ロフト付きはおもしろい

ロフト大好きの68歳の老人の日記です

ブログ小説「ロフトで勉強しましょ」結婚編その30まで

「ロフトで勉強しましょ」
前編
クリスマス編
完結編のあらすじ


十詩子は
大家族で高校まで
豊岡に住んでいました。

家計を助けるために
大学進学を諦め
尼崎市の大手鉄鋼会社の工場に勤めはじめます。

同僚の敬子とともに
社命で大阪の経理学校の夜学で
簿記を勉強しました。

そこで
大学生の悟と出会います。

平素は控えめな十詩子ですが
この時だけ
十詩子の方から
きっかけを作って
悟と付き合うことになります。

ふたりは
一緒に勉強したり
悟の大学に行ったりして
清く正しい
デートをしていました。

悟の大学で
講義を受けて
大学にやっぱり行きたくなります。

課長にお願いすると
転勤のある
総合職に変わると
奨学金が出て
夜学に行けると
アドバイスを受けます。

あとのことも考えずに
総合職に変わって
悟と同じ大学を受験します。

試験には合格し
入学金は
悟や同僚・両親・家主それに
会社の奨学金で
まかなってもらいました。

十詩子は
仕事と勉強それに
悟を大事にして
がんばっていきます。

会社の仕事が
電算化される時流に乗って
十詩子の仕事は
段々と大きく
偉くなっていきます。

ひとつ上の
悟は
建築の勉強をするために
もう一度大学に行くことになります。

遅れて卒業した
十詩子は
総合職として
東京転勤を命じられ
悩みます。

ふたりは
永遠の愛を信じて
十詩子は
東京へ
悟は大阪の大学と
遠距離恋愛になってしまいます。

十詩子の仕事も
悟の勉強も
忙しいために
殆ど会われず
3年が過ぎます。

普通に考えると
些細な誤解が
二度起きて
ふたりは
愛しながら別れてしまいます。

十詩子は
会社で
徐々に重要な仕事をまかされ
昇進していきます。

悟は
大阪市の公務員になって
忙しく仕事をする毎日です。

ふたりは
相手のことを忘れることもなく
月日が経って
悟が58
十詩子が57歳の時
再び出会って
誤解が解けます。

今度も
積極的に
十詩子が動いて
結婚を
する事になります。

そしてふたりは
十詩子の実家
豊岡へ
電車で向かいました。

(どのような誤解で
「愛しながら別れる」になったのかは
原文をお読み下さい。

私は
相手のことを
深く思い合う心があれば
この様な誤解も
起こるかも知れないと
思っています)




結婚編筋書き

結婚の準備をしていると
十詩子が勤めていた会社から
再度
慰留の話がありました。

何でも相談すると決めていたので
そのことも
十詩子は相談しました。

悟は
こころよく承諾して
十詩子は
嘱託として
勤めることになります。






結婚編その1

結婚のことを
十詩子の両親に
話すために
豊岡に向かう
電車に乗っていました。

1月2日ですので
正月の晴れ着を
着ている乗客も多く
華やいだ車内でした。

その中で
初老の悟と
ひとつ歳は下だけど
娘のように見える
十詩子が
寄り添って
座っていました。

景気の良い
武田尾の
渓谷のなかを
電車が通っても
窓の外など見ずに
ふたりは
見つめあって
なんだかんだと
話していました。

宝塚から福知山で乗り換えて
豊岡まで
電車で約2時間です。

朝早く出発して
9時過ぎには
豊岡に着きました。

駅前は
正月ということで
大きな門松が飾ってあったけど
閑散としていました。

十詩子の家は
駅から少し離れていて
バスで行くのが普通です。

弟が迎に行くと言っていましたが
『タクシーで行くから』と
断りました。

駅に着くと
タクシー乗り場に
タクシーが停まっていませんでした。



2

豊岡の正月は
雪が降っている時が多いのですが
その年は
雪は殆どつもっていませんでした。

まだまだ時間があったので
歩いて
十詩子の家まで
行くことにしました。

駅を東に商店街を通って
円山川の川沿いの道まで出ました。

川を少しさかのぼって
歩いて行きました。

コウノトリが
巣を作るための
鉄柱が
所々に立っているのが
遠くに見えました。

十詩子は
活動的な女性で
歩いて
営業に回ることも
しばしばありました。

悟は
机付と
言われるくらい
机の前でしか
仕事をしたことがなく
歩くことは
苦手でした。

ふたりは
正月とはいえ
暖かい日を浴びて
ゆっくりと
手を繋いで
歩いていました。

十詩子は
悟の顔を見ると
我慢しているようですが
辛そうでした。

十詩子は
「ここで休みましょうか」と
声を掛けました。

悟は
「ありがとう

僕の気持ち
わかるんですね

良いお嫁さんになるよね」と
十詩子に言うと
すこし赤くなった十詩子は
「あなたこそ
良い旦那になりますよね」と
答えました。



3

休み休みゆっくりと歩いて
十詩子の家が
間近に迫った時
向こうの方に
たぶん高校生くらいの
男の子が立っていました。

悟は
目が良いので
顔はわかったのですが
十詩子は
近視?遠視なので
誰かわかりませんでした。

男の子は
こちらを見て
少し会釈したら
角に隠れてしまいました。

しばらくして
何人かが
出てきました。

遠くからでも
ハッキリわかるくらいの
老夫婦と
初老の夫婦
それに
若い人達でした。

だいぶ近づいてきたので
十詩子も
わかって
「お父さんたちだわ」と言って
少し早足になりました。

悟も
力を振り絞って
あとを付いていきました。

みんなで
出迎えてくれていたのです。

正月の静かな雰囲気が
その場所だけ
破られました。

「今日はよく来たね」
「結婚するんだね」
「よかったね」
「おめでとう」などと
挨拶しました。



4

みんな一緒に
ガヤガヤ話ながら
家に入りました。

正月2日には
集まる習慣があって
十詩子の叔父さんや叔母さん
従兄弟や姪甥も来ていて
座敷は
座る場所もないくらいです。

悟は
一応座って
ご両親に挨拶しました。

母親は
「ご丁寧に

よかった
よかった

もう少しだけ
早かったらよかったのにね

でも
私たちが
生きている間で
よかった」と
心の底から
言っていたようです。

そんな話が終わると
悟のことを
なんだかんだと
聞いてきたのです。

その他大勢の人も
聞き耳を立て
聞いていました。

昆布茶が出てきました。

「お祝い事には
昆布茶だね。

昆布茶は塩辛いけど
甘くても美味しいかもしれませんね。

今度甘い昆布茶
作ってみたいな。」
と十詩子が話すと
「それがいいね」と
悟が返しました。

5

お昼は
すき焼でした。

お酒も出て
ワイワイガヤガヤ
和やかです。

悟も十詩子もお酒を飲みませんので
もっぱら
食べる方に回っていました。

いつもは
小食の
悟も
今日は
みんなで食べる鍋は美味しくて
余計に食べてしまいました。

十詩子は
悟の横で
世話をしながら
食べました。

お昼が終わると
少し休んで
お墓参りを
する事になりました。

十詩子の家は
古い家で
十詩子のおじいさんや
ご先祖様が
まつられていました。

お墓までは
自動車で
向かいます。

それ程遠くないのですが
小高い山の上にあって
上るのが大変だからです。

お墓に着くと
何人かが来ていていました。

線香とローソクをともして
お参りしました。

風がなくて
暖かい日だったので
山の上から見える
豊岡の
市街地が
見えました。

6

十詩子:
私は
十八の時に
ふるさとをあとにしました。

それから40年弱が過ぎて
あなたと
またふるさとに帰ってきました。

高校卒業の時
校長先生が
『身をたて名をあげやよはげめよ』と言って
送られた言葉が
やっと今日実現しました。

悟さんと結婚して
故郷に錦を飾ることができたんです

悟:
僕なんかと結婚したからと言って
故郷に錦は飾れないよ

十詩子:
そんな事ないです。

私はとても幸せです。

これからもきっと幸せです。

いやこの瞬間命がなくなっても
幸せです。

悟:
そんなー
ながく一緒に幸せに暮らして欲しい

十詩子:
もちろんそうですよね

ふたりはもう
若くはないのですから

大きな幸せを作りましょうね。

悟:
それにしましょう。

ふたりは
豊岡の市内を見渡せる
山の上で
そんな話を
していました。

遠くに
コウノトリが舞っているのが見えました。

そんなふたりを
遠巻きに
十詩子の家族が
静かに見ていました。

その中の
小さい女の子が
「早く帰りたいよ」と
言ったので
ふたりは
照れくさそうに
車の方へ歩き始めました。



7

自動車に乗り込み
家に帰る途中で
十詩子が
「ケーキ屋さんだ」と
指を指しながら
言いました。

悟:
あれが例の
ケーキ屋さんですね」

十詩子:
そうなんです。

悟:
閉まっているみたいですね。

十詩子:
残念だわ

悟:
楽しみは
とって置いた方が

楽しみかどうかわからないけど

十詩子:
楽しみよ
悟さんと一緒に
食べられるんでしょう

やっぱり楽しみよね

悟:
そうですよね

じゃ
やっぱり楽しみ
にしておきましょう。

楽しみは
とって置いた方が良いですよね。

十詩子:
でも
あまりにもながく
とって置いて
老人になってしまいました。

悟:
そうですよね
もうすぐ
老人になってしまいました

やはり私たちは
早いほうが良いかもしれません。

十詩子:
そうですよね




8

和やかにはなしながら
家に戻ってきました。

時間も3時になったので
おやつが
出てきました。

正月ですので
お餅
ミカン
それに
正月とは関係ない
チョコレートです。

チョコレートは
十詩子たちが持って来た
お土産です。

コタツにみんな座って
またまた
悟のことを
なんだかんだと
聞いてきました。

もう聞くことがなくなって
みんなは
トランプでもしようかということになりました。

大勢でするトランプは
楽しくて
時間が過ぎるのを
忘れてしまいました。

冬の日は
すぐに暗くなって
5時になると
もう真っ暗でした。

電車のことを考えると
6時頃には
帰り始めないと
今日は帰れなくなります。

悟は
おいとますると
十詩子たちに言ったのですが
十詩子の両親や
家族が
「泊まっていきなさい」と
何度もいってくれました。

悟は
帰ることができなくなって
その日は
十詩子の実家に泊まることになりました。




9

9時過ぎまで
ワイワイガヤガヤ話しました。

来ていた
他の親戚が帰っていって
机が片付けられました。

お布団が持ち込まれて
ふたつ敷かれました。

冬ですので
寒いので
厚みのある
見るからに暖かそうな
布団でした。

十詩子と悟は
同じ部屋に
寝ることになったのです。

長く付き合っていた
十詩子と悟は
一日中あっていたことはありますが
同じ部屋で
寝たことはありません。

ふたりとも
ドキッとして
少し上気してしまいました。

お風呂に入って
10時頃
ふたりだけの部屋に
入りました。

隣同士の布団の中に入りました。

隣りに寝ていると言うだけで
心臓は
パクパクしていました。

しかし
極めて寝付きのよい
十詩子と悟は
暖かい布団に癒されて
眠りに入ってしまいました。

実家の朝は
早くて
まだまだ暗い
7時前に
目覚めました。

悟は
起きたばかりの
十詩子を見て
「可愛い」と
心から思ってしまいました。





10

朝ご飯を
みんなで一緒に
ガヤガヤ食べました。

明日からは
悟が
仕事ですから
早く帰ることにしました。

ご両親にもう一度挨拶しました。

結婚式は
初春に
豊岡ですることを約束しました。

十詩子の弟に
送ってもらって
豊岡をあとにしました。

帰りは
播但線で
姫路まわりで帰りました。

ふたりは
鉄道ファンデはありませんが
少しでも
ふたりだけで
ながく電車に乗れる
姫路まわりを
選んだのです。

白い姫路城を見て
また話が
弾みました。

ふたりの話題が
尽きることは
当分なさそうでした。

結婚式を
どんな風にしようかと
ふたりは話しました。

十詩子は
仕事柄
多くの部下の結婚式に出て
体験していましたし
悟は
近頃は
親戚の甥や姪の
結婚式が
多くなっていました。

出席するばかりの
結婚式ですが
招待側になって
悟も十詩子も
どんな風な結婚式をしようかと
相当盛り上がっていました。



11

電車は
尼崎について
十詩子は
ロフトのお部屋に
悟は
園田へバスに乗って
帰りました。

十詩子は
家に帰って
パソコンを開いて
結婚について
考え始めました。

結婚式には
やるべきことが多いのです。

式場をどこで
予算はどのくらい

神式か
キリスト教式か
最近はやっている人前式か

出席者に誰を呼ぶか

誰にスピーチをお願いするか

どんな風に自己紹介するか

次から次へと
課題が出てきました。

こんな問題を
あぶり出すのが
今までの
仕事のクセで
次から次へと
出てきました。

そうなると
その課題を
どのように克服するかを
考えてしまうのが
十詩子です。

レポートを
8時間ほどかけて
思わず作ってしまいました。

いつものパソコンで
作ったのですが
写真も入れて
5枚になってしまいました。

3日に別れて
4日は会わす
5日に会う約束をしていました。

この
リポートを
印刷して
ハタと感じたのですが
「私って
バカだね」と
思いました。

ふたりの私的な出来事を
リポートにしてどうすると
気が付いたのです。

長年の
会社勤めは
十詩子を
かえてしまっていました。



12

レポートは
棚の奥に仕舞っておきました。

十詩子は
要領が良いので
家の用事や
普段の身支度を
ささっとできてしまいます。

会社に行かないと
十詩子の時間は
あまってしまいます。

4日は
一日中何もすることなしに
何度もお部屋の掃除をしたり
経済誌を何度も読み返したり
時間をもてあましていました。

何かすることがないか
十詩子らしく
必死に考え込んでいたのです。

「結婚したら
どうなんだろう

悟のお世話をして
それから
家の掃除をして
そうだ
庭もあったから
花も作って
悟と話をして
一緒にご飯を食べて
それから
、、、
うふ
やることいっぱいあるから
時間があまることないよね。

結婚まで
まだまだ時間があるので
それまで
何をしようか。

結婚式の用意と言っても
結婚式場が
やってくれることも多いし
『あーどうしたら』
良いのかしら

時間があまるのは
人生初めての出来事だわ」と
心の中で
大きな声で叫んでしまいました。

十詩子は
気が付いた時には
勉強やクラブ活動に
励んでいて
就職すると
会社や夜学などで
時間に余裕などなかったのです。

十詩子にとっては
あまった時間は
どうするにもできことなのです。

13

やっぱり閑なのは
十詩子にとって耐えられないので
ボランティアでも
しようかと思いました。

やっと
5日になって
悟の家に行きました。

正月の時は
徹夜で話したので
家の中を
つくづく見て回りました。

悟が
設計したのです。

西が大きな川に面する
大きめの敷地に
2階建ての家でした。

庭は
あまり手入れされておらず
それ程でもありませんでしたが
家の中は
よく掃除されていました。

悟が言う
家の自慢は
ロフトと
お風呂からの景色です。

西側に開けたロフトと
夕日を見ながらのお風呂が
素晴らしいと
悟は話しました。

ロフトへ
お茶やお菓子を持って上がって
六甲の山並みを見ながら
おやつにしました。

そのあと
お風呂に案内されました。

窓が低めになっていて
向こうからは
見えにくいガラスが
はまっています。

「ここから見る夕日が
綺麗だよ

今日は入っていったら」と
悟は
言いました。



14

十詩子は
夕日を見ながら
ふたりで
お風呂に入るって
ロマンチックと
思いつつ
「はい」と
答えました。

「着替えないですよね

僕の家にはもちろんないし」
と言うと
「大丈夫です。
着替えなくても
タオルだけ貸して下さい。

お風呂に入りながら
夕日みたいです。」と答えました。

悟は
浴室の暖房を入れて
お風呂の湯を入れました。

「お先にどうぞ」と
言われて
少しがっかりしました。

「ひとりではいるんだ」と
十詩子は思いました。

お風呂の入る順番を
譲り合って
話が充分もたれて
十詩子が先に入ることになりました。

冬の太陽は
すぐに沈みます。

さっさと入らないと
夕日が見られないというので
決まったのです。

服を脱いで
かけ湯をして
入りました。

六甲の山並みに
見える夕日が
見えました。

景色も綺麗でしたが
悟も
「このお風呂にはいっているんだ」と
思ったら
胸が熱くなりました。







15

夕陽は
綺麗でしたが
最後まで入っていると
悟が見られないので
さっさと洗って
同じ服を着て
お風呂を上がりました。

悟も
待ち構えていて
着替えを持って
お風呂に走りました。

外が
真っ暗になるまで
お風呂に入っていました。

のぼせたような顔で
悟は
出てきました。

「お風呂いいだろう

休みの日は
いつも明るい内から
お風呂に入って
この景色を見ているんだ

一番の贅沢だと
わたしはおもっています。」と
悟は
話していました。

十詩子は
「こんなことが
一番の
贅沢なんて」と
思いつつも
「そうですよね。

明るい内から
お風呂に入るのは
贅沢ですよね」と
答えておきました。

その日は
一緒に夕ご飯に
魚を焼いて
味噌汁を作って
野菜サラダを
つけ合わせに作りました。

一緒に
食べると
何でも
かんでも
美味しいんだから
と思いつつ
「美味しい
美味しい」と
ふたりは言って
食べてしまいました。


16

悟は
「十詩子さんと
食事をすると
美味しすぎて
食べ過ぎてしまう」と
叫んでしまいました。

その日は
8時なったので
後片付けをふたりでして
バス停の
駅前まで
送っていってもらって
帰りました。

年度末工事の
設計があって
悟の仕事は忙しかった。

9時頃まで残業していました。

電話もあまりできませんでした。

次の日曜日の連休も
出勤する予定だと
悟は十詩子に告げました。

今度会うのは
2週間後というので
時間が長いと感じました。

十詩子は
次の日から
結婚式場選び
それから
ボランティアの仕事探しなどをしました。

何もすることがないので
借りている
アパートの
廊下から
一階まで
掃除をしたり
ゴミ置き場を整理したりして時間を
過ごしていました。

家主さんと
さんざん世間話で
時間を費やした時もありました。

週末近くになって
敬子から
電話が
かかってきました。

会社の電話からでした。

17

朝の十時ですので
明らかに
朝の忙しい時に
電話です。

私用じゃないと
十詩子は
直感的に思いました。

敬子の話は
次の様でした。

年明け早々の
取締役会で
十詩子が退職したことが
話題になって
人事部長を通じて
慰留か
社外取締役
少なくとも嘱託で
残ってもらえないか
努めることになったのです。

社内の人脈が調べられました。

十詩子の友達で
一番近くにいる
敬子と
入社した時の経理課長で
いま関連会社社長と
ながく電子計算機室で一緒に働いた
部長の3人で
十詩子と話をすることになったのです。

話をしたいという
電話だったのです。

十詩子は
困りました。

敬子や
もと経理課長
電子計算機室の同僚には
大変お世話になりました。

いやもっと
会社のみんなに助けられて
仕事ができたのに
むげにはできないと
十詩子は思いました。

そこで
翌々日
会社で会うことになったのです。

18

尼崎工場の
一番立派な
応接室に通されました。

3人は
既に
部屋で待ってました。

時間に遅れたのかと
思って
「遅れてすみません」と
謝りました。

口を揃えて
「遅れていません」と
答えました。

一番年長の
元経理課長が
ゆっくりと
話し始めました。

「概略は聞いていただいたと思いますけど
年初の
取締役会で
十詩子君
いや十詩子さんの慰留を
私たち3人が
命令されました。

そもそも
十詩子さんは
おめでたい結婚で
退職したのに
それを
慰留する係とは
厳しいです。

それをしなければならない原因は
十詩子さんは
わかっていらっしゃると思います。

バブルがはじけて
平成の大不況が来て
少し持ち直したかと思うと
リーマンショックで
世界的不況になって
わが社も大変なのは
知っている思います。

その折々で
十詩子さんのレポートが
会社の進路を
示す最善の資料になったことは
社員全員が知っていることです。

取締の中でも
少数のものしか知らないことですが
わが社は
最大手と合併の話が
浮上しています。

これを
どのように乗り切るべきかどうか
資料を作ってもらいたいのです。」と
真剣に
言ったのです。

合併の話を始めて聞く
敬子は
そのことの方が
びっくりでした。

残りの
ふたりは
何も話しませんでしたが
ことの重大さは
その目に現れていました。

19

十詩子は
三人の
願いは
わかりました。

世話になった人の頼み
だからといって
快諾できません。

悟と
結婚しないなら
何でもできますが
これからは
ふたりで決めなければならないのです。

それは嬉しいけど
今回のことは
どうすればいいのだろうと
考え込みました。

「悟に正直にこのことを言ったら
きっと
悟は
優しいから
会社に協力するように
言われるかも知れない。

きっとそうだわ

でも
何も相談せずに
お断りするのは
悟にウソをつくことになる

やはりこれは
相談するのが
最善」という考えに
至りました。

そこで
「婚約者に聞いてから
返事させて下さい」と
答えました。

元経理課長は
「よろしく
お願いします」
と再度頼んだあと
「今までの
経緯から考えて
合併の話は
心証としては
賛成ですか
反対ですか
それだけでも
報告させて下さい。」
と
聞いてきました。

十詩子は
数ヶ月前から
その話を聞いたことがあります。

調べるようにと
専務からも
直接言われたこともあって
自社や
合併相手の
財務諸表を
目を通していました。

そこで
「合併については
時流ですので
せんないことと
考えております。

発表された
財務諸表だけでは
問題ありません。

しかし
もっと調べないと
わからない部分が
存在しているのではないかと
考えています。」
答えました。


20

堅い話は
ここまでで
それからは
入社したとこの話や
電算機室でのことが
話題になりました。

夜学にいくことになった
総合職への
職制の変更についての
話しになりました。

今までに
高卒で入社した
女性が
総合職への
変更など
前例がなかったのです。

元経理課長が
大阪本社の
人事に頼み込んで
実現したんだそうです。

十詩子の
熱意が
入社し時に
わかったのと
その後の
伝票整理が
初めてなのに
群を抜いていたため
人事を説得したそうです。

人事部長まで
頼んだそうです。

そのことを始めて聞いた
十詩子は
やはりみんなに助けてもらって
ここまで来たのだと
思いました。

でも
元経理課長のその努力がなかったら
きっと
私は
悟と
もっともっと
早く結婚していたのにと言う
感慨もありました。

でも
十詩子は
今があるから
明日があって
幸せになれるのだと
思うようにしています。







21

みんなと別れて
会社から帰ろうとすると
敬子が
走ってきて
「ごめんね
私まで
こんなことを頼むなんて

工場長からの
命令だから
同席したけど
私は
全然関係ないから

でも
十詩子さんと
一緒に仕事できたら
嬉しいけど

食事しましませんか。

いろんな話もあるから」
と話しかけてきました。

夕ご飯を一緒にする約束をして
別れ
十詩子は
家に帰って
結婚式場に
電話を
掛けまくりました。

いろんな条件を聞いて
表にして
十詩子らしくまとめてみました。

ついでに
「おすすめ」の星もつけてみました。

夕方になったので
約束レストランに行くと
敬子が
やって来ました。

敬子は
家族連れで
十詩子も知っている夫と
大学生らしい男の子と
女の子の
4人でした。

「家族も一緒でいいですか」と
言ってきたのです。

「夫が
十詩子さんに会いたいと
言うもので
一緒に来てしまいました」と言う理由でした。


22

敬子は
30歳で社内恋愛で結婚して
子供ができませんでした。

「それでもいいか」と
考えて
仲良く暮らしていました。

ふたりで遊びに行っていた時に
車のラジオが
里親募集の
ラジオを
やっていたのです。

いろんな事情で
養護施設で
暮らしている
子供たちの
里親を募集するという番組です。

ふたりは何気なく聞いてきて
ふたりとも
何かに
気が付いたのです。

毎週その番組を
敬子は聞いていて
段々と
その思いは
強くなって
どちらから言うでもなく
養護施設に行ったそうです。

それから
数年間かかって
ふたりの兄弟の
里親になったと
敬子から聞いていました。

そのふたりが
今ふたりの前にいたのです。

敬子:
大勢できてごめんなさいね

みんなが
十詩子さんに会いたいというので

十詩子:
私にですか

敬子:
私が
いつも
会社には
凄い女性がいて
高卒で
今は取締役にまでなったと
話していたので
凄い女性に
会いたいと
言うのです。

十詩子:
凄い女性なんて

私は
取締役でもないし

23

敬子:
わが社で初めての
取締役になることになっていたでしょう。

尼崎工場では
十詩子さんの
話題でもちきりよ

それに
取締役を
蹴って
結婚でしょう

もう
みんな
垂涎の的よ

十詩子:
そうなんですか

そんなに偉くないし
私って普通だから

敬子:
普通じゃないよ

暗算が凄いし
伝票整理を
パッパパーとこなすでしょう

あれ凄かったんだよ

十詩子さんが
電算機室勤務になってしまった
月末なんか
課長まで
朝までかかってしまったんだから。

十詩子さんの力は
みんなわかっているよ

十詩子:
そんな事あったんですか
すみません。

敬子:
だから
十詩子さんは
私たちの希望の星なんです。

ふたりの兄妹は
興味深く聞いていました。

妹が
「お願いがあります。

この計算
パッパとするところ
見たいです。」といいながら
数字が
たくさん書かれている
用紙を
差し出しました。

24

敬子:
そんなもの持って来たの

十詩子さんに失礼じゃないの

十詩子:
どれどれ
久しぶりに
暗算してみますか。

ぼけ防止にいいかもしれないし

敬子:
ぼけるような歳でないし

十詩子:
結果は
うー
こうだね

と言って
ポケットから
ボールペンを取りだして
さっさと書きました。

子供たちは
それを受け取って
もう1枚の紙と
照らし合わせて
騒いでいました。

敬子:
もちろん合っていたでしょ

だから
十詩子さんは
優秀だと言っているじゃないの

十詩子:
暗算は
小学生から
7年間練習してきたし

敬子:
練習したからと言って
できるもんじゃないよね

子供たちにも
何か
教えてあげてよ

十詩子:
いい子に育っていて
うらやましいです。

私にも
あの時結婚していたら
こんないい子が
できていたのにね

敬子さんて
うらやましい


25

敬子:
十詩子さんって
まだ大丈夫なの

十詩子:
何が

敬子は
十詩子の耳に口を寄せて

敬子:
毎月来るあれ

十詩子は
少し赤い顔で

十詩子:
えっ
えー

敬子:
じゃ大丈夫じゃないの
超高齢出産になるかも知れないけど

十詩子:
出産なんて絶対に無理だと思うけど

記録によると
60歳が最高らしいです。

敬子:
十詩子さん
そんな事調べたんですか

十詩子:
まあっ

ふたりの
ひそひそ話は
子供たちには
興味をそそりましたが
終わりました。

敬子の家族が
どんなに仲良いかの
話を
たんと聞いて
その夕食は終わりました。

別れて
敬子の家族の
後ろ姿をみて
「家族っていいな」と
と心の底から
思いました。

悟と
敬子の家族より
幸せな家族を
絶対作ると
決心しました。






26

家に帰って
幸せになる計画を
考えることにしました。

十詩子らしい
理論立てた計画を
たてるつもりで
考え始めました。

途中まで考えて
やっぱり
こんな計画は
ひとりではたてるべきでないと
気が付いて
止めました。

パソコンの中の
ファイルを
削除しておきました。

病院の
洗濯物を畳むボランティアと
図書館の読み聞かせのボランティアの
体験をしました。

どちらも
面白かったですが
十詩子には
少し向いていないような気がしました。

何日か
やっとすぎて
悟と会える日が来ました。

会社で頼まれたことを
どのように
話すべきか
迷っていながら
悟の家に
着きました。

悟は
いつものように
きっちりした服装で
迎えに出てきました。

家の中も
いかにも掃除したという
雰囲気でした。

中にとおされて
六甲の山並みが見える
一番座り心地のよい
椅子に座りました。

27

いつものように
とりとめもない
話をして
時間が過ぎていきました。

ふたりで食事を作って
楽しく食べました。

十詩子は
どのように
話すべきか
頭の中で
考えていましたが
名案は浮かびませんでした。

帰る時間は
決まっていますので
心がせきます。

やはりここは
普通に
話すことにしました。

十詩子:
悟さん
先日
敬子から電話があって
会社に来て欲しいというの

それで行ったら
私がお世話になった
元経理課長と
電子計算機室長に
お願いされたんです。

会社に
嘱託で
勤めて欲しいというのです。

ひとりでは決められませんというと
婚約者と相談して下さいと
言われました。

悟さん
どうすればいいでしょうか

悟:
嘱託ってどんな仕事なの

十詩子:
仕事は
会社全般の調査なんですって

今まで私がやってきたことと
大体同じです。

私って
暗算ができるから
重宝がられているの

悟:
勤務時間はどのくらい?

十詩子:
たぶん
週に3日くらいで
半日だと思います。

悟:
勤める場所は
尼崎工場なの

十詩子:
たぶん
尼崎工場か
大阪支店に

報告に
東京に行くこともあるかも知れません。

悟:
それならいいんじゃないの

僕がいるときは
家にいるんだろう

それならいいと
思います。


悟に
社外取締役のことは
言えませんでした。

嘱託とだけ言って
嘘をついてしまったのです。

罪悪感が残りました。




28

十詩子:
嘱託になること
許して下さっていたけど
私に気兼ねしていません

本当はいやなのに

悟:
私の本心だけ言えば
ズーッと
私の隣にいて欲しいんだけど
それは
私のワガママ

それに
私は
十詩子が
活躍していることが
嬉しいので

十詩子:
私は
どうすればいいでしょうか

悟:
だから
嘱託で

十詩子:
本当のこと言わなくてすみません。

嘱託も選択範囲だけど
社外取締役も
言われたいるんです。

悟:
凄いじゃないですか

十詩子:
そんなこと
ないです。

悟:
辞めたのに
取締なんでしょう

普通はないですよ

十詩子:
どうなんでしょう


というわけで
本当のことを言って
ホッとしました。

社外取締役は
話だけにして
嘱託で
勤めることを
決めました。

29

悟は
十詩子が会社では偉いと
思っていました。

しかし
社外取締役成れるまで
偉いとは
知りませんでした。

「そんな偉い人の
人生を
変えて
よかったのかと
自問自答しました。

でも
クリスマスの日
髪を切って
私の元に
来るんだと言ったくらいだから
たぶん
取締役より
僕と結婚する方が
楽しいのだ

結婚生活は長いので
飽きさせたら
どうしよう。」と
先々のことまで考えてしまいました。


悟の考えていることは
十詩子は
手に取るようにわかりました。

行動と
表情が
分かり易い
悟だったのです。

会社の方では
すみやかに
十詩子の仕事場を
尼崎工場に作られました。

運動公園に面した会議室の
改造が始まりました。

ふた部屋作られ
ひとつ目は
セキュリティーが
最高の部屋と
会議室のふたつです。

IDカードと
生体認証・パスワードと
監視カメラで守られたお部屋でした。

会社の重要機密のファイルを
見られるように
東京と専用の
インターネットで
繋がっていました。


30

部屋には
モニターや
たくさんの電子機器が
運び込まれました。

1週間ほどで出来上がり
十詩子の最初の
出社日になりました。

工場の総務課長が
いろんな書類を
持って来ました。

嘱託というので
いろんな契約書があったのです。

労務の契約書とか
秘密保持の契約書とか
IDについてとか
目を通して
署名しました。

それから
電子計算機室の
元部下が
機器の使い方を
レクチャーしてくれました。

最新型で
大型モニターが
何台もある
機器でした。

説明を受けて
仕事を始めようかと
思った時に
東京の本部から
合併プロジェクトチームの
リーダーが
やって来ました。

会議室で
チームとしての
調査の
話をしました。

敬子は
お茶を持って来てくれました。

プロジェクトチームの
調査では
合併は
少し難しいのではという
結果になっていました。