ロフト付きはおもしろい

ロフト大好きの68歳の老人の日記です

昭和30年代初めの頃 「もったいない」の些細な考察

昭和30年代初めの頃 「もったいない」の些細な考察

本稿は、少し理屈っぽいところがあります。
前もってお詫びしておきます。

もうだいぶ時代遅れの感がありますが、
「もったいない」が流行したことがあります。
アフリカのノーベル賞受賞者
発言の中に
「もったいない」と言う言葉があったので
日本では、大変話題になりました。

「もったいない」は重要な要素ですが
昭和39年代初めの頃は、
どうだったんでしょうか。

もったいないと言う言葉を使う場面で考えて見ましょう。
1.ご飯を残してもったいない。
2.少しだけしか痛んでいない服を
  捨てるのはもったいない。
3.いつも幸せでもったいないことだ。

の3場面について
昭和30年代初めの頃
倹約家の我が家について
考えて見ましょう。

1のご飯を残すとことについてですが
皆様のご推察の通り
我が家は、麦ご飯で
ご飯ではありませんので
ご飯を残すことはできません。
また、麦ご飯自体も
貴重なものですので
奪い合い言うことはありませんが
何かとっぴなことが
起こらない限り
残すことは絶対ありません。

万が一残したときには、
次のご飯のときに全部食べてしまいます。
以上の理由から
「ご飯を残してもったいない」と言う言葉は、
当時の我が家には、存在しえません。

2の服を捨てるという行為ですが
我が家には存在し得ない。
なぜなら我が家では、
痛んだところを「つぎ」をあてて
使い続けます。
夜なべに母は、いつも「つくろい」ものを
していました。
私のズボンのお尻の部分は
丸くつぎがあたっていました。
よく「フライパンのズボン」と
言われました。
つぎの上のつぎをあて
もうどうしようもないようになったとき
初めてそれを
ぼろぎれとして使います。

3のいろいろなものに感謝するとき
もったいないと言う言葉は、
我が家ではよく存在しました。
宗教的理由かもしれませんが
母は、すべてものに
感謝する気持ちが強かったようです。

結論から言うと
『現代の使い方の「もったいない」は、
昭和30年代初めの頃の我が家には、存在し得ない。
しかしすべてに感謝する言葉としての
「もったいない」は現在よりも多く聞かれた。』
本当に倹約家だったんですが
それが当たり前だったんですよね。

皆様はどうですか。
「もったいない」の言葉は
お使いになりますか。