ロフト付きはおもしろい

ロフト大好きの68歳の老人の日記です

長編小説「昭和」その203

塾での
勉強は
当時のことですから
漢文や儒学が主です。

「子曰、巧言令色、鮮矣仁」とか
言うのを
勉強しているのです。

儒学は
奥が深いから
終わりはありません。

鶴松は
はじめは
難しいことを
父母に披露して
誉められたいため
熱心に勉強していました。

それに
何分
体力と
気力がないので
勉強しかないので
勉強をしていました。

年数がたち
先代の
清左衛門が
なくなった頃には
田畑は
四町歩になっていました。

列をなして
墓場まで
清左衛門の棺桶を
運ぶ時には
鶴松も付いていきました。

紋付きを着て
恭しく
両親の後に付いていきました。

お葬式には
いろんなものを
持って
お墓までいくのが
習わしですので
鶴松も
しっかり持って
お墓までいきました。

住職さんが
読経したあと
清左衛門は
「私が生まれた時は
小作人でしたが
父が亡くなった時には
地主になりました。

父の
力だと思います。

感謝しております」と
挨拶して
棺桶に土をかけていきました。