私のふるさとは
以前園田村と呼ばれたところです。
私が生まれた頃
1952年頃は
電気はありましたが
水道はありませんでした。
日本の原風景というか
田んぼが果てしなく続いていて
所々に
村(ちょっと前なら
大字何々という地名です)が
あるというところです。
春なら
春がすみが立ち
ヒバリが
空でさえずっています。
夏なら
汗を拭き拭き
稲穂の田んぼの中
草取りする
人達が
あちこち見られます。
秋なら
鎌で
稲を刈り取り
稲木に吊す風景が
冬なら
木枯らしの中
寒そうに
麦踏みをする情景が
そんなところが
私のふるさとです。
ふるさと園田の語源は
皇室に橘(ミカンに近いものです)を
献上する
荘園ー橘園の荘(きつえんのしょう)ー
があったことから
明治の初め
付けられた名前です。
橘園の
橘を取って立花村
園を取って園田村だったそうで
園田村の起源は
新しいのです。
古いのは
大字の方で
私の住んでいた
瓦宮は
河原の宮からきていて
お公家さんが
お住まいになっていたらしいのです。
字(昔の地名の最小単位)の名前に
蔵掛 宮裏 残っていて
私の住んでいたところは
蔵掛でたぶん鞍掛で
お馬さんを飼っていたのではないかと思います。
私の従兄弟の家は
宮裏にあったので
河原の宮の裏手だったのかも知れません。
瓦宮は
有馬道の沿っていて
交通の便が
良かったのかも知れません。
でも
私のふるさとは
園田ですが
今は
その風景はおろか
面影も
ありません。