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ロフト大好きの68歳の老人の日記です

アスカルの童話 桃太郎とアスカル エピソード4 猿の別れ

この物語は
アスカルの童話 桃太郎とアスカル エピソード3 ジョン 故郷...
の続きです。


アスカルの童話 桃太郎とアスカル エピソード4 猿の別れ

桃太郎が13歳になったとき
おばあさんは、桃太郎と鬼が島に
行ってくれるものをもう少し探していました。
一番目に頼んだジョンは力が強いので
二番目は知恵のあるものを探していました。
近くの里山に住む猿の群れの中に
幼いながらも大人の猿に負けないほどの知恵を持ち
群れの苦境を何度も救ったと言う猿のうわさを聞きました。
おばあさんは、早速その群れのところに黍団子を
持って訪ねました。

群れに着くと群れの前に座りました。
群れの長はおばあさんに向かって
「人間が猿に何用じゃ
我ら猿はお前に何も用はないぞ
帰れ 帰れ」と牙を向き言いました。
おばあさんは穏やかに
「私はこの近くに住む桃太郎のおばあさんです。
桃太郎は長じて鬼が島に行き
手柄を立てて末は大臣に出世する器の持ち主です。
その桃太郎と一緒に手柄を立てる知恵者を探しています。
聞くところによればこの群れの中に
大人顔負けの利発な小猿がいるそうな。
ぜひ我が桃太郎と一緒に鬼が島に行ってくださらぬか。」と言いました。 群れの長は人間の世界まで
その息子の名が広まっていることに
喜びを感じながらも
「我が息子は、猿である。
何ゆえ人間と一緒に行動を共にする必要があろうか。
ばかげたことを言うと容赦はせぬぞ」
と答えました。
おばあさんは、
「確かに猿は猿であります。
しかし人間と猿を比べると
人間方が知恵が上と
人間世界では考えています。
猿知恵とは、つまらぬ考えと思っているものもおります。
ここでその猿が人間世界で手柄を立てれば
人間世界において猿知恵と言ってさげすむものは
ございません。
優秀な小猿を
猿の世界で一生を終わらすのは
猿世界の大きな損です。
今こそ猿の知恵の立派さを人間にお示しください。
桃太郎と一緒に名を上げて
出世してください。
必ずや猿の名前は人間世界に広まるでしょう。」
と答えました。
群れの長は、
小猿と母猿をじっと見た後
少し目を閉じた後
小猿を呼び、
「桃太郎のうわさは、聞いている。
また実際に見たこともある。
人間の中ではなかなか立派な若者だ。
お前、人間世界の中で
猿の知恵を試してみるか。
それとも我が群れを率いる長になるか。
いずれにするか」
と尋ねました。
小猿は、突然のことで驚いていましたが
狭いこの群れよりも
大きな世界に関心がありました。
それで「それでは、私は人間世界で
この知恵を試したいと思います。」
近くに居た母猿はそれを聞いて
大変驚いた様子で、
狼狽していました。
群れの長は
「よく言ってくれた。
人間世界で名を上げるまで、
決してこの群れに帰ってきてはならぬ。
猿の名を挙げよ。」
と涙ながらに言いました。
それからおばあさんに
「今から2年お待ちください。
きっとこの小猿は
立派に長じて
桃太郎のために働きましょう。
そして、桃太郎と伴に立派に出世するでしょう。」
と言いました。
おばあさんは大変喜んで
群れのみんなにお礼を言って帰りました。
その後も数ヶ月に一度の割合で
おばあさんは群れを訪れました。

あれから二年経ったある日のこと
同じように黍団子を持ってやってきました。
群れの長と母猿そして成人した若猿を前に
「立派な若猿になって何とたくましいことでしょう。
桃太郎は、これより3日後鬼が島に出立します。
鬼が島に行く途中でお待ちください。
長きにわたりありがとうございます。
猿様の武運をお祈り申し上げます。」
と言って帰っていきました。

2日はすぐ経ち3日目の朝が来ました。
若猿は、
「お父様 お母様、群れの皆様
永きにわたり
育ててくださって
ありがとうございました。
私は猿の名声を人間世界に見せるため
今日旅立ちます。
この上は、名を挙げない限り
帰ってくることはございません。
武運つたなく旅先で
死ぬようなことがありましても
決して悲しんでいただかなくてかまいません。
親の孝養を尽くせず旅に出るのは
気が引けますが
お父様の命ですので
お許しください。
いつまでもお元気でお暮らしください。」
と別れの挨拶をしました。
群れの長は
「その心構え、人間の比ではあるまい。
よく言ってくれた。
武運をこの地より祈っています。」
と答えました。
母猿は、そばに居てただ泣くだけです。
若猿は、「しからば参ります」
と言って後を振り向かずに旅だって行きました
群れのみんなは、いつまでも手を振っていました。
この別れが、猿にとっては父母との
最後の別れになるのです。

その翌々日猿の群れを再び訪れたおばあさんは
鬼が島の顛末を話して帰っていきました。
その後も大庄屋の配下の知らせを受けて
猿の手柄を度々報告したそうです。
母猿はその知らせを聞いて
もう帰ってきてもよろしかろうに
といつも思っていました。
しかし、群れの長は猿ならもっともっと大きな手柄を上げて
猿の名声を人間世界に知らせるだろう。
ゆくゆくは、一国一城の主にもなるに違いないと考え
呼び戻すことには反対していました。

それから5年後母猿と群れの長は相次いで亡くなり
若猿の一番下の兄弟が群れの長となっていました。

旅立ってから7年が過ぎたある日
猿は鍵屋の辻から初めて帰郷したのです。
猿は父猿・母猿がすでにこの世にないことを知ると
号泣しその場に伏しました。
父のため母のために
がんばってきたのに
すでに死んでしまったとは
時すでに遅かったかと思い嘆き悲しみました。
群れの長である弟は
「猿様、ご苦労様でございます
お父様お母様は
猿様のお働きをいつも聞いて誇らしげに思っておりました。
いや日本全国の猿どもは
猿様の高名を知っております。
猿様は、猿の社会での英雄で
きっとお父様お母様は、
親孝行の息子と思いたと思います。
どうぞお帰りくださったのですから
ごゆっくりしてください。」と言いました。

近隣猿はもとより猿の足で10日以上かかる遠方からも
大勢の猿が猿様会いに来ました。
60日間猿の群れは、大騒ぎでした。
60日後 何万匹の猿に見送られて
猿様は、鍛冶屋の辻へと出仕したのです。