだ話さないと言うことにしました。

和己が会ってから
決めるそうです。

会う約束を
するために
星子と剛は
母親と
また
会いました。

次の次の
休みに
会うことになりました。

父親には
湖子と
日帰りの
金沢旅行と言って
出掛けたのです。

記憶にはない
母親に会うという
心ウキウキの
出会いの予定でしたが
和己の顔は
少し固いようでした。

複雑なんだろうと
湖子は
思いました。

朝一番の
列車で
出掛けました。

10時過ぎに
金沢駅前着いて
待ち合わせの
喫茶店に入りました。

既に
星子と剛に連れられた
母親は
席に座っていました。

湖子に促されて
その席に
和己は
近づきました。

すでに
ふたりの目は合って
そうだとわかったようです。

ふたりの
表情は
変わりませんでした。








69

話は淡々と過ぎて
さほどの実りもなく
感動も感じられませんでした。

小一時間話して
話が続かないので
終わりになりました。

湖子は
『人間は
わからない』と
あらためて思いました。

湖子が
妖精の力を使って
和己と
母親の心を読んでいれば
それは
そんな簡単なものでないし
人間も
理解できたのかも知れません。

湖子は
敢えて使わないように
しました。

人間として
生きていこうとしていた
湖子ですから
そうしたのです。

住所のメモだけを
渡しあいました。

その日は
それでお仕舞い
和己は
湖子と一緒に
金沢から
帰りました。

母親は
星子と剛に連れられて
小立野に
戻りました。

殆ど会話もなく
無言でした。

まだ日がある内に
和己は
家に戻りました。

「今日はありありがとう」と
言って
家の中に
消えていきました。

湖子は
これで良かったのかと
思ったのです。




70

それからは
そのことにまったく触れませんでした。

湖子と和己は
大学の勉学が
忙しくなりました。

ゼミでの
研究の一環である
生薬の同定も
顕微鏡を使わなくても
大体はわかるようになっていました。

大体では
ダメなので
顕微鏡で
もちろん同定するのですが
その時は
和己が作る
検体が
威力を発揮します。

指導の
教授は
湖子と和己のペアは
最強だと
考えていて
卒業後も
大学に残って
大学院にいくか
助手となるかを
強くすすめていました。

和己は
それも良いかと考えていたのですが
大学院生では
湖子との結婚できないので
助手かとも思ったけど
助手では
例の結婚の条件を
満足できないことになります。

和己と湖子は
相当話し合いました。

湖子は
和己と結婚できる道の方を
選ぶと
話しました。

和己は
自分のために
目指しているものを
諦めないで欲しいと
言いましたが
湖子は
それはありがたく
聞いて
大学からは
離れることにしました。

そのことを
ふたりで
教授に告げると
大変残念がっていました。

湖子は
人間は
大変だと思いました。

妖精なら
こんな選択は
絶対にないし
ふたつを
いや三つでも
同時にできるのにと
思ったのです。

人間は
弱いと
あらためて
思いました。


71

湖子には
名誉欲とか
趣味とか
希望とか
そんなものがないので
大学院に進んで
立派な学者になりたいという
願望もないのです。

逆に
そのようなものがない妖精の
もどかしさを感じたのです。

そんな事があって
湖子と和己は
4年生になりました。

4年生になると
卒論のための研究と
薬剤師の国家試験勉強が
主になります。

卒論研究については
教授が
「生薬の顕微鏡下の同定」という
研究課題を
与えてくれました。

卒論は
今までの延長で
もう二年もしているので
データも
たまっていて
充分な量です。

それよりも国家試験の方が
問題でした。

湖子は
記憶力が
人以上ですので
問題はありません。

しかし
和己は
少し問題です。

和己も
マジメですが
国家試験は
大変難しくて
湖子には
心配でした。

もし通らないと
結婚条件にも
合致しなくなります。

湖子は
和己の
受験勉強を
助けていたのですが
助けられるのは
少しだけでしたので
心配でした。


72

和己を
助けるために
勉強を一緒にしました。

過去問を
何度も行ったのですが
合格点までは
なかなか達しなかったのです。

そのうえ
和己は
飽き性で
勉強が長続きしません。

当時の薬剤師試験は
卒業して
4月にありました。

和己の父親との取り決めがありますから
合格後
湖子と
結婚することになっていて
合格が決まってから
日程を決めることになっています。

そんな日程になっていますので
湖子も
父親の会社に就職することに
なっていましたので
無職と言うことで
母親の
弥生の仕事を
手伝っていました。

弥生の仕事で
建物の
ペンキ塗りをしていました。

その合間に
和己の勉強を見たりしていました。

湖子自体は
殆ど勉強をしませんでした。

和己の勉強を見ていただけで
充分に
内容がわかっていたのです。

近くの
女子薬科大学での
二日間の試験は
和己にとっては
過酷でしたが
何とか乗り切れたというようで
湖子は
ホッとして
結果待ちでした。

和己には
神頼みしかなかったようで
近くに神社に
お百度参りをしていました。

湖子は
「妖精ではなくて
神社なんだ

妖精の私には
少し皮肉だわ

でも
妖精に頼まれても
試験に合格というのは
ちょっとハードルが高い
かもしれない」と
思いました。


73

一週間後の朝
新聞の地域版に
国家試験の合格者の名前が
並んでいました。

湖子の名前は
ありました。

和己はどうなんだろうと
電話をしました。

和己は
見ていないというので
早く見て欲しいというと
しばらく時間が過ぎてから
受話器の向こうから
歓喜の声が聞こえました。

「合格
合格
合格です。」との声です。

湖子は
良かったともいました。

それから
湖子と和己の結婚の準備が
始まりました。

湖子が
婿養子に入るというので
和己の父親からの
結納から始まります。

長瀬家から
5月の大安の日に
結納用品一式が
持ち込まれ
座敷に並べられました。

足の踏み場もないと言うほどの量です。

結納金自体は
1000万円で
破格です。

弥生は
びっくりです。

いわゆる嫁入り道具を
それなりに作らないと
いけないので
大慌てです。

新居も庭に新たに
作りました。

南向きで
明るい部屋でしたが
キッチンと
6畳がひとつです。

和己は
「こんな部屋に住んでみたかった」と
嫌みではなく
いっていました。

小さなお部屋に住んだことのない
和己には
新鮮だったのかも知れません。



74

結婚式は
秋でした。

湖子は
結婚の条件の通り
長瀬の
和己の父親の会社に
就職していました。

当時では非常に珍しい
週休二日制で
月曜日から金曜日まで
びっしり
働いていました。

会社はネジを作る会社で
当時は
繁盛していました。

湖子は
最初は
下働きで
肉体労働です。

湖子は
筋肉が付いてしまいました。

毎日毎日
疲れて家に帰りました。

弥生は
心配でした。

生まれてから
病気というものを
しない湖子でしたので
大丈夫かと
思っていたのですが
やはり
心配でした。

夏は
エアコンが
工場には
ありません。

特に厳しい状況でした。

古参の従業員は
腕を自慢していました。

ネジ工場は
いろんなものを作っていました。

汎用品から
全くの特注
特殊なものまで
作っていて
特殊なものは
職人が
旋盤で作り上げるのです。

「俺にしかできない」と
自慢するだけのことはあります。







75

そんな中で
湖子は働きました。

休日は
弥生の手伝いも
している毎日です。

和己に会えるのは
職場で
お昼ご飯の時だけです。

少しの時間でも
仲良く過ごしていました。

夏が過ぎて
秋が来て
結婚式は
近づいてきました。

準備は
和己の父親の
秘書がすべてとりしきっていました。

長瀬家の招待客は
国会議員・市長をはじめ
名士そのものの面々でした。

来住家は
親戚も少ないし
そんな名士にも
繋がりがなかったので
大学の先生を
呼ぶことにしました。

秘書は
和己の
母親については
居場所を
まったく知らなかったので
招待など
気にも留めませんでした。

湖子は
「結婚式に
母親を呼んだら」と
和己に
一度だけ言ったのですが
それっきりになっていました。

微妙なことなので
どんな風にしたらいいか
わかりませんでした。

式の日程が
段々近づいて
湖子は
焦ってしまいました。

やはり
和己が本当は
どのように考えているかが
大切だと思ったのですが
真意を
知ることは
普通の人間には
無理でした。



76

人間としての
人生を歩むのが
湖子の
ミッションですので
妖精の力を
使いませんでした。

それを感じた
星子は
和己の心を
読みとることにしました。

妖精の星子にとっては
さほど難しいことではありませんでした。

星子は
和己が
湖子の家に来た時に
少しだけ
時間を止めて
心を
瞬時に
読みとったのですが
不可解な結果でした。

「和己は母親に
会いたいけど
会いたくない。

結婚式に出席して
晴れ姿を見て欲しいけど
見て欲しくない。

父親と会って欲しいけど
会って欲しくない」という
結果なんです。

人間はわからないと
星子は言うと
剛は
「僕にはわかります。

そんなものなんです。

いつも決めかねているのが
人間です。」と
答えました。

星子が
「どうすればいいのよ」と
再度言うと
剛は
「そんな時には
会わせる方を選ぶと良い

会わないと
一生後悔だけが残る

後悔しないためにも会わせるべきです」と
結論つけました。

そのことを
湖子に伝えました。





77

湖子は
和己を愛していたので
母親を
呼ぶことにしました。

和己の父親
つまり
会社の社長にも
そのことを伝えました。

父親は
驚いていましたが
娘の
一生後悔のことを考えて
賛同しました。

父親も
会いたいようでした。

湖子は
金沢に行って
そのことを伝えました。

母親は
感激して
涙を流して
喜んでいました。

駅まで送ってもらいました。

和己には
サプライズと言うことで
黙っていました。

それで良いか
何度も考えましたが
人間の脳で
考えても
わからないし
妖精の
洞察力だけでも
わからないことなので
剛の言うようにしかできないと
決めました。

そう決めると
心が
軽くなりました。

湖子はあらためて
人間の悩みって
何なのか
わからないことが
わかったと
思いました。





78

結婚式は
盛大そのものでした。

天井の高い
ホールが貸し切られて
行われました。

国会議員や
市長が次々に
演台にたち
演説を
ぶち上げていました。

和己は
何回も
お色直しをしていました。

母親は
親戚席ではなく
友人席に座ってみていました。

式は
3時間に及び
ました。

偉い面々は
あまりにも長いため
帰ってしまい
空席が目立ちはじめていました。

最後の
和己のお色直しの時に
母親に会わすことになっていました。

衣装を着替えて
入ろうとした時に
母親に会いました。

母親の目は
潤んでいました。

母親にエスコートされて
新婦の入場に
スポットライトが
あてられました。

案内のアナウンスは
「新婦の入場」だけで
詳しいことは言いません。

母親に手を引かれて
ドレスの和己の入場です。

拍手がわき
それが
ふたりの涙を誘います。







79

光が当たっているのは
新婦だけなので
エスコートの母親は
見ているものには
誰だかわかりません。

新郎のところまで来て
湖子と和己母親は
目があいました。

3人は
感極まって
涙です。

それを見ていた
観客も
理由がわからなかったけど
涙を流しているものも
いました。

母親であることに
気が付いたものは
いませんでした。

知っているものは
少なかったし
宴席が長くなって
お酒を飲んでいて
わからなかったのでしょう。

もちろん
事前に知らされている
父親は知っていましたが
結婚式の
当日には
挨拶できませんでした。

長い宴席は
お開きになって
湖子と和己は
新婚旅行に
大阪空港から
旅立ちました。

母親は
星子が
駅まで送っていきました。

ハワイに着くと
暑くて
英語が話されていました。

妖精の湖子なら
何の問題もなかったのですが
人間の湖子は
日本で
英語教育を
受けただけなので
ハッキリ言って
まったくわかりませんでした。

和己は
湖子が英語が話せると
思っていたので意外でした。


80

少しだけ
和己に
見放されそうになったので
湖子は
思わず
妖精の力を使って
英語を話しました。

「なんだ
悟生さん
英語はなせるじゃないの

最初から
話してよ
心配するんだから

悟生さんも
お茶目ね」と
和己が
笑って言いました。

湖子は
「えへ」と
いうしかありませんでした。

使わないと
決めていた
妖精の力を
使ってしまって
残念に思いました。

そんなに
和己が好きなのかと
自分でもあきれるほどでした。

たのしい
ハワイ旅行は
終わって
木枯らしが吹く
日本に帰ってくると
こんどは
新しい生活が始まります。

和己が
ずーっと
家にいて
夜も一緒です。

料理も
作ってくれて
一緒に食べると
これが美味しくて
ついつい食べ過ぎてしまうのです。

太ってしまいました。

太った
妖精は
妖精界では
初めての事件というか
事象でした。

星子と剛も
びっくりです。